第三試合 5
■灰被り視点
それは、劇的な変化であると言えた。
私の展開した、ゴーレムをこちらへと寄せ付けないための氷の茨は砕け。
それを好機と私へと拳を振り上げたゴーレムたちは、私に触れることなく土塊へと還っていく。
そんな破壊の中心にいるのは、狂った帽子屋だった。
『アァ!しがない帽子屋に過ぎない私ガ、こんなにも暴力と破壊を与えることができるとハ!更に狂ってしまウ!』
「……」
何処からか取り出した値札の付いた帽子を投げながら。
彼は高らかに声を上げ、私に襲い来るゴーレムたちを破壊する。
赤ずきんの【童話語り】によって書き加えられた設定によって、彼は今。一騎当千とも言うべき力を戦場で揮っている。
しかし、暴力は彼の真価ではない。
『赤ずきんも面倒なキャラを出していたみたいだなぁ!しかも強化系の設定を書き加えられてるのか?!帽子屋に乗せて良いバフじゃあないだろう!!』
どこか焦ったように、それでいて楽しそうに。
ガビーロールは今もなお、こちらへと姿を現すことをしない。
私は味方に砕かれた氷の茨を再び出現させ、帽子屋の戦闘に巻き込まれないよう自身を守るための魔術を発動させていく。
改めて身体強化系の魔術を。
氷の茨に始まる、周囲からの攻撃を防ぐための防壁用の魔術を。
そして、帽子屋から自身を守るための魔術を。
「……やはり、厄介ね」
どうやら間に合ったのか、自身のログに【幻覚】、【魅了】、【狂化】などの精神異常系と呼ばれるデバフへの抵抗ログが流れ始めた。
ガビーロールからの遠まわしな攻撃か?
いいや、違う。
これは味方からもたらされたものだ。
【童話語り】、それによって呼び出される登場人物たちは設定を書き加えられる。
それは端役の登場人物を英雄へと押し上げるものだったり、その者自身の力を縛るものだったりと多岐に渡る。
しかしながら、一つだけ。
登場人物たちには書き換えられない、書き加えることができない元から存在するパーソナリティが存在する。
ジーニーが、呼び出した者の願いを聞くように。
ジャバウォックの躰を健康的な状態へと戻すことができないように。
彼らは、彼らの元の設定から逃れることは出来ない。
無論、ゲーム的な処理として何でも願を叶えることはできないし、躰が腐っているからといって、HPが継続的に減り続けるわけではない。
だが、原作や原典からある設定だけは。彼らのパーソナリティとして書き換えることができない。
では。
帽子屋の場合は何がそれに当たるのか。
物語のように周囲を苛立たせる?……いいや違う。
誰かを招いて狂った茶会を開く?……それも違う。
『アァ!皆狂っていク!私の周りで狂っていク!!まるで私のようニ!!!』
正解は、彼の物語内での呼ばれ方と同様。ただただ彼は、狂っている。狂いすぎている。
彼は敵味方の判別などしないのだ。
狂ったように一番最初に与えられた命令だけをこなし、狂ったように気分次第でそれすらも放棄する。
使いづらい事この上ない。
それに拍車をかけるのが、彼の狂っているという設定がゲーム的にパッシヴスキルとして発現してしまっている点だろう。
パッシヴスキル【Mad as a Hatter】。
周囲のプレイヤー、モンスター、使い魔、NPC、敵味方関係なく。
継続的に精神異常系デバフ……【幻覚】、【魅了】、【狂化】、【錯乱】、【恐怖】を与え続ける一見すれば強力かつ凶悪なスキル。
しかしながら、それは召喚した赤ずきんにも効果は適用されるし……何より。
そんなパッシヴを持っているような登場人物は、基本。パーティを組んでいてもソロで活動していても使わない。
パーティメンバーにも作用する。
ソロであるならば、自身が動けなくなるのに運が悪ければ精神異常系……最悪抵抗すらも出来なくなってしまうデバフを喰らう可能性すらある。
だが。
だからこそ、偵察という任務には向いている。
万が一見つかって戦闘になったとしても。このパッシヴさえ知らなければ、敵側は混乱の渦に巻き込まれるのだから。
「最悪使い魔扱いだから、困ったら灰に出来るけど……」
私の発動した精神異常に対する抵抗用の魔術も、万能ではない。
固有ですらなく汎用でしかないそれは、今でこそ彼のパッシヴを防いではいるものの……それもいつまで保つか分からないのだ。
それに、現状。
彼はゴーレムを砕いて回っているが、ただそれだけだ。
先ほどよりは数は減ったものの、まだガビーロールの創り出すゴーレムの半数以上は動いている。
だからこそ、私がここで何か手を打たねばならない。
……【灰の魔眼】は使っても、あまり意味はない。ゴーレムを倒しても、それを生み出す生産者を倒さないと終わらない。
ならばやはり。
ガビーロール本人を見つけ出すしかないだろう。
でもどうやって?
索敵は意味がなく、視覚情報にも頼れない。
音に関しては、破壊音が常に響いている現状では先ほどよりも信用できない。
だが、今は時間がある。
敵が帽子屋に集中しつつ、私が思考に没頭できるだけの時間が。
ならば、一つ。
打てる手がある。
時間がなかったために取れなかった方法が、今。
時間が出来たからこそ。
「――【天を見上げし同胞よ】」
詠唱を、始める。
勝つための詠唱を。