危険の前の
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【チャック】の中からご主人が使わずに放置していた石材を入口付近で取り出す。
『全部使っても、まぁ怒らないだろうご主人なら』
方向性としては、やはり槍を。
それでいて、相手に避けられぬよう多数に枝分かれするように。
刺さりが浅くとも確実に傷を喰らわせる事が出来るように拘束も。
最後に、じわじわと嬲り殺しに出来るよう状態異常も追加だ。
それらを思い浮かべながら、私は【変異】と共に【怒煙】、【過ぎた薬は猛毒に】を石材に対し使っていく。
徐々にそれは槍の形を取りつつも、透明な液体が滴る黒い靄を纏う武器へと変化していく。
ちら、と入口から見えるカウボーイ風の男を見てみれば、少しずつこちらに近づいて来ているようで丁度良い。
『射出』
そして私はその魔創の槍を入口へと射出した。
こちらのことは見えていないようで、のぞき込むようにしているカウボーイ風の男の顔面へと向かって飛んでいくその槍は、邪魔さえされなければそのまま顔を貫き一瞬でデスペナルティへと叩き落すことだろう。
しかし。
直後ガキン!と硬い何かとぶつかった音が聞こえ、槍を枝分かれさせようとも粉々に砕かれそれすらも封じられた。
『ったく、戻ってこないから何かと思ったら。危なかったなおっさん』
『……っは?あぁ?お前……どうして?』
『そら一応仲間なんだから探しに来るに決まってるだろう。それにしても、なんだこの水たまり?みたいなの』
そこにはいつの間にか学生服の男が手に片手剣を持ち立っていた。
まるで、ここで人が死ぬのは許さないといわんばかりに、主人公のように仲間のピンチに現れたのだ。
……いや、それじゃまるで此方が悪役じゃないか。
事実、戦争をしている時点でこちらは向こうにとっては悪役であるのだろう。
認識は環境によって変わっていくものだ。それが敵対国、それも戦争をしている国ならば全く逆の認識になっていてもおかしくはない。
この戦争に関しても、こちらの認識ではファルシ側が先に仕掛けてきたため起きたものだと認識しているが……実際は違うのかもしれない。
まぁ、現状そんなことを考えていても仕方ないのだが。
『……ほう、固有魔術を使ってくるぬいぐるみ、ねぇ』
『あぁ、そいつがこの中に入っていったってぇわけだぁ』
と、余計なことを考えている間にどうやら向こうも向こうで情報共有が終了したようだった。
……どうする?先ほどのような攻撃は恐らくだが学生服に潰される。だからといって生半可な攻撃をすれば逆に攻撃されてこちらが無駄に傷を負うだけだろう。
ある意味で詰んでいる。
打開策はもちろんあるにはあるのだ。
しかし、それが絶望的な策であるというのは間違いない。
まず第一に。
グリンゴッツは自身が死んだ場合どうなるのかが分からない。
というのも、元々は傀儡であるこの身は、現在傀儡とは似ても似つかないほどの思考能力を持ち、ご主人からの指示がなくとも自立して行動するだけの固有性を持っている。
通常の傀儡の場合、壊れれば行使者が修復すればまた問題なく動くようにはなるのだが……グリンゴッツの思考能力についてはどうなるのか分からない。
壊れてしまっても、もしかしたら修復すれば元通りに……思考能力も現状のように残ったままになるのか、それとも他の傀儡と同じように何も考えない道具としての傀儡に戻ってしまうのか。
それが、グリンゴッツには分からなかった。
次に。
考えている案の殆どが自身が高確率で機能停止する……死ぬであろう作戦であった。
普通の傀儡使いならばそれをやっても、いくらでも修復できる傀儡が敵を討ち取るほどの戦果を上げたとなれば喜ぶだろうが……クロエはどうだろうか。
予想だが、確実に喜ぶことはないだろう。悲しむだろうし、また悪くないのに彼女自身を責めるのではないだろうか。
だからそれは出来ない。
他に考えた案も、突然彼らを倒せるほどの力を手に入れる等といった突拍子も現実味もない案ばかりでどうしようもないものが多い。
だが、このまま逃がすというのはいただけない。
私のミスだが、私の姿を見られてしまったというのは一番拙い。
ある意味でご主人の切り札の一枚でもあるであろう、思考能力をもった傀儡。それが事前に知られてしまえば、今後彼女が何かしらの幸運で生き残ったとしても……不利であるのは変わりない。
だからこそ、ここで最悪でも足を潰し逃がさないようにしなければならない。
『時間を、稼ぐしかないか』
それしかないだろう。
1対2という数的不利の中、殺すというのはもう諦めるべき考えだ。
幸いにしてご主人の持つ魔術は足止めに向いたものが多い。
無傷で、というのは無理にしても……例えば援軍が来るまでこの2人を相手に時間稼ぎくらいはできるだろう。
援軍がきたら、後ろに下がり回復しながら援護を行えばいい。
そうすれば勝てない相手ではない。そう考える。
実際はどうであるかは別として、そう考えなければやっていられないレベルの無茶だろう。
そう考え、いつでも魔術が発動できるように落ち着いてから入口から元の世界へと飛び出した。