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アトレイシアともう一度  作者: 長原玉乙
96/341

13

 大蛇を鳥人に任せ、日もとっぷりと暮れた頃になって、ハーベス家の私兵隊長のパブスが数人の部下を連れてわたしたちの前に現れた。

「待ちかねていましたぞ。ささ、こちらでございます。――お前たち、手を貸しなさい」

「待ちかねたのはこっちだぜ。――おい、手荒に扱うんじゃねぇぞ、テメェらの女のケツより慎重に扱え」

 やっとわたしたちの、今日の労働が終わる。大蛇のあとにも野生のモンスターや何処かで浄化を逃れていたペスティスと戦ってきたから、わたしたちの身体はもうへとへと。食欲も失せたからまずは一度ゆっくり休みたい。

 それなのに、私兵たちはカッチャカッチャカッチャカッチャと元気に耳障りな音を立てて歩き回るから、ちょっと気に食わない。なんでハーベスの私兵は中途半端に腰回りだけ装備が豪華というか、ごちゃごちゃしてるんだろ。うるさいんだよね。住民から安眠妨害だって苦情上がらないのかな。

「獣人だ……」

「あの耳としっぽ、危険種じゃないのか?」

 私兵はわたしたちの方をちらちらと覗いながらひそひそ話まで始めた。丸聞こえだからあとにしてくれないかな。陰口聞かされてからじゃ睡眠によくない。

「おら、おめぇらもういいぜ。こいつらに任せな」

「こんな奴らと代わるの?」

「そうだ。こんな仕事はこんな奴らにちょうどいい。ほら見ろよこの筋肉、思ってたよりか腕っ節の良さそうな奴がいたもんだぜ。しっかり頼むぜ若者――って顔じゃねぇな。ボディビルディングの世界大会で3度は優勝してそうな顔だ」

「あとは我々にお任せを」

 私兵たちが、大半は緊張した様子でわたしたちに近付いてきた。数人は獣人嫌いが勝ってか遠慮なく睨みつけてくる。

 目付きは正直気に入らないけど、確かに、みんな若々しく屈強そう。わたしたちなんかよりよっぽど力仕事に向いた外見で、こんな仕事にうってつけ。

 最初の内は自分たちだけで事足りると意地を張っていたリティアも、もう口論に使う体力も残っていないらしく、不審気な視線を送りながらネリンと肩を並べて離れていった。

「どうにも、ネリンはニンゲンに怯えているな」

「ん……そうかも。――なに?」

 すんなりと砲を託された私兵たちの視線は、ヘッドの傍らに残ったわたしとケイトばかりに向けられるようになったけど、それに気付いたパーキーがこれ見よがしにわたしの頭を撫で回して仲良しアピールを始めたことの方が気になる。

「二人ともよく頑張ってくれたな。偉いぞ」

「ん」

「……もっと懐いた感じを出してくれた方がイメージアップに宜しいんだけどな」

「拒絶するよりいいでしょ?」

「素っ気ないな。――ケイト、よーしよし、よく頑張ったな」

 わたしじゃ話にならないと、次はケイトにお鉢が回った。帽子を脱がして大袈裟な動作で撫で回す、撫で回す。

 パーキーの手のひらが頭に触れると、ケイトは少し首をパーキーの方へ傾けてそれを受けた。

「そうそう! ――見たかアトレイシア? このわずかな姿勢が途方も無く重要なんだ。いまのままでもおれは好きだけど、傍から見て湧き出るイメージはこっちの方がいい」

「ふーん」

「なんて無感動な目だ……っ!」

 パーキーはまた大袈裟におののくふりをすると、ケイトを撫でるのをやめて私兵たちを手伝いに離れていった。

 この人、ヘッドの部下たちの中では右腕的なポジションで苦労が多そうだけど、実際は飄々としたかなりの自由人だ。ノリが良くて気前がいいと獣人たちのからの評判も良好で、しょっちゅういらないものを押し付けられている。

