白い霧、靄の中で
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「【霧よ、霧よ】」
【霧海】を闘技場内に行き渡らせながら、詠唱を開始する。
感知は……できない、というよりもこれは。
……なるほど、黒い靄の所為ね。
ボスの身体から立ち上る黒い靄が、【霧海】を押しのけるようにして感知させないようにしていた。
確かに、これでは感知範囲内には入っていないため感知はできない。
……あは、同時に黒い靄がこっちの霧を侵食してるのかな。緩やかすぎて気を付けないと分からないけど。
「【現世と異界を繋ぐ境界よ】」
以前から度々、【霧海】は無効化されたり侵食されたりしていた。
例えば、館の支配者。
彼はその身体自体が魔術を霧散させる性質を持っていた。そのために感知は出来なかった。
続いて、つい最近戦ったグリム。
彼女は、何やらよくわからない固有魔術でこちらの霧を侵食し自分の霧の糧へとしていた。
「【我に害成す者を縛り、不可視の境界へ封印せよ】」
ならば、この階層ボスが持つあの靄の効果は?
どちらかといえば、これはグリムに近いものだろう。
私の霧を糧にステータスを上げる、といったものだろうか。
その引き換えに理性か何かを失っているように見えるが。
……そういえば、【怒煙】はこの靄を使って相手を動けなくするけど、相手の動こうとするエネルギーを吸って動けなくしてたのかな。
それならば、今の状況は納得がいく。
最近知った【霧海】の欠点の一つだ。それは、
……侵食されると、侵食範囲に何かがいても違和感がなさ過ぎて逆に気づけない。
確かに侵食自体は違和感がある。しかし、侵食後は奪われたと思うこともなくただただそこにあった感覚のままなのだ。
だから、そこにいても感知している感覚になっている。実際は感知していないどころか【霧海】の霧すらないというのに。
「【白霧結界】展開。さて、こレであル程度なんとかなルトいいナ」
こちらへと突っ込んできて斧を振るうボスの攻撃を避けつつ、【白霧結界】を展開する。
【魔術威力減少】効果はアレだとしても、他二つの【気配察知不可】【気配遮断不可】のデバフさえ入ってしまえばこちらのものだ。
今も少しずつ【白霧結界】ごと侵食されていっている感覚があるが、それはいい。
侵食を上回る速度でこちらの霧を広げていけばいいだけのことなのだから。
「【魔力装:疑似神経】、【大罪ー怒煙】発動」
偽腕に【魔力装】による疑似的な神経を走らせ、動かせるようにした後に【怒煙】を纏う。
【魔力装】による偽腕の実戦投入はこれが初、だったか?
まぁ何とかなるだろう。そんな楽観的な考えで、私は強化魔術により強化された足を使い地面を蹴る。
避けるために少しだけ離れていた距離がすぐに縮まり、階層ボスの顔がすぐ近く、触れられる距離まで近づいた。
そのままの勢いで、【怒煙】を纏った偽腕で階層ボスの頭を掴み、地面へと叩きつける。
地面が割れるような音を出しながら、私は繰り返し叩き付ける。
階層ボスの纏う黒い靄が、私の偽腕へと巻き付いてくる。
早めに終わらせないと、こちらが侵食されて終わりだろう。
一応【怒煙】を纏って動きを止められないか、と考えたがその【怒煙】は既に侵食され、ボス側の黒い靄に加わっている。
しかし最初は抵抗しようとしていた階層ボスも、段々と力が抜けていく。
それに伴い、黒い靄の勢いも薄れていく。
「【深影ー影槍】」
そして、地面にもう一度叩き付けた瞬間に【影槍】をボスの身体を突き刺すように射出させる。
一回びくん、と大きく痙攣するとボスは動かなくなった。
「……終わっタ?かな?」
そう思い、力を抜きかけた瞬間。
ボスの身体がもう一度びくん、と大きく痙攣した。
慌ててその体を押さえつけながら状況を確認する。
【霧海】内には私とこのボスしかいない。
それに加え、このボスが纏っていた黒い靄は綺麗さっぱり消えている。
……では一体?
【魔力視】を使い、ボスの身体を確認してみる。
すると、だ。
ボスの心臓部にある魔石があるであろう場所、そこに魔術的に経路が繋がっているのが観える。
「傀儡、いや洗脳カ何かの類?」
今私の【霧海】は闘技場内のみで、観客席までは覆ってはいない。
この経路が繋がっている先に何かがいるとしたら、観客席にいるのだろう。
思えばだ。
第1階層のオーガと同じようにステータス強化の魔術を使うのはいい。
だが、なぜ理性を飛ばすような強化を施していたのだろうか?これはずっと頭の隅に引っかかっていた。
ゲームだから、作られたボスだから。
おそらくこの前提で動いていたから、この可能性に気づけなかったのだろう。
考えてみればわかるじゃないか。
純前衛の火力職を活かすには、純後衛の支援職を置いた方が戦闘力が上がる。
パーティ単位での戦闘では常識のようなものだ。
それをボスがやってきたっておかしくはない。
このゲームは、モンスターでも魔術は使えるのだから。
そう、この斧を持ったゴブリンを操っていたのが観客席にいる。
それだけの事だ。
「チッ……2体目のボス……!」
第2階層ボス戦、第2ラウンドが始まる。