この殺伐とした魔術世界で
■クロエ視点
翌日。
特に変わったこともなく、いつも通りにゲームにログインしいつも通りの宿の部屋へと降り立った。
そしていつも通りに癖で【霧海】を展開し、いつも通りに挨拶をする。
「グリンゴッツ。おはよう」
『おはよう、ご主人』
お互いに何も言わず。
そのままに宿を出た。
行く先は街の外……出来る限り高いところに行きたかった。
その途中、色々なものを見た。
少し前に【登場人物】の2人によって破壊された建物をNPCとプレイヤーが協力して直している所だったり。
揉め事でも起こしたのだろうプレイヤーらしき2人が空中で戦闘していたり。
レギンという街のシンボルでもあるコロッセウムへと向かう人たちだったり。
多くのものを見た。
そうやって街の風景を見ながら歩いていたからだろうか。
1人、まだ挨拶をしていない人がいるのに気づきログイン状態を確かめた後、彼の居る工房へと向かった。
職人街に辿り着いた私は、見知った工房の中へと入っていく。
すると、いつもは奥で作業をしているはずの彼が珍しく受付に座っていた。
「よう、嬢ちゃん。聞いたぜ?引退すんだってな」
「どうもです。引退ってわけじゃなく、休憩なんですけどね」
グリルクロス。私の持つ防具を作ってくれた職人プレイヤーだ。
彼に挨拶せずに街から出るのは、少しだけ失礼な気がしたのだ。
「引退も休憩も似たようなもんだ。……で?その防具買い取った方がいいか?」
「いえ、これも思い出の1つなんで取っときますよ。次インするときに思い出したいじゃないですか。『あぁ、この狼耳。グリルクロスって人が作った防具の効果なんだよなぁ』って」
「……それは忘れてくれていいぞ」
そして、お互いの顔を見合わせて笑いあう。
軽く握手をした後に、短く礼を言って工房を後にした。
今度こそ、街の外へと出ていくために足を動かした。
「よし、この辺でいいかな」
見渡す限りの平原。
高いわけでもなく、低いわけでも無いそこで私は魔術を発動する。
この世界で良くも悪くも多く使ってきた【変異】を自分とグリンゴッツの真下の地面を対象に。
ぐんっ、と重力を感じつつ。
地面が盛り上がり、どんどん空が近く、私達の立っている地面以外が遠くなっていく。
さながら塔のようになっていくそれに乗りながら、私はグリンゴッツへと話しかける。
「ねぇ、グリンゴッツ」
『……なんだ?』
「やっぱり私に残ってほしい?」
『……』
答えが決まってる質問を投げかけて。沈黙で返されるのを見てから、空を見る。
気付けばいつの間にかゲーム内でも来たことがないくらいの高さまで到達していたため、【変異】の発動を止める。
辺りを見渡せば、豊かな自然や人工物である街が見え。
……あぁ、綺麗だなぁ。
そんな感想が、頭を過った。
グリンゴッツを腕に抱き、胡坐をかいて地面に座る。
「ごめんね。君が何にも言えないのを分かっててこの質問しちゃって。……昨日も聞いたけど、グリンゴッツはどうしたい?何をしたい?」
『私は……そうだな。やはり、私はご主人を止められないのなら、一緒にそちらの世界に行きたい……とでも言いたいんだがな』
「……そういう固有もあるかもしれないねぇ、この世界なら。現実の端末にデータをアップロードするような効果でしょ?……ないとは言い切れないよね」
固有魔術は千差万別。同じ固有であっても、派生によって色々な顔を見せてくれる。
だからこそだろう。彼の言っている事もやりたいことも、このゲームならば叶う可能性はあるのだろう。
『あぁ。だから、それを探すために力が欲しい。ご主人の……貴女の力を私に貸してくれないか?』
「うん、いいよ。全部貸してあげる。君の願いを君自身が叶えるために私は力を貸そう。……ってぇことで!湿っぽいのは終わり!」
そう言って立ち上がる。
本当に最後。これだけはやらないと終われない。
物語の終わりは、やはり――
「――少女が空から落ちてくる。これに限るよね」
『……頭でもおかしくなったのか?』
「いやいや、普通にやってみたかったというか。ヒロインになるつもりはないけれど、一度そういう体験もしてみたいじゃない?だからさ、こうやって場所も用意したし」
『……私が死なないように頼むぞ、ご主人』
「あは、そこらへんはきちんと考えてあるから大丈夫。じゃあ、行こうか!」
土で出来た塔から、飛び降りる。
見えるのは先程も見えた自然と人工の街。遠くに見えるのは私が行かなかった国だろうか。あぁ、本当にこの世界は美しかった。
「さようなら!この殺伐とした魔術ばかりの世界!また今度、お邪魔するその時まで!!」
そうして、私は落ちていく。
地面が近づいてきて。自分の影が近づいてきて。
そしていつかもやったように、影へと潜る。
「またね、グリンゴッツ」
『あぁ、また。ご主人』
短くそう伝え、私はこの世界から去った。
数年後。
ある会社の一角で、多くの社員が見守る中。
1人の女性と1機のAIが会話していた。
「……よし、テストも完璧。どう?一応そろそろサービス開始だけど問題あったりする?」
『何も。まぁ、何かしらサービス開始後に問題が起こるかもしれないが……それはプレイヤーと私達開発側との見方の違いだ。ありがたく文句を言われようじゃあないか。ご主人』
「それもそっか。――じゃあ、良い?みんな。私達が作ったVRMMO『Festival in Crime』サービス開始だ。これから頑張って長生きさせていこう!」
こうして、物語は始まった。
しかし、語られるのはまた別の人物で。
彼女らの冒険は、確かに幕を下ろしたのだった。
これにて「この殺伐とした魔術世界で」終幕となります。
2年間休み休みだったものの、投稿を続けここまでこれたのは読んで応援してくれた読者の皆さんが居てこそでした。
本当に拙い文章で読みにくいところ、おかしいところもあったと思います。
それでもここまでついてきてくださった皆さんには感謝してもしきれないほどです。
ところで話は変わりますが、最後の最後に出てきたゲームの名前。
知っている方もいらっしゃるとは思いますが、既に同名の作品を現在連載中です。
もしよろしければ、そちらも読んでいただけると幸いです。
「Festival in Crime -犯罪の祭典-」(https://ncode.syosetu.com/n6993fp/)
では、また。