第18話 震え
「ごめんなさい……」
レノが顔を上げる。
「私……今の自分がちょっと嫌いです」
ポツリとレノはそんなことを言った。
「耳が聴こえないから、お話しするときに少し面倒くさくて。お互いに見つめ合わないと会話にならないなんて……」
笑みを無理矢理浮かべ、声を若干震わせてレノは話を続ける。
「普通の人より劣ってて、出来損ないで。会った人を苛立たせるのはもしかしたら得意かもしれません」
レノの今まで溜め込んでいた全てが今ここで吐き出されている気がする。
「お母さんが……ユイさんがさっき、私がいてこその家族だからって。でも、やっぱりわかります。なんとなく、みんなから距離を置かれてるなって」
距離が置かれている。
その言葉は妙に私の心に引っかかった。
「耳が聴こえないから、人の表情から考えていることがなんとなくわかるんです。今までの会話の中で姉さんとか、サヤお姉さんとか……ユイさんとかがどう思ってるのか。なんとなくわかっていたんです」
相変わらずの造られた笑顔。
「ユイさん……ごめんなさい。やっぱり私はこの家には要らないようです。なんとなくわかりました……」
体が慄える。
レノの声がだんだん遠ざかっていくのがわかった。
そして無意識のうちに体が動いた。
乾いた音が浴室内に響き渡る。
レノが小さく呻き左頬を押さえた。
今までに感じたことのない怒りが己を支配する。
「いい、レノ。黙って聞きなさい」
きっと伝わらないであろう、とても冷たい口調で言い聞かせる。
「あなたは何がしたいの?教えて。そうやって自分を卑下して何がしたいの?」
レノが呆然とした顔でこちらを見つめる。
「自分は嫌われている。邪魔者だ。面倒くさい。終いには他人の温情を切り捨て今までの全てを無に戻そうとするその言い分。一体どうしたいの?」
ふつふつと湧いてくる感情に言葉を乗せて飛ばす。
「本当に捨てられたい?雪の中に放り出されて二度と戻ってくるな、顔を見せるな、忘れろと。言われたい?本気で言ってる?」
顔はどちらにも動かない。
「望むなら追い出してあげても構わないよ。今までのお世話代は取らないでおいてあげる。本当に自分は邪魔だと、嫌われていると思うなら今すぐ出て行きなさい」
浴室の扉の向こうで物音がした。
きっとあの二人が先ほどの音を心配して見にきたのだろう。
しかし、今の私にはそんなことに構っていられるほどの余裕がない。
「何?言いたいことがあるなら早く言いなよ。言うだけ言って、いざ問われたら肯定も否定もしない。そんな生半可な考えを人前で語るな。今まで共に暮らしてきた仲間であり、家族である私たちに」
声が震える。
唇が震える。
「ほら……黙ってないで何か言いなよ。今から出ていく?故郷も思い出せないまま行く宛てもなく、ましてや寒期。後になって後悔しないでね。二度と戻ってこないでね」
レノは相変わらず黙ったままだ。
「出て行きなさい。ほら、早く出て行きなさい。早く!荷物をまとめて家を出ろ!」
私の大声に驚いたのか、浴室の外でさらに大きな物音がした。
「この家には要らないんでしょう?なら早く望んだ通り出て行きなさい!」
浴槽で立ち上がると目の前でこちらを見つめるレノの両腕を掴んだ。
「出て行って!もうあなたみたいな子はいらない!もう家族でもなんでもない!早く出て行け!」
そこまで言って体全身の力が抜けた。
レノの泣き声が浴室に響き渡る。
腕を掴んでいた力が緩まり、体全身から力が抜けて頽れた。
浴室の扉を開けて入ってくるサヤとトゥーナの顔が見えた。




