灯台下暗しとはよく言ったもので
もしよかったら感想やご指摘などよろしくおねがいします。
不思議な館 1F
「だぁあああああきっつい!!!!」
目の前のゴブリンを蹴り飛ばしながら、MPポーションを飲み干す。残り2本。
現在襲撃が再開し、館内にモンスター…主にゴブリンが大量ポップしている。
【霧海】で感知能力を上げ、最低限の動きで攻撃を避けながら館内を走り回っていた。
モンスターを生み出し続ける儀式を探してはいるのだが、どうにも見つからない。
闇雲に館内を走り回っているからなのか、それとも単純に何か謎解き要素があるのか。
見落としているのか、ウェーブ中にしか謎解きも発生しないのか。どちらにしてもこのままじゃこちらの魔力が切れてそのまま死んでしまう。
「どこだどこだどこだ…」
そういえば、とふと思い出す。
前回この不思議な館へ入った時、巨大ゾンビが出現しイベント開始のトリガーになったのは、ある壁を見た時だった。
「もしかして、ここに入ってきたときの部屋かな…?」
一番最初に入ってきた場所というのと、ゲートがあったために深く探索せずにそのまま出てきてしまったのだ。
もう一度確かめてみるのも手だろう。
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「うっわ、マジであるじゃん」
自分が入ってきた部屋…元セーフティルーム現人類の敵最前線へ戻ってきてみると、扉を開いた瞬間見たこともない地下室が目の前に現れた。
かなり広い部屋で、一種の広間のようになっている。
広間の奥には光っている魔法陣、そこから生み出される大量のモンスター達。間違いなくビンゴだろう。
しかし本当にあるとは思わなかったため、少し面食らってしまう。
「あー…あー破壊しなきゃな」
一応【五里霧】を使いステルス状態で近づく。おそらく破壊した時点か魔法陣に触れた時点で何か起こるとは思うが、ステルス状態なら不意打ちされないと考えたからだ。
魔法陣の壊し方は簡単に【刻印】にて【変異】を加えてみるだけ。イメージは全て自壊する、みたいな感じで。
【刻印】を発動し終わる。すると、そのまま光っていた魔法陣がじわじわとその光を失っていく。一応成功したようだ。
「さて、何が来るかな……」
魔力は…まだ余裕がある。問題はなさそうだ。
護身石の短剣を構えなおすと、私の頭の中に声が響き始めた。
『再びこの館を訪れし魔術師よ。禁じられた書を持つ者よ。我が秘術の陣を破壊した報いを受けるといい』
そのセリフと共に、目の前に魔術師のような女が現れる。
眼は血走っており、顔面蒼白の明らかに生きてなさそうな雰囲気が漂っている。
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シンス公爵家夫人
状態:死霊化
激昂
禁書持ち
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【鑑定】によれば、目の前の魔術師は、この前倒した巨大ゾンビ…シンス公爵家主人の奥さんのようだ。もしやこれは、夫を倒された怒りも加わっているのではないだろうか。
「…ゥゥ…ァアガアア!!!」
「おいおいおいそんなのあり?」
夫人は片腕を上げながら唸りを上げる。すると、彼女の周囲に巨大ゾンビが3体召喚される。おそらくモブ召喚に特化したモンスターという立ち位置なのだろう。
視線の動きから既に気づかれていると分かったため、【五里霧】は解いている。
「こりゃ少し厳しい戦いになるかもね…」
いつになっても来ないほかのプレイヤーもそうだが、明らかに私のキャパシティを超えている相手だ。倒せるかはわからない。
だがやるしかないだろう。目の前に敵がいるのだから。
「すぅー……」
息を大きく吸う。
その間にこちらへ巨大ゾンビが走って迫ってくるが、焦っていても仕方がない。
【霧海】によって感知能力が上がっているため、巨大ゾンビ3体の動きや夫人の動きは把握できている。
前に巨大ゾンビと戦った時よりも、戦闘経験も積んでいる。
「さぁ、戦闘開始だ」
その言葉と共に、片足を踏み鳴らす。そのタイミングで、私の目の前に【範囲変異】を使用する。穴を作るためだ。
今回は片足がハマればいい、という程度の広さはないが深さを重視した穴を掘る。
そして【チャック】内から禁書を取り出しできる限りのことをする。
「【禁書行使-第一章-召喚-棚-第一章一節】発動。……これ長いし、早めに思考発動に切り替えよう」
すぐ横に棚を召喚する。ドゴン、と大きな音を立てながら落ちてくるが、問題はないのでそのまま強化魔術の書かれた禁書を展開させる。
「展開【強化魔術一節】。【禁書行使-強化魔術一節-身体強化】発動」
流れるようにバフをかけ、範囲魔術によって作った穴の近くまで来ていたゾンビを見る。
前回倒したときはちょびちょびと相手のHPを削ったのだが、今回それをしている余裕はない。
インベントリから樹薬種の短剣も取り出し、魔力を込める。【刻印】によって刻まれた【霧海】が発動し、樹薬種の短剣周囲の空間を追加で感知できるようになった。
両手に短剣を持つスタイルになるが、魔術を使えば手を使えなくても最悪何とかなるために、これで行く。
巨大ゾンビ3体はそのままこちらへ突っ込んで来ようとするが、その前に掘った穴にそのまま突っ込み、バランスを崩しこちらへ倒れこんでくる。
そのタイミングで私も走る。目指すは夫人なので、1体の巨大ゾンビの脇を通り抜ける際首元を切り付けておく。一応人間からすればそれだけでも深ければ致命傷だが、ゾンビだからあまり効果はないだろう。
「覚悟ッ」
「ガァアアアア!!!!」
夫人は突っ込んでくるこちらへ向けて氷弾や火炎弾、岩石弾など多種多様な攻撃魔術を飛ばしてくるが、直線にしか飛んでこないものは軽く避けることが可能だし、私が避けたものは大体後ろにいる巨大ゾンビに突き刺さって後ろで雄たけびを上げている。
そろそろ短剣での攻撃が届く、という距離のところで夫人は黒い本…禁書を取り出した。
何やら呟くと、突然彼女の身体が黒い靄に包まれていく。
びりびりと肌に響くような威圧感と共に、AIである彼女の怒りのような感情が伝わってくる。感情の伝播のような効果がある魔術でも使ったのだろうか?
