塔に潜入、考え方
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冒険者の街 サラ - PM
塔に入って私を出迎えたのは、ただの階段だけだった。
元々、この時計塔は天辺…時計があるあたりが展望台としての役割も持っており、そこまで登るまで真ん中は吹き抜けになっているらしい。
【鑑定】を視界内のもの全てに対して広く浅く…と言ったイメージで発動し罠があるか確認しておくが、少なくとも私の【鑑定】程度で引っかかる罠は無いようだった。
地味に便利だし、この【鑑定】の使い方は覚えておこう。
「短剣の効果は……うん、ちゃんと発揮されてるね」
自分の手をコンコン、と叩いてみると黄色い火花のようなエフェクトが飛び散る。
これが護身石の短剣の効果であるダメージ軽減の結界だ。
身体に薄ーく張り付くように結界が張られており、一定のダメージを受けるまで破れることはないダメージカット型。
装備しているだけで効果があるし、【鑑定】されてもどの程度までのダメージをカットされるかも書かれていないために、そのまま持ち歩くのも可能だ。
一応、このPKとの戦闘が終わったら何かしらの短剣のスキンを合成して、見た目的には分からないようにはするつもりだが。
見たことのないアイテムは狙われる対象になることが多いからだ。
常時何かを逃さないように【鑑定】を発動させながら階段を登っていく。
魔力はその分減り続けていくが、灰被りにかけてもらったバフのおかげか、最大量が増えているために、そこまで問題はない。
このまま使っていれば【視界鑑定】とかそんな名前で魔術を取得できる可能性もあるため、積極的に使っていきたいものだ。
「……ん?」
上の方でガチャ…という扉が開くような音がしたのが聞こえた気がした。
身体強化に伴う五感の強化のおかげだろうか。上の方に向けて【鑑定】を掛けつつも、足元の階段に向け【変異】を掛ける。
イメージとしては元々登ろうとしていた階段に対して粘度を持たせるように、だ。
駆け下りてくる対象に対して、硬いと思っていた足場が粘度を持つ…つまりはある程度硬く、それでいて足にまとわりつくような柔らかさを持っている足場というものは、一瞬ではあるが思考を停止させることが出来る手の一つではある。
カツカツカツ、と早いペースで何者か…いやPKが上から降りてくる。
階段は螺旋状になっているため、丁度私の上に居るであろう足音の主は、まだ私には気付いていない。
それを利用し、【変異】を近くの塔の壁に掛ける。
横穴を作るイメージで掛けられたそれは、外から見ればボコっと塔の半ばくらいから飛び出した、人一人が入るか否かくらいの大きさになって居るのが分かるだろう。
急いで出来たスペースに入り、そのまま外が見えるように穴の空いた壁を作る。
空いていた片方の手にはインベントリから樹薬種の短剣を取り出し構えておく。ナイフを使った戦闘では、片方の手を自由に使える様にして相手の動きに合わせて、ナイフと手に別々の仕事をさせるというのを聞いたことがある。
だが、この世界では魔術という両手が使えずとも使える武器がある。それならば、相手の行動阻害は魔術に頼り両手で短剣を持った方がいいと考えたのだ。
(こいこいこいこい……)
息を潜め、相手が自分の仕掛けた罠にかかるのをジッと動かずに待つ。
現時点での私が出来る戦い方の一つであるし、それ以外は真正面から格上に対し取る戦術では無いと考えている。
相手の持つ固有魔術のうち一つが、多種のデバフを付与する結界魔術というのは街を今も覆うモノを見ればハッキリ分かることだが、あれほどの結界を張れる相手が他に固有魔術を持っていないと考えるのは早計だろう。
カツカツカツ…と足音が大きくなっていく。
段々私にも相手の輪郭が見えるようになってきた。
私よりも大きい…180くらいはあるであろう身長。がっしりとした身体。
彼がPKだろう。
彼が仕掛けた罠にかかるまで、後三段。
両の手に知らず知らずのうちに力が入る。
後二段。
息を大きく吸い、静かに吐き出す。
後一段。
走り出せるように足に力を入れる。
そして後、零段。
「……ぬぅ!?」
(掛かった!!!)
PKは突然沈んだ足場に意識を持っていかれ、直ぐ側に隠れて居る私には気づかない。
私は飛び出し、彼に対して不意打ちになる様両の手の短剣を突き立てる。
「ぐっ…おぉおおおお!!!」
樹薬種の短剣を突き立てた瞬間、PKの身体からガラスの割れた様な音がした。彼が身体に覆うように張っていた結界が割れた音だ。
樹薬種の短剣は、結界の所為か勢いが落ちPKに対し深い傷を食らわせられなかったが、護身石の短剣は少しタイミングがズレていたのか、結界の影響を受けずそのままPKの左肩に突き立てられる。
赤いエフェクトが舞い、体制を崩したPKは階段から落ちて行く。
「終わった…かな?」
それを見送りつつ、警戒を解かずに周囲を【鑑定】しつつ階段を降りる。
窓がない為に外を確認するには外に出るしかない。…そう考えたのだ。
人間というものは、普段の環境によって思考が縛られる。
普段魔術を使えないリアルの知識が染み付いている頭の固いプレイヤー達にとってそれは大きな隙となる。
例えばだ。
階段から落ちる。
それはリアルで起こってしまった場合、抗いようのない事故だ。
しかし、このWOAというゲームでは違う。
【変異】という魔術を使えるのならば、高い所から落ちた時、足場だったモノの一部を変化させ命綱の様にするのも可能だということ。 それを元に、上に登るというのも可能だということ。
それを咄嗟に考えつかなかったのは、あくまでこのゲームにまだ慣れきってはいなかった、クロエというプレイヤーの経験の浅さからくるもので、
「うぉおおおおおおお!!!!!」
「?!」
PKの男にとっては咄嗟に考えつく程度のモノだった。




