まじょのばあい
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時間は遡り、赤ずきんたちが草原フィールドへと飛ばされた直後あたり。
ハロウはと言えば、自分のパーティメンバーと共に海岸のようなフィールドへと飛ばされていた。
ハロウ視点
そこは穏やかな波が静かに音を立てるのみで、これから戦いが起こるような雰囲気の場所ではなく……どちらかといえば観光か何かで来たかったという気持ちが強くなる。
エメラルドグリーンの海に、真っ白な砂浜、どこかの観光地の海岸をモデルにフィールドを作成したのか、人が居ないはずなのにそこらじゅうにビーチパラソルが立っている。
また、何故かスイカも大量に転がっているため、割と邪魔な障害物となっている。
……これは、恐らくは日本のスイカ割りがモチーフになっているからスイカが?
まぁそんなことはどうでもいいのだ。
まずは敵がどこにいるかの確認から開始したほうがいいだろう。周囲に居た私と一緒に飛ばされてきたドミネ軍のメンバーに短く指示を出しながら、私自身も索敵用の呪術を用意する。
いつもの【蠱毒】ではなく、また別の……リセットボタンがホムンクルスを生み出す時に使うようなフラスコを取り出す。
中には紫色の粘性の高い液体が入っており、少し揺らした程度では音を立てずに少しずつしか動かない。
「【呪術-呪形】【多重】発動」
現状のクラスである高位呪魔女。
それにクラスチェンジしたときにボーナスとして獲得したのが、今の多重発動のような【多重起動文】というパッシヴスキルだ。
高位呪魔女でないと機能しないパッシヴスキルだが、効果は強力。
一度の魔術行使で複数の効果を得ることができるようになる、といったものだ。
分かりやすいように例を出すならば、私自身が持つ【蠱毒-犬神】。
あれは一つの触媒を用い、一度の魔術行使によって一つの呪いの塊を相手に対して射出する魔術だ。触媒、行使、結果の三つが一対一対一の関係といえるだろう。
これに対して【多重起動文】を使った場合は結果の部分……【犬神】でいうならば呪いの塊を射出する部分が込めた魔力によって散弾のように数が増えていく。
二倍の魔力量をかければ、射出される呪いの数は二つに。
四倍の魔力量をかければ、射出される呪いの数は三つに。
六倍の魔力量をかければ、射出される呪いの数は四つに……といった具合に、単純に魔力をかければその分だけ増えていくわけではないのだが。
「今回は適当に……十倍で行ってみましょうか」
そういいながら、手に持っていたフラスコを地面に落とす。
砂浜に落ちていくフラスコは、普通割れないはずの砂の上に落ち破裂した。
そしてそこから広がるは紫色をした毒の煙のような瘴気。それと共に少しずつ、少しずつ彼らは形を象っていく。
人のようで、されど人ではないシルエットは、その数を六体ほどに分裂させたところで私の前へとずらっと整列した。
「さて。じゃあファルシ側の魔術師を探してちょうだい。発見次第攻撃開始。GO」
その言葉を聞き終えると同時に、彼ら……【呪形】によって作られた呪いの集合体達は消えるようにして移動を開始した。
一連の私の動作をボケっと見ていた斥候役の魔術師たちも、彼らが移動し始めるのをみて自らの役割を思い出したのか、空を海をそして陸を走りながら四方へと散っていく。
……まるで忍者みたい。魔術師だけど。
私はそのまま、周りに対して魔力探知用の結界を張ろうとしているプレイヤー達を手伝いに行く。
この場所に本陣を作るための下準備の一つであり、最も重要な部分でもある。
今回、こちらからは大々的に攻めるようなことはしない。
攻めに行く、というのは有利にもなるがその反面、一度のミスが許されない背水の陣でもある。特に今回のように人数が少なく、尚且つ現状この海岸から他のフィールドへの行き方が分からない状態では猶更だ。
もちろん、相手も同じことを考え動かない可能性がある。
だからこそ、先に手を打てるように斥候役及び【呪形】を放ったのだ。
彼らが敵の位置を知らせてくれる。それだけで攻撃が出来るよう、私のパーティには座標攻撃のできる魔術を持っている面々を選出している。
出来るならばここにクロエを加え、座標攻撃によって混乱している所に攻め込んで……という事をやりたかったのだが、赤ずきんに交渉で負けたためにその案は使えない。
……しかし、その分得るものはあった。あったと思いたいわ……。
有名スイーツ店の限定ケーキ三個によってクロエを諦めた呪いの魔女は自らの腹部を少しだけ摘まんでみる。
ここはVR空間のため、リアルの身体の状態が反映されるわけではないが……私には少しだけ、ほんの少しだけいつもよりも摘まみやすくなっているように思えてしまう。
「はぁ……」
大きなため息をつく。
何故戦争前だからと言って、気分を高揚させるためにとかなんとか理由をつけて、ケーキを三つも一度に食べてしまったのだろうか。
そんなことをしてしまえば、いくら普段から気を使っていようが体重は変動してしまうだろうに。
そんな緊張感があるのかないのか、という状態で私は臨時拠点の作成を少しずつ進めていったのだった。