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アトレイシアともう一度  作者: 長原玉乙
99/341

16

 イヴァルは、わたしが先を歩くと左後ろにぴったりとついてきた。

「…………」

「……話って?」

 歩き出した途端黙り込んだものだから、仕方なくわたしから口を開いた。

「話があるわけじゃない。話をしたいだけだ」

「ふーん……」

 そっちから来ておいて、わたしが話題を振るの?

 ……納得いかないから向こうが喋るまで待ってようかな。

「「…………」」

 しばらく、お互いだんまりが続いた。

 よし、もう無視しよう。本音を言うとケイトのところに戻りたいけど、ついてきたら邪魔だから振り切ろうかな。

 高台を下っている最中だけど、折よくいま歩いているところの左側の地形は切り立った崖が壁のようになって続いているから。ここを登って帰っちゃおう。

「何処へ行く気だ? おい、ちょっと待て」

「何も喋らないなら帰るよ」

 崖の途中の途中に突き出た岩にぶら下がって見下ろし返すと、イヴァルは一瞬困ったような顔をして、直ぐにまた厳しい顔に戻った。そんな目するならもう遠慮はいらないよね。

「――くそっ、おれが悪かった! 待ってくれ!」

 崖を登り終えて数歩歩いたところで、ようやくイヴァルの口からその言葉が発せられた。あとちょっとでほんとに帰るとこだよ。

 崖の縁で寝そべって下を見下ろすと、イヴァンはこっちを見上げながらため息をついた。

「おれが悪かった。戻ってきてくれ」

 このニンゲン、きっと人と話すの苦手なんだ。親近感があるし、スカッとしたから素直に従ってあげよう。

 崖の天辺から跳び下りてもイヴァルは驚かなかった。獣人ならこんなこと軽いことくらいわかっているらしい。ついてこいと身振りで伝えてさっさと歩き出した。

「おれはお喋りが得意じゃない」

「うん」

 わたしも同じだからよくわかる。

「率直に言う。おれは今度お前たちのところに派遣されることになった。お前たちと交流し、領主に活動を報告するためだ」

「そうなの? 変なの」

 率直に言うなれば、人選間違ってる。

「そうだ。だが、おれは獣人のことが好きじゃない」

「うん」

 それは大概のニンゲンがそうだから何も不思議はない。人選でその点は大した問題じゃなくて、イヴァルが選ばれたことはイヴァル自身の持つ別の原因のせいだろう。

「だから……ここに獣人が来たついでに、そいつらを一発殴って話を片付けようと思っていた」

「ばかなの?」

「悪いか?」

「うん」

「…………」

 こっちを振り返って睨まれたけど、馬鹿な考えだという自覚はあるのか何も言われなかった。

「嫌なら私兵なんてやめたら?」

「他所は負けばかりだ。ここは今こうして、奴らにやり返せてる。お前たちのお陰でだ」

「じゃあ、そう思ってるなら睨むのやめて」

「できたらな」

 む、なんだそのつっけんどんな言い方。自覚があるなら下手でもなんとかしようと努力くらい見せてよ。

「わたしはいいけど、ニンゲンを怖がってる子だっている。だからやめて」

「……善処する」

「やめるって言って」

「無理強いする気か?」

「…………」

 また振り返ったイヴァルを、今度はこっちから睨み付けると、イヴァルはそれを無視して歩き続けた。

 だから左の腋の下から襟首を掴んで、地面に引き倒した。

「腕一本、いい?」

「待て」

 わたしは捻り上げていた左手を離して、起き上がろうとする襟首をもう一度掴んで額をくっつけてやった。

「わたしはニンゲンを、ニンゲンだからと言って睨み付けたり、悪口を言ったりはしない。この先お前がどうなるかはお前しだいだ。わたしを怒らせるな」

 最後にまぶたの上から右目を舌で舐め上げて手を離すと、イヴァルはよろめきながら立ち上がった。

「……あなた、食べたらきっと美味しい」

「サイコはお前だ。イヌ野郎」

「わたしはキツネ。あなた、イヴァルっていったっけ。話がしたいってことは、迷ってるんでしょ? どうして?」

 ペスティスにやり返したいから命令に従う。それなら下っ端獣人に挨拶しておこうなんて考えないはず。一度会ってから決めようってことかな。

「なんとなく、踏ん切りが付かなかったから。それだけだ」

「ふーん。それで、わたしを殴る?」

「……おれは無駄なことは嫌いだ」

 まあ、殴りかかってこられたら逃げるし、報告もしないから不祥事として問い質されることもない。もう、こうして話していること自体が無駄ではあるけど、どうするのかな。

「帰っていい?」

「もう少し付き合ってくれ。戻ったところで退屈だ」

「……友達いないの?」

「悪いか?」

「べつに」

 友達欲しいって感じの人じゃないし、それでいいならとやかく言うこともない。

 それにしても、わたしとの話もそんなに楽しくないんじゃないかな。人と喋るの苦手なら趣味でも作ればいいのに。

「――あ、ここでちょっと休ませて」

 返事なんて待たずにわたしは地面に転がった大きな岩によじ登って寝転がった。苔むしててふっかふか、結構いい。

「寝る気か?」

「歩き回るのやだ」

 このままいつになったら終わるかわからない話しながら歩いてちゃ無駄に疲れる。今日はこれからまたラプサンまで徒歩で帰るんだから、たまったものじゃない。パブスが気を利かせて馬車でも用意してくれたらいいのに。