 そんなパーキーと入れ替わりで、ケチでセコくてつまらないと不評の男が歩いてきた。

「おおっ、君はあのときのお嬢さんじゃないか。こんばんは。また会えて嬉しいですぞ」

 パブスだ。何処をどう評価されて隊長なんてやってるのか、わたしとしては面白いくらい凡庸でヘタレな人。わたしに気付いたときのリアクションが、これまたどうにもわざとらしい三流芝居っぷりなのもこの人らしい。もう寝たいから早くどっかいってくれないかな。

「「こんばんは」」

「うむ。この度はその……ご苦労様だったね。君たちがこの大砲を運んでくれたおかげで、ダン川への配置が間に合いそうだ。この地の守りは大いに増強されることだろう。いまここではなんというかっ、人類の反撃の橋頭堡を築く……重大な仕事の只中だ。君たちは偉大な業績の一員だ。うん」

 警戒心と恐怖心が先走っているのか話し方がぎこちない。部下の相手は強気なのに、締まらない人。

「き、君のことはハブラも褒めているよ。とてもいい素質を持っているとね。わたしも君の活躍に期待させてもらうから、どうかその、これからも頑張ってくれると嬉しいな」

「……ん」

「これからも頼むよ。すまないね、疲れているだろうに、時間を取らせて悪かったね」

「ん。――ケイト、いこ」

 振り返り歩み出すと、ケイトが小さく頷きながらわたしの後に続いた。

 それから大して離れないうちに、部下たちのもとに戻ったパブスと、私兵たちの会話が聞こえてきた。

「パブス隊長、まさかあの獣人は例の?」

「そうだ。あのザンダとひとりで戦い、無傷で捕らえた強者だ。くれぐれも機嫌を損ねるんじゃないぞ。いいな?」

「ハブラ様にも認められた達人だと聞いています」

「奴とも死闘を演じ、そのときも傷一つ無く逃げおおせた。あの娘がひとたび気配を忍べばハブラほどの達人ですら存在は掴めぬ、獣人たちの誇る恐ろしい暗殺者だ。それに隣にいたあの娘も、武闘家衆の者が束になっても敵わぬ凄腕の戦士、もしもお前たちが挑もうものなら、剣を振り上げる前には命を落とすのだぞ……」

「確かに、どちらも人を何人殺そうが何も感じぬような、冷徹で冷酷な目をしていた。あいつらは殺し屋だ」

「そうか? ただ眠そうなだけに見えたが……?」

「そうさ。獣人には人間の命とネズミの命の区別がつかないからな」

 先ほどと打って変わったパブスの興奮した口ぶりと話の内容で、武闘家衆との戦いがどのように広まったかは大体想像がついた。

 いや、ハブラと初めて戦ったとき無傷じゃないし、顔とか斬られて普通に痛かったよ。気配消しても結構バレるし、ザンダと戦ったときは確かに怪我しなかったけど、パブスの言い方は何処か誇張を含んでてどうにも腑に落ちない。

 そういう誇張は往々に、というか大半は悪いところにいくから正直やめてほしいけど、それを言ったところでどうせ変わらない。人の話には尾ひれがくっついてなんぼ。こんなのはまだマシと思っとこう。

「言い過ぎじゃないか? アトレイシアが、まるでただの殺人鬼だ」

「……そうだね」

 心外そうにしているケイトには悪いけど、あながち間違っていないことは黙っていよう。わたしとしても全部を肯定はできないけど、全部が全部間違ってるわけじゃないんだ。ケイトのもとを離れている間、最初の1年で何人だっけ……憶えてない。最初は上手くいかなくて余計に殺しちゃったし、そもそも日常的に捕って食べてた。

 いま思えばよく捕まなかったなわたし。捕まったらみんなみたいに首を切られて晒されて、最後は火あぶりだったのかな。

 ……考えるのよそう。夢見が悪くなる。。

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