第二試合 捌
■クロエ視点
腕一本持っていかれたといっても、結局の所やれることは変わらない。
と、いうか。やれることは少ない。
相手の【黒死斑の靄】を警戒しつつ。
まだ詳細の分からない索敵・感知術式を乗り越え。
相手の急所に切り札を当てる。
これをやるためにどうすればいいのか。
……実際、かなり面倒だね。コレ。
考えれば考えるほどに面倒さが分かる。
一番面倒なのは何かって言われれば【黒死斑の靄】の存在だろう。
攻防一体、近づけば靄に殺され遠距離から殺そうとも靄に変えられダメージとならない。
魔力燃費自体は悪いのだろうが、それも常時展開していなければ些細なものだ。
まだ鬼ごっこしていた時の方がやりやすかったといえなくもないだろう。
「【霧よ、霧よ】【現世と異界を繋ぐ境界よ】」
とはいえ、それに対する策というのは用意する必要はあまりない。
使われたら面倒というだけで、今までも対応は出来ていたのだから。
ならば潰すべきは【霧海】にすら感知されなかった索敵魔術の方。
十中八九固有魔術だろうが、魔術であるならば潰すことは可能だろう。
「アハッ♪それを見るのは初めて……だけど詳細自体は知ってるのよ!」
「ッ!【我に害成す者を縛り、不可視の境界へと封印せよ】」
詠唱を始めた瞬間、【変異】や汎用による射撃、複数の宝箱が私の身体に迫ってくるが【身体強化】によって強化された私の機動力、それに加え【範囲変異】によって地面から生えてきた槍によって相殺される。
そのうち何個かは幻影だったようで無駄になったが、まぁ些細な事だ。
「【白霧結界】展開……からの【白霧撃槍】複数展開」
矯正、という体で行われた戦闘を思い出しながら。
あの時は全ての霧を使い1本の槍を作り出していたが、今回はそこまで使わずに。
全体から見て2、3割ほどの【白霧結界】を圧縮させ5、6本かの細い槍を空中に作り出す。
【白霧結界】は言うなれば広い範囲に対応するためのモノ。
対して【白霧撃槍】は単体に当てることを重視したモノだ。
似て非なるモノには見えるが、形を変えただけの同じ魔術。ただただ展開すれば効果を発揮する【白霧結界】と違って『当てる』技術は必要になるが、その分無差別に効果をばら撒かずに済むというのは利点だろう。
……まぁ、私は【霧海】の感知があるんだけど。
一応、彼女が飛び出してきた場合迎撃するための【白霧撃槍】。
と言っても、【白霧結界】がある状態で私の所に辿り着く魔術師なんてこれまで一度も見たことはないのだけど。対人の経験が少ないともいう。
しかし、ここまで挙げた点はあくまでも相手が普通の魔術師の場合。
グリムに対して言えばここまでの利点は全て意味のないものと化す。
「まぁ、こんなものよね。視界が悪くなったのはいただけないわ」
「普通だったらそんな感想出てこないはずのモノなんですけどね。流石に弱点なさすぎません?贔屓されすぎでは?」
「あら、それを言ったら貴女の使う次元系の固有も中々だと思うけど?」
「まぁ、そうでしょうね」
グリムの動向を感知するために展開していた【霧海】が一部……グリムの周囲だけ反応がなくなった。
いや、この場合その範囲だけごっそりと【霧海】自体がなくなっているようだった。
原因は考えるまでもない。グリムが【黒死斑の靄】を使い、周囲の【霧海】を靄へと変換したのだろう。
【白霧結界】は【霧海】内に居る対象に効果を発揮する派生魔術だ。
範囲内から離れてしまえば意味のないモノとなってしまうし、それこそ彼女の様に【霧海】自体を他のモノへと変化させられてしまえば無力化されてしまうもの。
……普通はそんな変化するための魔術を使おうしても、【白霧結界】が邪魔するんだけど。
固有魔術だからこそ、と考えてもこちらの放ったデバフすら無為にされると打つ手がない。
出力が制限されたとしても、その持ち前の感染力で一気に広がるのだろう。
ただ悪い事ばかりでもないようで。
「おや、突っ込んでこないんですね?」
「この霧の所為で足元も見えないから。流石にこんな視界の悪い中歩き回りたくはなくてね」
言葉のまま受け取れば、単純にこの廃神殿というフィールドで足場の悪い中動きまわりたくないという至極真っ当な意味に聞こえる。
だが、言葉の意味を敢えて深読みするならば『クロエが罠を張っている可能性があるから、』動き回りたくはないという意味にも思える。
グリムはこちらの戦術や手の内を大体把握している、はずなのだ。
それを考えれば、私が良く【範囲変異】を使い落とし穴を作っていることは知っているはず。それをこの視界が悪い中仕掛けられていたら……それこそ、彼女自身が靄になる派生を使わない限りそのまま落下していくことになるだろう。
それに先ほど取得した【言霊】による魔力を霧散させる技術も加われば……それこそ、こちらの魔力が尽きない限り閉じ込めておくことも可能だろう。
だからこそ、下手にそんな罠に引っかかるわけにはいかない。
そういう事なのだろう。
そこまで考えて私は頬を緩めた。