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アトレイシアともう一度  作者: 長原玉乙
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14

 私兵たちの、自重がないわけではないけどひそひそ話にしては声の大きい会話はその後も続いた。隣にヘッドたちがいるのに、いつまで続ける気だか。

「……てめぇら言いたいように言ってるけどよ、あいつはおれの養子なんだ。サイコみてぇに言うんじゃねぇやクソッタレ」

 これはヘッドの声だ。ケイトが不快感を示したのなら、ヘッドが堂々と文句をぶつけるのも仕方ない。やっぱり、隣で聞かされちゃ怒るよ。パブス何やってるの。

「なにぃ? なんだとこのチビ」

 あ、これたぶん喧嘩になる。いや、絶対喧嘩になる。

「へっ、こいつら耳が遠いみたいだぜ」

「あんたらが獣人を皆殺しにしようとかキチガイなことするから、あいつはああなったんだろうが。よくもそれを棚に上げて好き勝手言えたもんだよ」

「あんな子ども殺して貰ったカネでいい思いしてんだろ? 元凶のあんたらの方がよっぽど人でなしだぜ」

「なんだと貴様ッ!?」

 ヘッドの部下たちまでいつものように歯に衣着せずに文句を言うと、聞き捨てならないと私兵たちは激しくいきり立った。やめてやめて、面倒増やさないで。

「この、獣人の狂信者め、火あぶりにされろ!」

「おぉ? てめぇでやってみろよこのくそったれッ! チキン野郎が!」

 売り文句に買い文句というけど、相手の声が大きくなれば、粗暴で喧嘩っ早いエルンヴィア人はそれに対抗する。それから一瞬の内に胸がスカッとするほど口汚く私兵たちを罵ってくれた。

 当然、思った通りその場で乱闘になった。

 これは不味いと悟ったパブスが慌てて止めに入るのがわかったけど、血気盛んな若い私兵たちはパブスのことを舐めているから聞く耳を持たない。ヘッドもヒートアップした部下を口では止めても、身を挺して巻き込まれるのは御免だと早々に職務放棄した。絶対見て楽しんでる。

 わたしたちいまから寝ようって思ってるのに、わいわいぎゃーぎゃーのお祭り騒ぎ、これじゃ山を下りたって騒がしくて寝られない。

「戻って止めた方がいいんじゃないか?」

「……ヘッドをぶん殴るなら任せて」

「あんまりだ」

 ケイトは微笑みながら立ち止まって、わたしたちは頷き合って一緒に踵を返した。

 あ、騒ぎを聞きつけてリティアも戻ってきてる。リティア、あれがヘッドたちだよ。わたしたちと一緒でこの世界のニンゲンと仲悪いよ。

 駆け出してしまえばあっという間で、わたしたちはなかなか収まりのつかないニンゲンたちの乱闘会場に舞い戻った。

 ヘッドの部下たちは体格で負けてるけど、喧嘩慣れしてるのか案外頑張ってる。でも、私兵たちだってそこそこ訓練された兵士で、何より白兵戦闘が本職、流石に剣を抜くようなことをしなくてもいくらか優勢に見える。

 ヘッドとかストーンハンドは措いといて、パーキーやウェーブは戦いで肩を並べて、一緒に城壁を落とした仲。相手はいけ好かないこの世界のニンゲン。できればひとこと声援を贈りたい。

「この余所者が、でかい顔しやがって! ――うっ!?」

 私兵のひとりが渾身の一撃をケイトの手に阻まれて、たちまち顔色を変えた。

「そこまでにしてくれ」

「よっしゃ! ケイト、アトレイシア、助っ人して――ぐえっ」

 待ってましたと手を打って喜んだウェーブのおでこに、わたしは軽くチョップを叩き込んだ。

 ケイトがそこまでだって言ったんだから、無視しないでほしい。

「ありがとう。でも、喧嘩はやめて」

「でも、こいつらがよぉ……」

「いいから、疲れてるんだから面倒事はやめて。――ヘッド、パブス、次は二人がちゃんとみんなを止めて」

 隊長がちゃんとなだめて止めるべきなのに、こういうときに頼りにならないんじゃ困る。

「おっと、おれは放任主義者だぜ? それに、こんなクソどもの面倒見るくらいなら始末書と向き合わせてもらうね」

「…………」

 ちょっとイラっときた。そもそもヘッドがマッチだったじゃん。放任じゃなくて責任放棄だよ。

「……アトレイシア、そういう可愛くない顔はやめなさ――ヘッド、早く謝っとけ! 今日はマジでおこだ!」

 わたしは相当不機嫌な顔をしているらしい。これでまた悪い噂漂いそうだけど、怒るときは怒る。これ大事。

「わかったわかった! ……悪かったよ、怒りなさんなって。こいつらだってもうしねぇよ。誓ってそうは言えねぇけどな、まあ3日間くらいは大人しくしてるさ。な?」

「ああ。間違いない」

 自信満々で頷いてるけど、3日以降は元通りじゃ結局何も改善されないじゃん。

「アトレイシア、こう言っちゃ何だけどよ、例えば同じことをスズリカに言って、それでリティアが人といざこざを起こさなくなるか?」

「ん。それは……ない」

「そそ、つまりお互い様ってことだ」

 なるほど。背中になんだか嫌な気配を感じるけど、でも間違ってない。

「さ~てとパブスさんよ、面倒だけどよ、怪我人が出ちまったからにはおれたちもお咎めなしなじゃいけねぇ。ここはこの場ですっぱり手打ちして、あとのことは知らぬ存ぜぬ……いやいっそ野生のモンスター相手に共闘しましたといこうぜ」

「このようなことをしでかして、一体どうしてくれ――え!? ええ! それがいいですな。そうするとしましょう」

 ヘッドの提案に、パブスは部下への叱責をやめて喜んで食いついた。隊長としてはあてにならないけど、私個人の保身にかけては間違いなくナンバーワンの行動力と実績を持つ男、これがパブスだ、恥を知れ。

「そうと決まったら追求されてもいいようにきっちり口裏合わせだ。――お前らは作業に戻ってろ。ケツをしばかれたいなら別だけどな」

「流石ヘッド、おかげでおれたちのケツはいつでもピカピカだ」

「品性も一緒にトイレに流してくれたがな!」

 阿保ほどつまらない下品な台詞に下品な笑い声が続く。夜も遅くにこんなことを大声で言ってたら、夜型の獣人が怒って餌にしようとしてもおかしくないくらい。キツネ亜人寄ってこないかな。

 ヘッドはパブスを連れて一団から距離を置くと、乱闘騒ぎの経緯を捻じ曲げるためにパッパとそれらしい話をでっち上げた。こんなところで手際の良さを発揮されても感心できない。

「最後にこれだけは言っとくけどよ、自分が明日も明後日も生きていたいなら、周りの連中の口にも気を付けろ。仲良くしなきゃ見せしめにされるのはアンタだぜ」

「わっ、わたしが?」

「ああそうだ。おれならそうするね。いいか? とにかくいまの話で通してくれよ。おれはあんたのためを思って言ってんだ。なぁ?」

「う、うむ。その点は問題ない。わたしだって、いま我々の間に不和が持ち上がることが、どれほど重大な不利益をもたらすかくらいわかっているとも」

 間違ったことしてるわけじゃないけど、こういう大人ってやだな。

「ケイト、もういこ……」

「ん……そうだな」

 疲れた。今度こそ寝よう。あんまり長くは眠れないけど、とにかく眠りたい……。

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