表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
128/306

第1話 家出

「お母さんなんて嫌い!家出する!」

「ちょっと結衣!待ちなさい!」

「やだ!家出する!」

 家出をしたことがある。

 母親と喧嘩をして少しだけ家を出た。

 今思えば本当にしょうも無いことだ。

 小学生の甘い考えのもと、小さなリュックサックに少しのお菓子とお気に入りのぬいぐるみを入れた。


 ご飯の時に人参を残した。

「お母さん……人参食べたくない」

「ダメ。好き嫌いしないでちゃんと食べないと。大きくなれないよ?」

「えー、でも嫌いなんだもん……」

 フォークでちょいと皿の端に人参を寄せると、母親がそれを箸でつまんで口元に持ってくる。

「ほーら、食べて。美味しいよ?」

「いや!食べたくない!」

 首を横に振って抵抗する。

「一個でいいから食べよ?」

 母親は三つある人参の中から一番小さい塊を選びなおすと再び箸でつまんだ。

「いやだ!食べない!」

「結衣、食べないと大きくなれないぞ?」

 私と母親を交互に眺めながら父親が苦笑して言う。

「だって嫌いなんだもん!」

「でもなぁ……一個くらい食べないか?」

「いや!」

 口を閉じる。

「これ食べないとごちそうさまはできないよ?それでもいいの?」

「いいもん!結衣、ずっとここにいる!」

 困った顔をする母親をよそに、人参だけを残して完食した。

 相変わらず端に積み上げられている人参。

 全員が食べ終わっても人参とにらめっこを続けていた私に、父親は諦めたように問いかけてくる。

「結衣は人参のどこが嫌いなんだ?」

「全部!」

 間髪を入れずに返答する。

「全部か……なるほどなぁ……」

「お父さん、もういいよ。放っておいて」

「はーい」

 母親にそう言われ、父親は席を立つとどこかに行ってしまった。

「ちゃんと食べなさいね。一個くらいは食べる努力をしなさい」

「食べないもん。絶対に食べないもん!」

「好き嫌いしてると大きくなれないよ?身長もずっとそのままかもよ?それでもいいの?」

「いいもん!」

 先ほどよりも厳しい言い方で、母親が語気を強めて言う。

 ついにはどこからか吉江さんまでやって来た。

「お嬢様?好き嫌いばかりしてはいけませんよ?

 お母様の言う通り、大きくなれないかもしれません」

「いいの!結衣はこのままでもいい!」

「それはお嬢様……」

 困った表情を見せる吉江さん。

「吉江さん、私が言い聞かせるからもういいわ。ありがとうね」

「左様ですか。それでは(わたくし)は失礼させて頂きます」

 再び二人だけになった空間で、私は母親と机越しに向かい合う。

「食べなさい」

「やだ」

「食べなさい」

「やだ」

 このやり取りを繰り返すごとに、母親の苛立ちがどんどん募っていく様子が見て取れた。

 結局、

「食べないのなら出て行きなさい」

 この一言で決着がついた。

「出て行く!」

 たかが人参一個で家を出る選択をした過去の私は、今ではもうただの笑い話に過ぎないのだが、決してこのころはジョークでもなく本気であったので、さらに滑稽な話として一生心に留まっているのである。

「じゃあ出て行きなさい」

 この言葉を本気で信じた私は、即座に席を立つと自室へ走り、タンスから引き出したリュックサックにお菓子とお気に入りのクマのぬいぐるみを詰め込んで玄関に向かった。

 これを見計らって玄関に立っていた母親の横をサッと通り過ぎると、これまたお気に入りの靴を履く。

「お母さんなんて嫌い!家出する!」

 人参嫌いと母親嫌いがどう関係していたのか全くもってわからない。

「ちょっと結衣!待ちなさい!」

「やだ!家出する!」

 母親の声を無視して、幼い私は玄関から飛び出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