第三試合 3
■赤ずきん視点
私は身体を浮かせると、周囲の地面を【範囲変異】によって槍へと変化させ、それぞれに炎や氷などを纏わせた弾を作成した。
それと同時、レンの方は【幻影洋灯】を設置したと思いきや私の知らない固有を使い、完全に私の視界内から自らの姿を消した。
……設置型の【幻影洋灯】だけ壊せれば姿は見えそうだけど……。
気になるのは【一反地殻】。
併用したという事は【幻影洋灯】と何かしらシナジーがあるのか、と思い見てみれば。
先ほどまでレンが立っていた場所付近の地面が、まるで何かに抉られたかのように地形が破壊されていた。
「チッ」
地面から生えた形になっている槍を【浮遊】によって自らの周囲に浮かべながら、相手の動向をどうにか把握できないか考える。
聞こえてくるのは遠くで戦っているのであろうガビーロールと灰被りの戦闘音。
それ以外にはこの場では何も聞こえてはいない。
恐らく【一反地殻】の効果は、一定範囲の地面を宙に浮かばせるだけのものだろう。
普通の相手との戦闘であれば、その程度はあまり脅威にはなりえない。
しかし、今回は状況が違う。
【幻影洋灯】は設置型の固有魔術。それゆえに、その設置点さえ地面ごと壊してしまえば無力化は出来た。
だが……【一反地殻】によってその設置された地面ごと浮かび上がってしまったら。
ただただ地面を浮かすだけとは考えにくいため、その浮いた地面を自由に移動させる程度のこともできるだろう。
それ以外にも問題はある。
確かに【猟師】の付与効果の中には【自動ホーミング】があるが……それは見えていない敵にも通じるものではない。
相手が隠れてしまったら効果の失うものであるし、もう一度ターゲット設定をし直さねばならない。
「隠れてこそこそ奇襲はさっき効かないってわかったんじゃないのかなぁ?」
『さっきのは他の固有使っての奇襲だからね。こっちはどうか試してないじゃん?』
全方位から聞こえてくる声。
用意周到と褒めるべきなのか、声の発生位置を悟らせないよう何かしらの固有を使っているようだ。
声の位置から居場所を特定されるようなヘマはしない、ということだろう。
……あんまりこっちに時間かけても仕方ないし、出来るだけ早くあっちに合流したいんだけど……。
そう考えたとしても、この状況は限りなく”詰み”に近いものではあった。
硬直状態に近いが、追い詰められているのはこちら。
【劇場展開】を発動しようにも、恐らく詠唱を始めた瞬間にレイはこちらの首を全力でとりにくるだろう。
一番いいのは既に召喚してあった帽子屋がこちらへ救援に来てくれることだが……。
……それは絶望的すぎるなぁ。
どうせ救援にくるならばこちらでなく、苦戦しているであろう灰被りの方へと行ってほしいものなのだ。
こちらに少ない戦力が集中すれば確実に勝ち目がなくなる。
それにレンとガビーロールで言えば、数は多いだろうがまだ真正面からくるガビーロールの方が私的には戦いやすいのだ。
逆に、灰被りは固有のみでごり押ししてくるレンの方が戦いやすい。
どうせ相手方はそれを把握した上でこの対戦カードを切ってきたのだろうが。
『……動かないの?』
「あぁ、すまないすまない。どうしても考えてしまうのさ、どうすればいいだろうかってねぇ」
『無駄じゃない?こうやって私に睨まれてる状態じゃ考えても――「それは違うねぇ」――は?』
一息。
あぁ、この感じは。
知らないうちに私はどうやら
「無駄、とは言うけれど。考えること自体は無駄じゃあないのさ。例えば……どうして君が私を今すぐ殺してガビーロールの方へと行かないのか、とかねぇ」
『……』
「おや、沈黙はこういう時はやめた方が良い。否定にも肯定にもとれるから要らない思考材料を相手に与えることになるよ」
『……次からは肝に銘じておくね。でも私がすぐに殺さない理由を考えた所で赤ずきんに何かできることってあるの?』
当然、出来る事はない。
ここから灰被りの方へと行くには姿の見えないレンを殺すしかない、しかしそのレンを殺そうと動けば……次は確実に殺されるだろう。
一度目の奇襲を防げたのはあくまで運。
二度三度と同じ事ができるのであれば、今頃私はレンからの攻撃を防ぎながら灰被りと合流していたことだろう。
だから私は考える。
ここで私を抑える事に意味があるとするならば、何がこの後に起きるのか。
灰被りの脱落、これはあり得るだろう。事実、ガビーロールと灰被りの相性は悪い。
だからと言ってその為だけに私をここに留めている意味は薄い。
それこそ、私をすぐに殺して合流すれば今のこの状況よりも絶対的に有利になるのだから。
しかしそれをしない。
ならばここで抑えている意味は何か。
……考える時間も有限じゃないけど、こうやって考えさせてくれるってのもありがたいものだねぇ。
「とりあえず……これくらいならできるかな」
私は何の変哲もない、レギンで売っている本を取り出した。