第20話 手遅れ
耳元に微かに聞こえる呼びかけで目が覚めた。
「大丈夫ですか……?」
「うん……まだちょっと頭がクラクラする……かも」
まるで船に乗っているかのようにグラグラと揺れる。
当時の状況から察するに、おそらくのぼせてしまったのだろう。
「あの……えっと、なんかすみません。勝手にお風呂に突入しちゃって……」
申し訳なさそうなサヤの顔が視界に端にチラチラと映り込む。
「あ、気にしないでいいよ。それと倒れかけた時に支えてくれたのってサヤだよね?ありがとう」
「はい、どういたしまして」
お互い口を閉じる。
「えっと……なんか、大丈夫ですか?」
「さっきのこと……?」
「いや、あのお気に障るようでしたら全然いいんですけど」
顔の前で手のひらをひらひら振るサヤ。
「ちょっといろいろあってね……こればかりは私が悪いんだけど」
今一度冷静になって考えてみると、あれはどう考えても自分が悪い。
キツイ物言いでレノを泣かせてしまったのだから。
「あんまり良くないけどね。親子喧嘩っていうか、そんな感じの」
「そうですか……」
サヤが少し悲しそうな顔を見せる。
「ごめんね、変に心配させちゃって。またちゃんと話すから。それで、えっと……レノは……?」
レノは泣いていた。
今までにないくらい泣いていた。
「レノちゃんは……隣の部屋に……」
沈黙のたびに聞こえてくる微かなすすり泣きは、おそらく隣の部屋のレノのものだろう。
私がどれくらいの間気を失っていたかはわからないが、そう問う大きな傷を負ってしまったようだ。
全く取り返しのつかないことをしてしまった。
あの、とサヤが口を開く。
「事情はよくわかりませんし、あんまり口を挟むのはやめておきます。それにちょっと聞こえただけなんですけど……ちょっとあれは可哀想だと思います。いくらなんでも言い過ぎじゃないですか?」
サヤの言う通りだ。
もう少し冷静になるべきだった。
「レノちゃん……さっきまで本当に家から出て行こうとしてたんですよ。白いローブをかぶって玄関でブーツを履くところまでして」
「そう、なんだ……」
先程口にした言葉が思い出される。
――出て行きなさい。ほら、早く出て行きなさい。早く!荷物をまとめて家を出ろ!――
――出て行って!もうあなたみたいな子はいらない!もう家族でもなんでもない!早く出て行け!――
「ごめんなさい、ごめんなさいって泣きながら呟いてました。トゥーナちゃんが引き止めたんですよ。行かないでって」
「…………」
もう頷くこともできない。
後悔の念で押しつぶされそうだ。
なぜあんな事を言ってしまったのだろうか。
できる事なら私自身が出て行きたい。
自分勝手な考えだけど、今はレノに合わせる顔が見つからない。
終わった。
「もう……終わっちゃったよ。終わりだ」
終わった。
「何もかも失っちゃったよ。大切な娘も、大好きだった家族も、自分自身も」
私の目指した世界はここで終わった。
ご飯を作る?お風呂を沸かす?雪掻きをする?村を創る?
その全てに欠かせなかった『家族』失った。
私の無責任な言葉のせいで。
そこ言葉で家族が傷付いた。
「私のせいだ。無責任に言葉をぶつけて、その後のことも考えずに、一方的に責めるだけ。もう終わりだ」
失ったものの代償は大きすぎる。
心は空っぽ。
行く先の道はもう閉ざされた。
後悔しても遅い。
全て自分のせいなのだ。
もう後悔しても遅い。
もっと冷静になるべきだった。
今更後悔しても遅い。
あれは言葉ではなく凶器。
深く傷付いた傷は二度と癒えぬだろう。
「後悔しても遅い……」
そう言った途端、右頬に強い痛みを覚えた。
反射で頬を押さえる。
広げられたサヤの手のひらは赤く腫れていた。
「ごめんなさい、ユイさん。でもこうするしかなかったんです」
そこで初めて自分はサヤに頬に手打ちを食らった事に気付いた。
「正気に戻ってください」
「正気……?」
「後悔しても遅いなんてことはありません。するならしてくださいよ、後悔を。何回でもしてください。でも決して遅くはありません。でももし今からでは遅いと思うなら、それに追いつけるように何かしらの行動に出てください」
「行動……?」
「そうです。遅いと言っているだけではなにも出来ません。遅いと思うなら早く手を打ちましょう」
サヤは真剣だ。
見たこともない、いつも浮かべているあの笑顔さえも見えない張り詰めた表情。
「変なこと言ってごめんなさい。ちょっとなに言ってるかわからないですよね?」
そこまで言ってサヤは笑みを浮かべた。
「でも早いところ手を打たないと、もう二度とレノちゃんと話せなくなるかもしれません。ですから……」
そうだ。
サヤの言う通り、後悔ばっかりしていても進まない。
「うん。そうだね……そうしよう。一回レノに顔を合わせてみよう」
そう言ってベッドを降りた。
このままでは何も起きない。
合わせる顔がないと言ったばかりだが、自分の非を認めてしっかり謝罪しよう。
手遅れになる前に。




