第三試合 2
ある一人の女性の話をしよう。
……といってもそんな劇的な物語があるわけでもないし、大体の人間の物語にそんなストーリー性など期待したところで無駄だろう。
ファンタジーの英雄でもあるまいし、特撮のヒーローでもない。
彼女は酷く無気力だった。
いや、言うなれば怠惰だったのだ。
仕事をしようにも。
友人と遊びに出ようにも。
日々の生活を営むにも。
だが、彼女は常日頃から怠惰ではなかった。
彼女の興味が向いた事に関してのみは、周りが引くほどに情熱的だったのだ。
狂気的とも言えるその情熱は、周りの友人らには理解できない行動を引き起こす事が多々あった。
だからこそ、彼女の友人らは協力して『彼女の日々の生活をサポートする』という名目で彼女を監視することにしたのだ。
彼女の目に、それがどう映ったのかは分からない。
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■赤ずきん視点
私は大きく吹っ飛ばされながらも、何とか受け身をとる。
追撃は今の所無いようだが、だからといって安心できるわけがない。
前衛役と別れてしまったのだから。
出現した巨大ゴーレムはどうやら灰被りの方へと行ったようで。
私の相手をするのであろうレンはゆったりとこちらへと歩いて近づいてきていた。
「赤ずきん、どうして私が奇襲かけるの分かったの?流石にバレないかなって思ってたんだけど」
「……あは。追撃せずにそれかぁ。自分の疑問には正直だねぇ……簡単さ、周囲警戒くらいはいつもやってるからね」
動けなくなるデメリットがある【童話語り】だからこそ、普段から奇襲における対策は人並み以上にしてきた。
それこそ奇襲特化型の魔術師に襲われても問題なく対応できる程度には。
……流石にクロエちゃんみたいな認識阻害とかされると厳しいんだけど。
「ちぇ……。出来れば赤ずきんは一回で退場させたかったんだけどなぁ」
「嘗められてるわけじゃないの分かるけど、私がそんなすぐに殺せるとでも思ってたのかい?」
「思ってないけどさぁ……【展開】」
彼女の周囲に本が何冊か出現する。
その全てがどこか禍々しい魔力を帯びており、普通のものではないのが一目でわかった。
どのプレイヤーにもその人ならではの戦闘スタイルというものがあるのだろう。
正々堂々正面突破、搦め手狡い手なんでもあり、ヒット&アウェイ特化など、あくまで一例だがこのゲームならば固有魔術もあるためそのスタイルは少し戦った程度では掴みきれない。
そんな中、レンの戦闘スタイルといえば。
「おいおい流石に初っ端から【禁書庫の守】とかやめてくれよ……」
固有魔術によるごり押しだ。
彼女の持つ固有魔術は多岐に渡る。
隠蔽特化設置型の【幻影洋灯】や、最近手に入れたと言う様々な弾を作り出せる遠距離攻撃【改造魔弾】。
そして今発動した、自身の持つ禁書を展開する【禁書庫の守】。
私の知る限り彼女は汎用魔術を好んで使う事はなく、そもそも習得しているものも錬成魔術くらいではなかっただろうか。
「そりゃ、突然連れられて参加決まったからさ。一応こっち側じゃアイツ誰だ?ってなっててね――」
「……【童話語り-赤ずきんより猟師を付与】」
【童話語り】によって付与したのは『赤ずきん』の猟師。
自動単身銃が空中から出現し。レンの手元には一冊の禁書が開いた状態で光を放ち始め。
「――だから本気でやっていいって言われちゃっててね?【禁書行使-第三章-脱力】」
瞬間、自動単身銃は溶けるようにだらんとその銃口が重力に従った。
銃を揺らせばぶるんぶるんと銃には似つかわしくない擬音が聞こえてきそうだ。
「おいおい、流石に銃をゴムの玩具みたいにするのはやめてくれないかなぁ」
「本当は銃じゃなくて身体を狙ったんだけど……そっちに吸われちゃったみたいでごめんね?次は当てるよ」
「当ててほしくはないなぁ」
銃が使いものにならなくなったとしても、【童話語り】によって付与されたものが消えるわけじゃない。
【猟師】によって付与されるバフは肉体系……主に筋力や敏捷に関わってくる所が強化される。
だが、それだけではない。
一番の目玉は、自身が放った遠距離攻撃に掛る【自動ホーミング】の方だ。
【猟師】を付与された状態であれば、遠距離の部類なら何でも指定した相手へと自動で飛んでいく。
それこそ、以前クロエ達と攻略した『静謐な村』で私が撃っていた銃のように。
だが、それだけじゃない。
それだけならば、私が好んでは使わない。
「それについてはぁー……ごめんね?うーん……まぁとりあえず。【幻影洋灯】、【一反地殻】」
「【浮遊】、【範囲変異】、【炎性付与】、【氷性付与】、【雷性付与】……」
純後衛と脳筋による戦闘が始まった。