その者、犬かそれとも
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リック視点
飛んできた針を結界で防ぎつつ、相手の動きを見る。
……灰被りさんから教えてもらった。プレイヤーとの戦いは、まず相手の動きをじっくりと見て覚えろと。相手の動きの中にある僅かな癖を見つけ出せと。
俺はその場から動かずに、自分の周囲を囲むように【物絶】、【呪絶】を展開する。
音桜はそんな俺を見て何かあると思ったのか、補助魔術で自らの速度を徐々に上げつつ周囲から針を投げ続けてくる。
何かしらの強化魔術をかけているのか、先ほどから針が弓矢のような速度で飛んでくるが、結界によって防ぐことができるためまだ問題はない。
……といっても、このまま量増やされたらすぐに結界が割れそうだな。
「……攻撃してこないので?」
「ん?あぁ、今はまだ、な」
適当に音桜からの言葉に返事をしつつ、音桜の速度に目を慣らせていく。
ついでに思考操作にて【魔臭捜犬】の設定ウィンドウを開き、横目で新たに設定し直しておく。
感知範囲を全体ではなくこの白い部屋の中限定に、そして感知対象を音桜のみにする。
「そう、ですか。ならば【禊-結印-剣】」
ピタリ、と。
音桜が俺の正面に止まったと思ったら、突如指で印を結び始める。
禊術はその名の通り、神道に由来する禊に関係する魔術だ。
その基本は補助。
自身にかかっている状態異常の解除や強化魔術のように自身の強化などを習得できる魔術で、攻撃魔術は数えるほどしかない。
その少ない攻撃魔術の中の1つ。【結印】は特定の印を結ぶことによって神の力を借り攻撃をする……という設定の魔術だ。
「では、その邪魔な結界は切ってしまいましょう」
「っ!」
咄嗟に左に飛ぶ。
それと同時にズガン!という音と共に、俺が元々居た位置の地面に3つもの斬撃の痕が刻まれていた。
……発声的に、これが『剣』の印の効果って所か?
指定した座標に対して斬撃を入れる攻撃、といったところだろうか。
何時もパーティを組んでいるクリスも同じように座標攻撃ができる固有魔術を持っているが……こちらのほうが使い勝手はよさそうだ。
「勘は良いんですね。もしかして同じような魔術を使う方がお仲間にいらっしゃるので?【剣】、【剣】、【剣】」
「どうだろうな、もし居たとしても答えるわけないよなぁ。【結界-動絶】」
連続で放ってくる【剣】をぐるぐると音桜を中心にして、部屋の中を円を描くように動きながら避ける。
もし当たっても良いように、自分の身体に薄い防御用の結界を張りながらだが。
……さてと、どうするべきだ?灰被りさんみたいに手数が多いわけじゃないからできることは限られてるんだが……。
いかんせん、切り札を当てるにはこの状況は少しまずい。
「おぉっと、コイツはあぶねぇな!」
ズガンと目の前の地面が抉れ、その破片が宙に舞う。
徐々に俺の動きを先読みして、攻撃を通るであろう道に『置く』ようになってきているのだ。
恐らくは俺が先ほどやっていたことの真似だろう。
俺の動きを観察し、それを覚え攻撃を仕掛ける。
成る程確かにこれは効果的だ、相手が人間ならば攻撃魔術の種類によってはすぐに殺せるだろう。
「モタモタできねぇしな……覚悟決めていくぞ、俺」
「……?おや、立ち止まってどうしたんです?」
問答無用で【剣】を入れられるかと思いきや、言葉が飛んできたため少し笑う。
「いや、いや?思えばこんな所でランニングしてるような時間は無かったな、と思ってな」
「ほう?」
「だからよ……急がせてもらうわ。【魔臭捜犬】切り替え」
【魔臭捜犬】。
攻撃を受けるか見ることで、その攻撃をした者の居る位置を感知できるようになる固有魔術。
だが、それだけじゃあない。
確かにそのまま使うのであれば、【魔臭捜犬】はちょっと便利な感知系の固有魔術だろう。
何せ見るだけでも感知対象になるのだから。
ただ、攻撃は他の魔術に頼らねばならないだけで。
俺自身もそう思い、ある程度咄嗟の防御などにも使えるようにとクラスを結界術師にしたりもした。
だが、『静謐な村』攻略中に手に入れた派生魔術によって全てが変わった。
「ふぅ……行くぞ。頑張って【剣】当ててみてくれ」
「はっ?」
10mは離れていた距離を一瞬で詰め、1発腹へ拳を入れる。
ドッ、という音と共に音桜の身体が勢いよく壁へと飛んでいく。
「あー、すまねぇな。まだ慣れてねぇんだこれ」
「くっ……【剣】!」
「はは、それくらいなら今は見える」
【剣】による斬撃を避けつつ、チラと視界の隅に表示されている残り時間を確認する。
……残り、1分か。まだまだ行けなくはないが禊術持ちの巫女相手は長引かせると厄介だからな。
足に力を入れ、地を蹴る。
普通の動作をするだけで今まで以上に身体が動き、力が入り、相手が吹き飛ぶ。
派生魔術【捜装転換】。
簡単に言えば、ある特定の起動文を口にする事で【魔臭捜犬】の効果を切り替えるだけの派生魔術だ。
しかし、その効果は絶大。
切り替え時間が1分30秒と短い代わりに、切り替え中【魔臭捜犬】によって感知したことのある人数によって累積の強化バフが掛かるようになるのだ。
……ただ、まぁ。デメリットは他にもあるから、早々に使えるもんじゃねぇけどな。
「まだまだ行くぞ、早めに諦めてくれや」
「ちょっと強くなったからって調子に乗って……!【水精憑依】!!」
音桜の声と共に、彼女の緑の長い髪が薄い水色へと変化していく。
他にも、エラのようなものが生えたりと人間範疇の生き物から変わっていっているのが目に見えて分かる。
だが、律儀に変化を最後まで待つような親切心はハナから持っていない。
「【結界-断界】。まずは5枚だ、いくぞ」
俺の周囲にガラスの破片のような結界が5枚出現し、その鋭い先は音桜へと向いている。
一転攻勢、ではあるのだろう。
しかし戦いはまだまだ続く。
リックくんは目立たないだけなんです。
周りにいるのがアレな連中ばかりなので。