第二試合 陸
■クロエ視点
杭が落ちるまでの少しの間。
私はいつも使っている短剣を取り出しつつ。
彼女は、こちらへと微笑みながら。
私はなんで彼女がそんな笑みを浮かべているのか、全く理解も出来ないしする機会も今後ないのだろう。
彼女の考えを把握するなんてことは出来ないだろうし、恐らく彼女も私に考えを理解してもらいたいとは思わないだろう。
私から見れば彼女は理解できない狂人だし。
彼女から見れば、殺し合いを前にしてそんなことを考えている私の事を狂人か何かだと考えることだろう。
だけど、それでいい。
そもそも|こんなゲーム《World of Abyss》を続けている時点で、どこか世間とずれているのだ。
狂人同士の戦いが、今始まった。
「ッ!」
瞬間、どこかで見たような宝箱が複数こちらへと襲い掛かってくるのを、即座に展開した【影槍-分裂】で対処しつつ。
更に【霧海】を濃く身に纏う。
【五里霧】……相手の認識を欺く霧が私をグリムから隠してくれる。
しかし【五里霧】も完全ではない。
かつてレンに見破られたように、熟練者によってはこの派生による認識齟齬が効かないこともある。
恐らく身内であれば、赤ずきんや灰被り。それにハロウ辺りにも効かないだろう。
そして敵ならば、ガビーロールを筆頭に、
「……そんなもので身を隠せたとでも!?」
当然、グリムも見破ることができる。
予想範囲内。見破られること自体は事前に分かっていたために、そこは問題じゃない。
問題はどれくらいの時間を掛けて見破られるのかという部分だ。
グリムは私が身を隠してから、約10秒。
マッチのようなものから巨大な炎の弾を作りだし、こちらへと放ってきた。
マッチから炎弾を放つ、なんて魔術は聞いたことがないし……そんな魔術があったらネタ的な意味で有名だろう。
つまりは固有。……というか、私も持っているモノの一つだろう。
【逸話のある物語】。
使用する際に選択した童話に対応した効果が表れる(と思われる)固有魔術。
私の場合、ほぼほぼ使っていないために宝箱の出てくる【シンデレラ】と、バフデバフを分け隔てなく消し去ってくれる【人魚姫】の二つのみ。
恐らくマッチという点を考えるに彼女の選択した童話は【マッチ売りの少女】だろう。
何がどうやったらあんな炎弾を撃ちだすような効果に変わるのか理解できないが、固有魔術について考察しても仕方ないだろう。
アレは千差万別。人によって同じものを持っていたとしても違う派生が生えてくるものだ。恐らく私の【シンデレラ】と【人魚姫】に関しても彼女のモノとは違うだろうし。
そんなことを考えつつ、【変異】によって創り出した壁で炎を防ぐ……が衝撃は一向にその壁に伝わってこない。
……やっべ。読み間違えた!
慌ててその場から後方へと飛び跳ねて離脱を図るが、少しだけ遅かったようで。
直後、私の左腕は突如地面から生えてきた槍に巻き込まれて千切れてしまった。
元々ぬいぐるみの腕だ、問題はそこまでない……ないが、ここで【魔力装】によるパワープレイが封じられてしまった形となった。
……マッチ売りの少女、その話を知ってるのになんで実物が飛んでくると思ったんだ私は……!!
幼い頃に絵本か何かで読んだ人も多いだろう物語。
マッチに火を灯す度に、主人公の少女が素敵な幻影を見て……最終的には天国へと昇っていく物語。
そんな物語を元にした固有の効果なんて少し考えれば分かることだ。
即ち、幻影。
恐らくはマッチを媒介に、何かしらの幻影を発生させるタイプの固有魔術なのだろう。
今回発生させた幻影は単純な炎弾の幻影。
だが単純だからこそ、騙された。
彼女の少し前までの行動を考えれば、小細工なしの真っ向勝負、使ってくる魔術も攻撃魔術だと勝手に考えてしまった。
それに加えて何かによる座標指定攻撃。
恐らくは【変異】系の、私が良く使うモノと同じだろうが座標指定の方法が分からない。
私の場合、【霧海】を使いある程度正確に距離の情報を得た上で魔術を行使している。
しかし、グリムはそういった魔術を使った様子も、私が使われたと感じたこともこの数瞬の間にはなかった。
つまり、私の知らない未知の魔術。もしくは一番考えたくないが……長年の勘、というべきものだろうか。
「……ふぅん、腕一本か。出来れば足のどっちかが傷ついてくれてた方が楽だったんだけど」
兎に角。
グリムも私と同じように、何かしらの索敵系の魔術を持っていると考えるべきだろう。
いや、持っているのは前提だったか。
考えるべきは、その索敵系の魔術が私の【霧海】にどうやって感知されずに行使されたか、という部分だ。
難易度の高い攻略になりそうだ。




