第三試合 7
■赤ずきん視点
決して想定していた事ではないが、それは合図となってくれた。
灰被りが戦っているであろう方向で、突如出現した上級と思えるその魔術を見て。
そしてそれが破裂するように拡散するのを見て。
私は自分の為すべきことをする。
「あはっ、君が時間を稼いでくれたおかげで!どうやらこっちの灰被りが何かしでかしたみたいだ!だからこっちもいい加減、話を進めようじゃあないか!」
『……何を……?!』
「私だって、何もせずにただただ時間が過ぎるのを待っていたわけじゃあない。だから、こんなことも出来る」
展開している【童話語り】を手に持ち。
私は指揮棒のように指を振る。
瞬間、遠くに……灰被りの方へと繋がっていた魔力がかき消える。
問題が起きたわけではない。こちら側から帽子屋の召喚を解除したのだ。
今必要なのは、【童話語り】の力じゃなく。
ここを抜け出し、姫の元へと辿り着くための力だ。
「『さぁ、登場人物たち。出番だ、存分に働いて砕け散っては主人公のように立ち上がっておくれ』。『そして私に勝利という名のハッピーエンドを見せてくれよ』」
魔力の篭った声は、いつの間にか詠唱のようになり。
その声に指示された、私の周囲に浮く槍たちへと役割を与えていく。
それは一度見たことのある技術。
つい先ほど、映像のみで本質である声が欠けている状態で見た技術。
『条件を満たしました。【言霊】を修得します。
また、【言霊】用の簡易チュートリアルを受けることが可能です。
どうしますか? Y/N』
……成程、これか。これがクロエちゃんの戦い方を変えたものか。
躊躇することなく、Nを押し現れたウィンドウを閉じる。
恐らく私は、下地があったのだろう。
声に出し、魔力を伴った命令を下す。【童話語り】で良くやってきた事だ。
今までは【童話語り】のルールに則った状態でしかやってこなかったソレ。
声を出すのを控え、思考発動によって相対している敵に対して、使う魔術を気取られないようにする戦い方。
WOAだからこそ流行った戦い方だろう。周りが敵だらけ、いつ視られているかも分からない状態だ。
出来る限り自分の情報を隠そうとするのが常だろう。
それに真っ向から逆らっていくシステム。
霧散すると思われた魔力が、私の周囲の槍へと宿り力となっていく。
『くそッ、築け【堅城】。歌え【枝垂柳の未亡人】――ッ!』
「さぁ、発射だ」
何やらレンが新しい固有魔術を発動させているが問題ない。
私が与えた命令は、敵を討つための物ではないのだから。
私の合図と共に、周囲に浮いていた槍が周りの地面へと向かって勢いよく突き刺さる。
瞬間、破裂し大きな音を立てながら爆発した。
『なっ……』
「おいおい本当に真正面から戦うとでも思ったのかい?そんなだから脳筋って言われるんだよ君は」
槍だった物は、突き刺さった地面の土を巻き上げながら広範囲に土埃を巻き起こし、私の姿を包み隠してくれる。
レンはといえば、その土埃をすぐに吹き飛ばそうと風の魔術を発動させるが、もう遅い。
強化魔術により強化されている足で地を蹴る。
いつも以上に力を入れたからだろうか、地が抉れ。
私の身体はすぐにトップスピードへと到達する。
向かうは、姫の元。
『赤ずきん』の役割ではないな、と独り苦笑した。
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■灰被り視点
「【火炎-誕燐回帰】発動」
瞬間、私の頭上に浮いていた巨大な炎の塊は、膨張し破裂した。
飛び散った炎は、そのどれもが視れば分かる程度には魔力が込められている危険なモノ。
その破裂の一番近くに居た私は、当然それに巻き込まれる。
しかし。その炎は私の身を焦がすことはなかった。
燃えるは他。
私の展開していた氷の茨や、地に生える草花。
そしてガビーロールを守っているであろうゴーレムによるシェルターも、燃えていく。
火炎魔術【誕燐回帰】。
長い詠唱を必要とし、それ相応の魔力を消費し、設定したもののみを燃やす火炎魔術の最高位ともいえる魔術。
強力な火耐性でもなければ耐えることも出来ず、ただただ燃えるのみ。
氷や水が蒸発することも許さず、ファンタジーらしくそれらすらも燃やす魔術の炎。
最大の特徴は、その燃えている対象から出た火花すらも【誕燐回帰】の性質を持つことだろう。
設定されているものならば、それに触れるだけで炎上し、そして周りに広がっていく。
強力すぎる魔術。しかしだからこそ、代償は付き物だ。
「……早い」
私は自分の現在HPとMP、そしてその両方の最大値が削れていくのを見ながら呟く。
【誕燐回帰】、その代償は単純だ。
行使者の現在HP・MP、最大HP・MP、その両方を燃料とする。
それらを使い、相手を燃やす。それこそが【誕燐回帰】。
元から【灰の女王】によって、最大HPの消費という代償に関しては慣れてはいるのだが。
この魔術は、それよりも早い速度で私がこの世界に存在するための数値を喰い燃やしていく。
出来るならば。彼女がこちらに着くまでは耐えてくれ、私の身体。
そう思いながら、私は今もなお燃えるゴーレムのシェルターへ目を向けた。