 ……このニンゲン、悪い人ニンゲンじゃないし、根性は据わってるから嫌いじゃない。うるさくないのもいい。でも、ちょっと暴力的なまでに人を威圧しすぎる。

「あなた、人と仲良くしないから厄介払いされたんだよ」

「言うな。わかってる」

「自分がこの辺りの人じゃないから馴染めないの?」

「……どうしてそれをお前が?」

「訛ってる。もっと東、クラフカの北の、山の方のなまり。行ったことあるよ。ここにはペス……タナトスに追われて来たの?」

 訛り方を真似て話すと、小さく「そうだ」と返ってきた。

「あの辺りは獣人が多くて、ニンゲンはあまり住んでいなかったはずだけど、戦争のとき何かされたの?」

 クラフカの一帯は、冬は寒くて雪ばかり。実りも少なくてニンゲンが暮らすには不便が多い地域。反面、暑さの苦手なキツネ亜人の避暑地として人気で、わたしも母親と一緒にそこで夏を過ごしたことがあるし、ニンゲンと戦っていたときには獣人の一大拠点として丸2年は抵抗を続けた、獣人の誇りの詰まった土地でもある。

「おれの家は曾祖父の代からクラフカで建築家をしていた。あの戦争で家を離れることになるまではな。おれは妻と8歳になる娘を連れ、西を目指して……」

 イヴァルはここで言葉を途切らせた。いいじゃん、話してよ。

 ――って、建築家?

「思い出した。ベイサンと一緒にいた人だ。わたしの頭撫でたでしょ?」

「おれが?」

「6年くらい前にヌーで水車作ってたでしょ。わたし、エクリナたちと差し入れに行った」

「ヌー? お前……そうだ、思い出したぞ。確かにそんな毛色のやつがひとりだけ居た。生きていたんだな」

 イヴァルもわたしのことを思い出したらしい。なんだ、やっぱり会ったことあるんだ。こんなところで再会するなんて、奇遇ってやつだね。

「それで? 西を目指してどうなったの?」

「お前に話すようなことじゃない」

「……そっか。じゃあいいや」

 正確な時期にもよるけど、クラフカから西を目指して脱出って、子連れじゃ厳しい。食べ物とかは極力自前で調達したいところだけど、獣人の縄張りでニンゲンが勝手に狩りとかすると怒られるし、物々交換に乗ってくれるかも微妙。正直途中で捕まって食べられる確率が一番高いと思うけど、イヴァルはよく生きてたね。

 またしばらくだんまりが続くと、イヴァルは不機嫌そうな顔を少しずつ解いて、小さく息を吐いた。

「……子供は死んだ。おれの大切な娘は……ジーナは、獣人が仕掛けた罠にかかったんだ。奴らは至る所に罠を張り巡らし、通りかかる人間を殺していた」

「そんな危ないところ通るから悪いんじゃない?」

 思ったことをそのまま口にしたら、また睨まれた。

「当時、前線では人間に見付かることの方が危険だった。獣人は人間に化けるからな。真っ向から行ったところで獣人だと疑われ、その場で殺されるんだ。だから獣人のテリトリーを移動して前線を越えるしかなかった。人間に気付かれないように。獣人たちに道案内を頼もうともしたが、無駄だった」

 罠を仕掛けた狩人が迂闊に自分の姿を晒すことはないし、無理もない話。そもそも敵であるニンゲンに合流しようとしているのに、呑気に道案内してくれる人なんてまずいないよ。

「地面に倒れたジーナ抱き上げたあと、おれと妻はそこにいた獣人たちに気絶させられ、デルジェガの野戦病院で目が覚めた」

「……ふーん。その子、邪魔されてなかったら助かってた?」

 怪我の治療に関しては素人だろうから見立ては信用できないけど、それなりに酷い怪我でも妖獣人の人がいたら治癒術で治せたかも知れない。

「首を貫かれたらおれだって死ぬ」

「あー、じゃあ死んでるね」

 ニンゲンはわたしたちほど治癒術効かないし、子どもじゃ無理だ。大人まで運ぶ余裕がなかったから、イヴァルはほっとかれたんだろうな。

「娘を失った悲しみと行き場のない怒りに呑まれ。いつしかおれは、獣人を嫌うようになった。おれたち人間から仕掛けた戦いだ。仕方がないのはわかる。だが、割り切れるものじゃない」

