素早い決着、裏表そして裏
もしよかったら感想やご指摘などよろしくおねがいします。
本日は累計アクセス1万突破記念ということで、二本投稿します。
こちらは二本目となります。
みなさん、いつもありがとうございます。
冒険者の街 サラ - 時計塔 - PM
【チャック】。
私の現在唯一の固有魔術であるソレは、最初異次元にアイテムをしまう別枠インベントリとして私は認識していた。
実際、最初の使い道はそれしかなかったし、アースラビットとの戦いで石礫を【チャック】を使い回避する…なんて使い方をしなければ、戦闘には絶対に使わなかったのではないだろうか。
効果としては、私の近く…10メートル以内に異次元インベントリへ通じるチャックを出現させる、というもの。大きさは任意で設定できる。
異次元には今のところ調べたものは全て入った。しかし、取り出す場合少し難点がある。
引っ張り出したいアイテムを思い浮かべつつ、【チャック】内に手を突っ込まなければならないのだ。
さて、少し尺を取ってまで何を言いたいか、というとだ。
手を突っ込める、ということはプレイヤーの身体の一部を【チャック】内に一時的に入れることが可能という意味で、
「ぐぉ!?」
そんな【チャック】を開いた状態で相手の足下に発動させた場合、多大な隙を作ることが出来る。
男は突然片方の足の足場が【チャック】に変わったために、尻餅をついてしまった。
(今だ!!)
ドドドガンと、私の背後で男の投げた【液状爆瓶】が複数爆発する。
その爆風で更に勢いを増しながら、男に向かって木の短剣と護身石の短剣を突き出す。
木の短剣は、喉へ。護身石の短剣は眉間に向かって。
ガギン!!と鉄を叩き付けたような音が鳴る。
いつの間にか張りなおしていたらしい結界によって勢いが少し落とされたらしい…が、助走をつけ更に爆風によって加速した勢いそのままに突き出された短剣二つは、狙い通りの部位へと吸い込まれていく。
木の短剣は鉄や銀なんかではないため、裂傷なんかの傷を与えるというよりも打撃用の武器として使う。デバフに関しては、ダメージが入れば一定の確率で入るか否かが決定するため、今回は問題ない。
一応デバフを入れようとしているのは、即死対策を取っている場合に備えてだ。
眉間に突き立てられた護身石の短剣により、HPがいくらあろうともキルできるはずだが、固有魔術はそういうルールをも破ってくる。灰被りに聞いた中だと、復活の小瓶というコストを支払うことで、灰になった状態からでも生き返った例もあるそうだ。
そんな固有魔術を持ってても良いように、行動阻害系に当たる【怠惰】を入れるのはアリだと判断したのだ。
しかしそんな心配は杞憂だったようで。
「消えていく…終わりかな?」
「……ハハ、そうだよ終わりさ。蘇生系のはもってないんでね」
男の身体が消えていく。眉間に短剣が刺さったまま喋る姿は少しシュールだが、それはまぁ仕方ないだろう。
「しかし縛っていたとはいえ、今回は負けちまったかぁ…こりゃあ期待だわ」
「は?縛り?今回?」
「あー?なんだ聞いてなかったのかお嬢ちゃん。これ【赤の十むぐっ!?」
「あっらぁ帽子屋。誰がそこまで話していいっていったかしらん?」
男が見えない何かによって口が塞がれたようだ。いや、それよりも。
カッカッカッと見覚えのある女性が階段を昇ってくる。
「…説明してくれるんですか、赤ずきんさん」
「えぇもちろん。クロエちゃん」
胡散臭いニヤニヤした笑みを顔にはっ付けた赤ずきんが登場した。
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「……というわけだよ、分かったかな??」
「はぁ。つまりは、普段は別に正式な試験がある上で合格者のみサバトに参加させるという流れを、この街で行ったってわけですか」
「OK!それであってる!」
そういうことらしい。
元はヴェールズにて月イチで行われている参加試験に合格する必要がある…というものを、赤ずきんが単独で承認、参加させてしまったために、本拠地のあるヴェールズに入れる前にこのサラの街にて試験…PKと戦えるだけの能力があるかどうかを確かめた、ということらしい。
先ほど私が眉間に短剣を突き立てた男…帽子屋と呼ばれた彼は、今は死に戻りということで本拠地のヴェールズに送られたらしい。
元々彼は同じサバトメンバーではないようだが、リアルの友人だと言っていたのでそういう繋がりで依頼したのだろう。
彼が死んだときに手に入れた白い固有魔術の魔術書は、試験合格のお祝いの品としてもらえるそうだ。
「試験だってことで、事前に言えなかったのはわかるけど……灰被りさんがノリノリだったのはそういうことか…」
そう、これが【赤の十字軍】への参加試験というのなら、彼女も関わっていないわけがないのだ。…そりゃあ楽しいだろう。初心者を試練に叩き込むのは。
しかしそうだとしてもひとつ気になることがある。
「街の中走ってる時、他プレイヤーがいないように見えたんですけど、アレはどういうことです?まだNPCならサバトの権力か何かで出来るんでしょうけど、プレイヤーに対してゲーム内権力とか意味ないですよね?」
「あー、それはねぇ…」
赤ずきんが指をパチン、と鳴らす。すると、目の前に160センチくらいの人型の何かが二体出現した。
「私の固有魔術使って、昨日のお昼にどいてもらっただけだよ。彼らは使った奴の一部だね。トランプナイトだ」
「……もうなんでもありですね」
「あぁ、そうさ。このWorld of Abyssという世界はなんでもありなんだ。固有魔術を使えばね」
あぁそうだった。そういう世界なのだった。
なんでもありの千差万別である固有魔術。それを持つプレイヤーたち。
固有魔術を巡り、プレイヤー同士で行われる血の流れない負の戦い。
先ほどまでの戦闘が、試験という相手からすれば本気のものではなかったとしても、私はこの世界でのある意味最初の一歩を踏み出したのかもしれない。
今までスタート地点にすら立てていなかったと思うと、少しだけ笑えてくる。
「PKした後とは思えないくらいにいい顔だね。なんだい?人を殺すの割と好きなタイプ?」
「あー…えーっと…そうかもしれないですね」
「おぉこわいこわい。味方になった私らにソレが向かないことを願うよ」
赤ずきんは笑いながら、来た道を引き返していく。
私もそれについていこう。まだ目的地にはついていないのだから。




