久しぶりの
どうもです。お久しぶりです。
数刻後。
私の前には疲労困憊でされるがままになっているテセウスと、テセウスの頭を抱きながらやさしく撫で続けているハロウの姿があった。
「ごめんねクロエちゃん、放置しちゃって」
「いえ、私は大丈夫なんですけど……」
「何か?」
「……なんでもないです」
目を逸らしながら返事をする。
あれは指摘してはいけない類の何かなのだろう。ただ、正直気にならないと言えば嘘にはなる。
それに、テセウスの店へと向かっていた途中だったのだ。
返してもらう、というのもおかしいがこのままではいけない。
「あの、ハロウさん。その……これからテセウスさんのお店に行くんですけど……」
「あら、そうだったの?なら私も行くわ」
ハロウのその言葉に、テセウスの顔が驚愕から悲痛の表情へとコロコロ移り変わる。
……あとで関係は聞くとして、まぁついてくる分には問題ないかな。
「じゃあ行きましょうか。……ほら、テセウスさん。そんな乙女みたいに倒れこんでないで行きますよ」
「そうよテセウス。お姉ちゃんにお店の場所を教えて頂戴?貴方、いつもいつも私が寄ろうとしたら全力で隠蔽して。あれ見破る専用の装備に付け替えないといけないから地味に面倒なのよ?」
「……あぁ……」
ハロウと共にテセウスの腕を両側から持ち上げ立たせた後、そのまま先頭にして歩かせていく。
ほぼ動死体のようにしか見えない足取りのためか、道行くプレイヤーと思われる魔術師たちにぎょっとした目で見られるがすぐに目を逸らされた。
その動死体のすぐ後ろに、満面の笑みの決闘王者がいるからだろう。
特に何事も起こることなく、恐らく店があるであろう裏路地へとたどり着いた。
ただ、一見すると本当に何もない……ただの裏路地の行き止まりのような場所で、店へと入るための扉も無く、本当に行き止まりへと連れてこられたようにしか見えない。
試しに【魔力視】をしてみても、魔力の流れを見る事が出来ずどこに入り口があるのだろうか、と探してしまう。
「少し待ってくれ。今隠蔽外すから」
「はーい」
隠蔽。先ほどハロウも言っていたが、テセウスの魔力などの隠蔽技術はかなり高いのだろう。それこそ彼女がそれ専用の装備にしないといけないほどなのだから。
しかし、だからと言って魔術を使っている以上魔力くらいは感じられたり視れたりするはずだ。
私のように未熟な魔術師だから感じ取れない、というわけでもないだろう。
隣にいるハロウも全力装備ではなく、どこか探偵のように見える防具とモノクルを装備して目を凝らして辺りを見渡していた。
「では……解除」
パァン、と一度テセウスが手を叩く。
すると今まで目の前になかったはずの店への扉が出現した。
……これは、固有魔術の類?
そう考える他ないだろう。
通常の隠蔽ならばハロウが専用の装備なんて持ちだすはずもない。恐らくは本当に隠蔽に特化した……特定条件下での隠蔽に限り最大限の効果を発揮するタイプだろうか。
「あ、クロエさんは見るの初めてかしら。テセウスの固有」
「え、えぇ。これがそうなんですか……?」
「んー……」
ハロウの視線がテセウスの方へと向く。
テセウス本人から語るのではなく、彼女自身が語って良いのかという確認だろう。
自らこんな世界で手の内を晒したがる者も少ないだろう。そこの所、ハロウは決闘にて多くのプレイヤーに自分の手札を見せつけている。
そんな彼女の視線を受け、テセウスは口を開いた。
「あぁ、そうだよ。これが私の固有魔術。……っていっても、その派生魔術なんだけどね。」
「中々便利そうな派生ですけど普段は使ってないんですか?」
「一応使ってはいるんだけど……まぁここに使ってたものよりは少し出力が落ちるっていうか、効果が低くなっちゃってね。魔力感知されないって部分はかなり便利なんだけど」
「成程……」
そんな会話をしつつ、店の扉を開き中に入っていくテセウスについていく。
思えば彼の店に訪れるのはヴェールズ以来になる。
……あんまり時間は経ってないのに、懐かしいなって感じるなぁ。
間違ってはいない。ヴェールズに居たのは1ヵ月以上前になるのだ。懐かしいと感じてもおかしいわけではないが……。
ここまで体験してきた出来事が、初心者にしては強烈なものばかりだったからだろう。
随分と昔の事のように感じてしまうのだ。
「変わってないですね」
「はは、模様替えもしようと思ったんだけどね。商品がどこにいったか分からなくなりそうで怖くてね。……と、とりあえず買いたい物はあるかな?リスト用意しようか?」
「いえ、大丈夫です。適当に見て回ってるんで、テセウスさんも買ってきた荷物とか片づけてていいですよ」
「助かるよ、じゃあお言葉に甘えて」
そう言いつつ、彼は店の奥へと進んでいった。
買う物、と言っても多くは石材や木材など、加工用の素材だったりするのだが。
それに関しても、先ほどテセウスに会う前にある程度買っておいたためもう量は必要ない。
単純にかつて世話になった店に対して、何か貢献できればなと思い着いてきただけなのだ。その途中でハロウと一緒になるとは予想できなかったが。
そういえば、と店内を見渡せば件の決闘王者様は、いつの間にか取り出していた椅子に腰かけ先ほど声をかける前にしていた作業を行っていた。
装備も戻ってはいるが、その速度は緩やかになっており私でも目で追う事が出来るレベルにはなっていた。