忘れちゃいけないこと
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本日は2話更新となります。こちらは1話目になりますのでご注意を
左腕を欠損しているというのはかなり大きいハンデだ。
身体の一部がない、というだけですぐには慣れない動きを強いられることになる。
そも、健常な人間というのは五体すべてが揃っている前提でいつも身体を動かしている。
重心の動かし方だったり、走り方、戦闘でいうならば振り下ろす動作や突く動作。これらすべて、五体満足であるからこそ普通にできる動きではあるが、どこか一部でも欠損している場合、それは容易ではなくなる。
現実の戦場で、四肢を欠損した兵士は多くの場合、そのまま戦場に出ることはなくなる……と私は思う。
「はぁ!!」
「おいおいクロエさん、そんな体重の乗っていない振り方じゃあそこらのウサギにすら勝てないよ?」
リセットボタンは悠々と私の振り回す短剣を躱しながら笑う。
先の戦闘では出していたホムンクルスも、今は出していないところを見るに完全に嘗められている。
こちらの味方だと思っているガビーロールに関しては、早々に見学者へとなり下がった。
彼が言うには、
「私は私闘に水を差すほど無粋ではないのだよ!!」
とのこと。
今は無粋でも、完全にこちらが不利なのだから水を差してほしいと思うのは私がまだ他人に頼り切っているからだろうか。
しかし、現状はある意味でチャンスでもある。
ホムンクルスを出していない、ということは直接リセットボタンへ攻撃が通る……つまりはまぐれでも一撃首や頭なんかに短剣を刺してしまえば、それだけでこちらが勝てる可能性が出てくるのだ。
だから、慣れないバランスの身体で短剣を振り回す。
できる限り、上半身を狙って。
「いつまで経っても当たらないよそれじゃあね。それにあんまり余裕もないんだろう?」
「ぐっ……」
余裕がない、というのは確かだ。
先ほどからHPが徐々に減っていくのがわかる。おそらく左腕の欠損が原因だろう。
デバフに【出血】があるため、ほぼ間違いはない。
リセットボタン側は私の短剣に当たらずにそのまま躱し続けているだけで、そう遠くない未来にこの戦いに勝利することができる。
恐らく、最後には自分でトドメを刺すべく何かしらのアクションは取るだろうが。
もはや十八番となりかけている【チャック】での相手の体勢崩しを試みてみるが、大きく距離を取られ簡単に躱される。
「それはもう見たことあるよ、クロエさん。私は意外と情報通なんだ」
リセットボタンは笑いながら、本当に楽しそうに軽くステップを踏んでいる。
彼女はこれが一種のお遊びとでも思っているのだろう。
……いや、ゲームなのだから実際にお遊び感覚なのだろう。私だってそうだ。おそらくこの戦いを見ているガビーロールだってそう。
皆、お遊び感覚でこの世界に踏み込み、そして自分のルールに従って自分の遊び方を展開している。
リセットボタンの場合、それが他プレイヤーを引退まで追い込むことまでが、彼女なりの『自分の遊び方』なのだろう。
大きく息を吸い、リセットボタンとの距離をまた詰める。
彼女は心底楽しそうだ。
私の顔はいまどんな表情を見せているのだろう。……きっと酷い顔をしているに違いない。
現実なら脂汗でもかきながら痛みに耐えている苦悶の表情でも浮かべていたことだろう。
今もおそらく攻撃が当たらない、時間がないという二点からくる焦りで似たような表情を浮かべていそうではあるが。
【チャック】から投げナイフを出そうにも、バランスが取りづらい現状、狙いをつけられるかも怪しい。
先程から【怠惰】も隙を狙って入れようとしているが、流石に今の私の防具を作るのに携わっただけある。きっちりとレジストされている。
じわりじわりと、精神に暗い気持ちが溜まっていく。
何をやっても勝てないのではないか、という思いも生まれてくる。
「そろそろ私も手をだそうかな?【錬金-等価交換】【生成-儀礼剣】」
リセットボタンが痺れを切らしたのか、それとも単純に飽きてきたのか。
インベントリから何かを選び、その手に鉄塊を出現させる。
それはみるみるうちにどこかで見た……サラの時計塔で帽子屋が使っていた儀礼剣へと変化する。
「これはちょーっと当たると痛いから気を付けて避けてね?クロエさん!」
刃が潰されているそれは、切ることには向かないがその分鉄塊でできているため打撃用として用いるのならかなりのダメージが見込める武器となる。
今の状態でその攻撃が当たれば、私はすぐに死んでしまうだろう。
それはいやだ。
【霧海】によってそれが事前にどういうルートを通って振り下ろされるかを感知し、余裕をもって避けようとする、がバランスを崩し転倒する。
ズドン、と顔の真横へ振り下ろされたそれは刃先を地面へとめり込ませて私の顔を刀身に映し出す。
なんて汚い顔をしているんだ私。
なんでそんな泣きそうな顔をしているんだ。
これはゲーム、これは遊びなんだぞ。
「……無理だよねぇ」
小さく呟く。
身体を素早く起こしながら、彼女との距離を取りながら、思う。
これはゲームであっても、とても現実に近い世界で行われているゲームだ。
周りに見える風景は、ほぼ現実にあってもおかしくないレベルで再現されているし、私が相対しているリセットボタンや、近くで私たちの殺し合いを観戦しているガビーロールもほぼリアルにいてもおかしくはない顔つきをしている。
そんな人間に近い見た目の相手に殺されかけているのだ。
遊びとは思えない。
今更ながらに、殺される恐怖が沸き上がってきた。