「子どもの最期を思い出すから、わたしたちと関わりたくないの?」

「そうだ。事情はどうあれ、お前たち獣人はおれの娘を殺した」

 誰も彼も胸に抱いている恨みは似たようなもの、気持ちはわかる。イヴァルのことを否定するのは可哀想だ。

「いまでは妻もあの黒い影に殺された。奴らが本当に、あの戦争が産んだ悪霊なら、おれもまたあの戦争で、全て失った人間のひとりだ……!」

 わたしの寝転がっている岩を殴り付けたのか、下から鈍い音が伝わってきた。

「……じゃあ、やっぱり、あなたはわたしたちのところに来るべきだよ」

「何故だ?」

「わたしたちは復讐がしたいの。あの戦争を仕組んだ奴に」

「戦争を仕組んだ……奴? 教会ではなくて、個人なのか? それは誰だ?」

 イヴァルは顔色を変えて、わたしのいるところまで岩をよじ登り始めた。

 どうしようかな……んー、よし、言っちゃおう。イヴァルは言い難いこと言ってくれたんだし、余計なこと言う人じゃないから話したって問題ない。

「んー、校正教会と関係のあるニンゲンってことは間違いない。それは言わなくてもわかるよね?」

「ああ。教会は戦争の元締めだからな」

 最近になって、考えるようになった。あの戦争の始まりを。あの頃のことはあまり憶えていないし、過ぎた話と気にしないようにしていた。でも、ウタゲとマツリ、パートリッジにフウカまで教会を潰す気満々だし、教会に反亜人への舵を切らせた事の首謀者を吊るし上げて断罪するつもりだ。こんなの協力しない手はない。

 ニンゲン3人は教会のトップ、現大教師長のティナティカ・ルエシカとその右腕の大教師ダグラス・オトリード・シェルフェンファンに目星を付けているけど、わたしには他に心当たりがあった。イオリカに訊いてみたら案の定、黒。まあ、誰が言い出しっぺかなんてのは正直些細な話で、全員殺しちゃえばいい。

「もちろん、校正教会自体に潰れてほしいっていうのはある。大教師長とあのときの大教師たちは全員痛い目に遭えばいい。でも、それだけじゃ足りない。そいつらを利用して戦争の原因を仕組んだのはあの女だけは絶対に追い詰めて殺す」

「……どの女だ?」

「クラリア・マーツ」

「……クラリア・マーツ?」

 意外なことに、イヴァルはピンときてない様子。寝転がったわたしを見下ろして「そいつは校正教会のお偉いさんか?」と、わたしがニンゲン社会の一般常識だと思ってたことを真顔で訊いてきた。

「え、知らないの? 次期大教師長だよ? 将来教会のトップなのに」

「西の果ての、何処ぞの国のお偉いさんなんぞ知らん」

 ……あれ、もしかしてわたしの思ってたニンゲン社会の常識って、イーラ教圏の貴族社会の基礎教育程度のことなのかな。

「みんなには言ってないけど、あいつが戦争を起こしたんだよ」

「何故わかるんだ? 確かに校正教会が中心になって亜人を弾圧していたが、それだけでは不十分だ。黒幕は他にいてもおかしくない」

 ん。この人わかってる。確かに敵対してた勢力の人だからといっても、裏で手を引いてる奴がいてもおかしくないし、案山子を吊し上げたところで価値はない。

 シェルフェンファンは案山子だ。当時の大教師たちも、利用されていただけ。いや、利用しようとして振り回されただけに過ぎない。

「戦争が始まる前、あいつはある獣人を謀殺した。そのついでに亜人というものを悪者に仕立てて、亜人に味方する人たちと一緒に、自分を疑ってた人たちも片付けたんだと思う。詳しくは知らないけど、教会の偉い人たちがそれから戦争が始まるまでに何人も更迭されてる」

 更迭されたあとは、投獄されて、死刑。それでかなりの数が死んでる。その内の大多数は亜人の人権を擁護していた人物というのも、イオリカたちの手で調べがついていた。いまからでも全員フルネームの家系図付きで本が作れるほど完璧な調査で、親族から知人に至るまで関係者も完全に把握され、大体は適当な罪をなすり付けられて処刑されてることも全部記録されている。銃殺か絞首かそれとも火刑かまで調べた辺りはもう趣味の領域に違いない。

「どうしてお前がそこまで知っているんだ?」

「わたしたちは賢いから」

「だから、秘密主義でもある。お前が訊いたところで教えてもらえるほど、キツネ亜人の社会は素直ではない。どうして聞き出せた?」

 流石、獣人に囲まれて半生過ごした人だけあって鋭い。

「……あなたのことだから大丈夫だと思うけど、誰にも言わない?」

「ああ。おれは口が堅い」

「最初に殺された獣人はわたしのお姉ちゃんだから。これ、ケイトにも話したことないから、秘密ね」

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