その割には彼女の動きは、明らかに先ほどよりも接近戦…近接戦闘に順応したものとなっている。
接敵し、短剣を人間でいう急所である首元や頭などに向かって突き出したり、切り付けたりしようとするが、薄い結界のようなもので防がれ逆に攻撃されそうになる。
掌底のような動きで、こちらへ黒い靄を押し付けてこようとする。
そのまま食らうのは不味いと思い、後ろ側へ倒れるように避ける。【変異】にて背中側に台を作り、そのまま倒れこむのを防止しつつ後ろに放置している巨大ゾンビのほうを見る。
彼らはいつの間にか黒い靄に囚われていて、こちらを攻撃しに来るどころか、明後日の方向を見つつ棒立ちになっていた。
「これは…?」
考えられるのは、夫人の使った禁書の魔術の所為だろう。
おそらくだが、使い魔の力を吸い取るなりなんなりして自身の力へ変えている…なんかが妥当だろうか。
何にせよ、彼らが動かないのは都合がいい。
【変異】で作った台を利用し、すぐさま態勢を立て直すと夫人は攻撃魔術で絶え間なく攻撃してくる。正直今まで戦ったモンスター達は何だったのかと思うレベルである。
【霧海】によって、微妙に位置を調整し少ない動きで避けつつ再び夫人と接近戦の距離に持ち込む。
先ほどから【霧海】による認識阻害をかけこちらの詳細な位置はわからないはずなのだが、黒い靄によってレジストかなんやらを行っているのだろう。正確にこちらに攻撃をしてくる。
何度か短剣を切り付けながら考える。
このまま同じことを繰り返していても、最終的に私の魔力切れによって負けてしまうだろう。
何かしらの策が必要だ。
手の中の札から、取れる策は限られてくる。一つ一つ試すしかないが、できるだけ早めに何とかするべきだろう。
「ちょっと君と戦うのもめんどくさくなってきた、ねっ!!」
「ゥゥゥ……」
ガン、とまた結界に弾かれ夫人はこちらへ掌底を放ってくる。見た目魔術師なのに格闘家みたいな敵だ。
その瞬間【チャック】を夫人の足元に発動させてやる。帽子屋戦でやった不意打ちだ。
案の定、夫人は体勢を崩しそのままこちら側へ倒れこんでくる。
そのまま両手広げて迎えてあげるはずもなく、横に避け頭に向かって両手の短剣を叩き付ける。
ガガン、と硬いものを叩き付けたような音がするがそのまま体重を乗せて強引に結界を貫こうとする。
「くっそ硬いなぁ!!帽子屋さんの結界より硬いんじゃないのこれ!!!」
夫人は頭を上げようとするが、上から私が結界を押さえつけている形になっているため地面にキスを繰り返している。床でも舐めていろ。
このままではこの状態を延々続けるだけで、進展がない。一つだけ考えがあるが、効くかどうかはイチかバチかだ。だがやるしかないのも事実。
「【禁書行使-第一章-怠惰】発動!」
【怠惰】……かつて身体を動かすだけでもHPを削ってきたデバフを夫人、ではなく結界に対し付与させる。
イメージは、この結界の働き自体を『怠け』させる。そんなイメージ。
結界は少しだけ軟度を持ったかのように、短剣の先を受け入れる。
だがそこまでだ。
「【怠惰】【怠惰】【怠惰】【怠惰】ァ!!」
下の夫人の唸り声を気にせずに、私は【怠惰】を強引にかけ続ける。
かける度に結界は柔らかく、それこそ結界としての仕事を放棄するかの如く両の短剣を受け入れていくのが、樹薬種の短剣に【刻印】された【霧海】によって把握できる。
ここでログが出現した。
『一定回数の【怠惰】の使用を確認しました。これにより、大罪魔術の取得を解禁します。良いマジシャンライフを』
今はそんなことどうでもいい。
夫人に刃を届かせるために、【怠惰】をかけ続ける。十回ほどかけただろうか。
ついに結界は風船のように弾けて破れ、短剣の刃は夫人の頭へと到達した。
「ァ…ァア………」
夫人は、掠れたうめき声を残しながら消えていく。
その体が完全に光の粒へと変化すると、私の目の前にログが出現する。
『シンス公爵夫人を討伐しました。MVP者に対し、特典を付与します。
禁書の所持確認。
MVP:クロエに対し特別ボーナスとして、禁書:【第四章】を付与しました』
そのログを読み終わった瞬間、私は脱力した。
終わったのだ。
身体中に気怠い感じが広がっている。魔力切れ手前なのだろう。一応MPポーションを何とかインベントリから取り出し飲んでおく。
『レベルが一定値まで上がりました。クラスチェンジができるようになりましたが、今しますか?』
久しぶりに見るログだ。YESかNOかのボタンが出ているが、少しだけ休憩することにする。
巨大ゾンビについても、呼び出した夫人が消えたのと同時に消えていったのを確認しているので、現在ここは私だけの安全な場所のはずだ。
「……つっかれた……」