情けない。一応何度かプレイヤーを殺しているというのに。今更か。
「……どうしたのかな?クロエさん。そんな引き攣った顔で笑って」
「ふっふふ、いやね。私はなんて情けないのかなって今更ながら思いまして」
「本当に今更だね。どうだい?今楽にしてあげようか」
「それは魅力的な提案ですね」
リセットボタンがいうには引き攣った笑みを浮かべた顔でそう返す。
あぁ、なんと覚悟が足りていないのか。
何がプレイヤーとの戦闘がしたいだ。そもそも殺し合いへの覚悟すら足りていないじゃあないか。
「じゃあこっちへおいで。頭を潰しておしまいにしてあげよう」
「了解です」
歩いてリセットボタンへと近づいていく。
このまま彼女に近づいていけば、私は殺されるのだろう。痛覚はないが、頭を潰されて殺されるというのは少し……いやかなり怖い。
「よし、そのへんでいいよ。動かないでね」
リセットボタンまであと五歩、という位置まで来た。
彼女は笑いながら儀礼剣を上へ振り上げる。
これでおしまいか。
なんと早い終わりだったのだろう。
……これで本当によかったのだろうか。このまま終わってしまってもよいのだろうか。
「じゃあねクロエさん。また出会わないことを祈っているよ」
「えぇ、私も心からそう思いますよ」
儀礼剣が振り下ろされる。
【霧海】によって、その軌道が正確にわかってしまう。頭へ直撃だ。
怖い、怖いなぁ。やはり頭を潰されるのは怖い。
……でも、やっぱり。このまま諦めてこの世界から去るっていうのは、嫌だな。
ガキン、と金属同士がぶつかる音がする。
「……なにをしているのかな?クロエさん」
「いやね、やっぱり諦めてしまうのだけは私自身が許せないな、と思っただけなんですよ。この行動は」
「ちょーっと意味が分からないな」
「そうでしょう。私にも意味が分からないです。でもね、今まで諦めずにやってきたことを、そのまま簡単には捨てることはできないなって」
諦めてしまうことは簡単だ。
それくらい誰にでもできる。
でも、私がこのゲームでやってきたことを諦めて終わりにはしたくない、そう思った。
今まで、ここまでくるのに頑張ってやってきたことを自分が情けないから、怖いからってだけで諦めてしまうのは……ここまで助けてくれた人たちにも悪いと、そう思ったのだ。
我ながら、簡単な性格をしていると思う。
悪いと思ったから、諦めたくはないから。それだけで行動できてしまう。
人に言わせれば、それは決して悪いことではないといわれそうだが、これは私の悪い点。短所だ。
「この距離なら、どうにでもなりますよね……」
「いやいや、左腕は欠損してて、右腕は私の儀礼剣を受け止めているじゃない。どうやってそこから私に攻撃を加えるつもりなのかな?」
あぁ、この人は気づいていない。
私よりもこのゲームに長くいるというのに、気付いていないのだ。
私は地面に向かってある魔術を走らせる。
「はは、ホムンクルスにいつも頼ってるからプレイヤー同士の戦い方も忘れちゃったんですかリセットボタンさん」
「何を……」
「【範囲変異】発動」
直後、リセットボタンの真下の地面から数多くの土の槍が出現する。
【範囲変異】によって固められ出現したそれは、容易く彼女の身体を貫いた。
「かはっ……?!」
「魔術師は、プレイヤーは思考さえできれば魔術は使えるんですよ。両手が塞がっていても。お忘れで?」
リセットボタンは目を見開く。
口の端から血を流しながら、悔しそうに顔を歪めている。
あぁ、何も言わないのは言葉が出ないんじゃなく、槍で喉を貫かれてるから出したくても出せないだけか。
「存分に死に戻ってください。二度と会わないことを願ってますよ」
リセットボタンは消える間際、声は出さず口の動きで『私は会いに行くけどね』と私に伝えてきたが、わかっていることなので反応はしない。
彼女はまた、私を襲うだろう。事あるごとに襲うだろう。
だけど、まぁ。
「勝ててよかった……」
「お疲れクロエさん!!いやぁ、面白い戦いだったよ!!!」
あぁ、そういえば彼も近くに居たのを思い出す。
ガビーロールは労いの言葉を投げかけながら近づいてこようとするが、私はそれを右手の短剣で制した。
「あーすいませんガビーロールさん。ちょっと敵と味方の判定が難しいんでそこから動かないでください。流石に今貴方に襲われたら私も死に戻ってしまうんで」
「んん!こりゃ失敬!!まぁこういうゲームだ仕方ない!!!じゃあ私は先に自分の拠点に戻るとするが……大丈夫か?自力で戻れそうにないのなら赤ずきんちゃんやらを呼ぶが」
「いや、結構です。大丈夫。これくらいなら自力で何とかなります」
「そうかそうか!ならばさらばだ!また会おう!」
ガビーロールはそういうと、身体を土へ変えながらどこかへ去っていった。
私は【霧海】を使い、周囲に生物がいないことを入念に確かめると、リセットボタンの消えていった位置に落ちている真っ白な魔術書を【チャック】の中に落とすようにして回収する。
ある意味で、彼女は私の初めて一人で殺したプレイヤーとなった。
そういう意味では特別だが…。
「あまり、もう会いたくはないな……」
苦笑しつつ小さく呟く。
緊張の糸が切れたのか、足に力が入らなくなり、その場に座り込んでしまう。
樹薬種の短剣をインベントリにしまい、代わりにHPポーションを取り出し、それを一気飲みする。
流石に欠損は回復しないが、徐々に減っていっているHPの足しにはなるだろう。
「ふぅ……、帰ろう。魔力はまだあるし隠れながら」
私はしばらく休憩した後、【五里霧】を発動させシスイのある方向へ歩いて帰った。




