第7話 夢
ここはどこだろうか。
辺りを見回してみるが、何も見えない。
見えないというよりも、白い。
視界が白くて、でも自分の体は見ることができて。
何も存在しない空白の空間に自分がいるよう。
遠くの方が眩しい。
思わず目を細めた。
振り向いて見ると、床にポツンと黒いシミが一つ。
ゆっくりと歩み寄って、見た。
黒い絵の具がパレットから飛んだ時のようで、水しぶきの跡がある。
指で触ってみた。
特になし。
匂いでも嗅いでみようかと、床に顔を近付けると視線の先にさらに黒いシミがあった。
立ち上がり、こちらとあちらのシミを見比べる。
すると、さらに奥にもシミがあることがわかった。
その奥にも、またその奥にも。
首を傾げ、シミを追う。
何かに誘導されていることは容易に想像できた。
しかしその足は止まらない。
ポツリポツリと、規則的に零れる。
行く先を見てみるが、何ら変わりのない、ただの白。
どこまで続いているのかすらわからない。
次第にシミは小さくなっていった。
最後は小さな点を残して、消えてしまった。
しゃがんで見るが、そこにシミはもうない。
後ろでカランと何かが落ちる音がした。
振り向いて見ると、そこには一脚の椅子。
背もたれに僅かな意匠が施してある。
思わず近付いてみた。
座面を触ってみると、先ほどまで誰かが座っていたのだろうか、温かい。
再び後ろでカランと音が鳴った。
振り向く。
すると今度はあの椅子と同じものの上に、一人の女性が座っていた。
椅子の上で足を山形に組み、両腕で抱えている。
いわば体育座りだ。
その女性に見覚えがあった。
「瑳椰……?」
彼女の名前を呼びながら、ゆっくりと近付く。
「瑳椰……?瑳椰だよな……?」
女性の目の前に立ち、そう問いかける。
顔は白いフードで覆われており、思うように見えない。
なぜだろうか、この女性は瑳椰であると直感が言っている。
当然根拠はない。
それでも、彼女は瑳椰であると、何かが言っている。
「瑳椰、一体どこに行ってたんだ?連絡をしても出ないし、家の電気は消えてるし」
彼女は無言だ。
「なあ、瑳椰?聞いているのか?心配したんだぞ?」
手を差し伸べた。
「おじさんとおばさんのところに早く帰ろう。きっと心配してる」
そう言うと、彼女はゆっくりと手を差し出した。
自分で差し伸べた手で、空気を軽く包み込む。
空気を包み込んだ。
「え……?」
思わず声が出る。
瑳椰の手が握れない。
彼女は手を差し出したままだ。
その手を何度も握ろうとしているのに、包むのは空気だけ。
瞬間、あたりの空気に圧倒され息が止まった。
背筋が凍りつく。
足が出ない。
体が動かない。
首が回らない。
声が出ない。
目が瞑らない。
彼女を見ることしか出来ず、ずっと会えなかった瑳椰から視線を逸らすことが出来ない。
突然彼女が動いた。
差し出された右手が外側に曲がり、左腕が消えた。
足は絡まり、体が捻れる。
純白のフードが赤く染まり、首が直角に倒れた。
フードの隙間から覗く瑳椰の顔が、どこか寂しげに見えた。
「……ッ!」
飛び起きた。
全身がグッショリ濡れている。
そう言えば、家を飛び出した時の格好のままだ。
どうやら昨日は、帰って来てからすぐに寝てしまったようだ。
「なんだ……あれ」
変な夢を見た。
シミを辿って行ったら、瑳椰がいて……
「そうだ瑳椰……!」
ポケットから汗で湿ったスマホを取り出す。
画面を袖で拭いて通知を確認した。
瑳椰からの返事はない。
心臓の鼓動が早まるの感じた。




