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アトレイシアともう一度  作者: 長原玉乙
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12

「ヘッド、後ろ!」

「あ?」

 わたしたちの方を見るヘッドの向こうで、土中から伸び上がった毒々しい色合いの巨大なヘビが鎌首をもたげた。その巨大さたるや、ヘッドを二人重ねて丸呑みにできそうなくらい大きい。

「シャーッ!」

「「わぁぁぁぁあッ!?」」

 突然現れて自分たちの背丈よりも高く伸び上がった大蛇の姿を見て、ヘッドたちはたちまちパニックに陥った。

 すっごいヘビ。こんなの久しぶりに見た。標的は一番とろいヘッド。

「なんだよこりゃくそったれぇッ! こっちくんじゃねぇよ、趣味が悪りぃぜ! 二ホン人が獣人と一緒になってヘビばっか食うからだ! トミオカを呼べ!」

「世話が焼けるわね」

 リティアがひとり大蛇に突進して首筋に掴みかかり、一緒に地面を転げ回る。牙から撒き散らされた毒の雫が、落ちた先で白い煙を上げた。

「あーっ、死ぬかを思ったぞチクショウ。これじゃ命がいくつあっても足りねぇぜ」

「そりゃあんたが体重ばっか増やすから。――リティア、大丈夫か!? 無理するなよ!」

「いいから早く逃げなさいよ、邪魔だから!」

「身体に巻き付かせるなよ。絞め殺されるぞ!」

「わーかってるわよっ、そんなこと! 黙ってないとあとでぶん殴るわよ!? ――あんたたち、こいつを囲むわ。ちょっと手伝って、ていうか手伝いなさい!」

 喧嘩腰で言い返しつつ、リティアは頑としてヘビを自由にしない。体中擦りむいて血を滲ませながら、ヘッドたちがある程度離れたのを見て、ようやくリティアも大蛇から距離を取った。

 言われた通り四方からヘビを取り囲んだけど、大蛇はわたしたちを無視してリティアに襲い掛かった。

「わたしのことが気に入ったの? 上等!」

 リティアが投げたナイフが大蛇の頭に弾かれた。見かけ通りに鎧みたいな鱗、お腹の方なら抜けるかな。

 ナイフを物ともせず毒牙をむき出し噛み掛かってきた大蛇の頭を、リティアが身を捻ってかわすと、大蛇も空中で胴体を捻ってリティアの身体を捉えようとする。リティアはこれも背面跳びで綺麗にかわしながら、首にナイフを投げて今度こそ貫いた。

「おおっ――」

「きゃッ!」

 目まぐるしい攻防に歓声が上がった直後、着地の隙きを突いたしっぽの一撃がリティアの身体を小石でも蹴飛ばしたかのように軽々とすっ飛ばし、リティアの女の子らしい儚げな悲鳴が響いたものだから、ヘッドたちと一緒にわたしまでぎょっとした。「ああっ、やられた……!」と、言うやいなやパーキーが小銃のボルトを引く音が続いたのが、どうしてだか嬉しい。

「どってことないわ! いまよ!」

 リティアの力の篭った声に気を取り直して、わたしの投げたナイフが大蛇の右目を貫くと、怯んだところをケイトとネリンが斬り付ける。ナイフ程度なら防げても、斧や長剣の刃を叩き込まれたら耐えられず、割れた鱗の間からだくだくと血を垂らした。

 このヘビ、巨体に似合わず俊敏で、頭がいい。ただの野生のモンスターとは違う。誰かが訓練した立派な戦士だ。野放しにしてたら何をするかわからない。ここで仕留めないと。

「そこだそこだ!」「やっつけろ!」

「おい、盛り上がってないで幌を剥げよクソッタレッ!」

 リティアが地面すれすれでくるりと体勢を整え着地したところで、なんとかなるとでも思ったのか声援が飛んできた。ヘッドひとりが大真面目に大砲の準備を始めてるのがなんだか面白い。

 ヘッドがそんなことしてるのも無理もない話で、攻撃は効いてるはずだけど、巨大なヘビは尋常じゃないタフネスっぷりを発揮してなかなか弱らない。余計に暴れて振り回されたしっぽに当って、今度はネリンが宙を飛んでいったところで、やっぱり厳しいかもとニンゲンみんなで大砲の用意が始めた。

「もうちょっと抑えててくれよ!」

「こんな雑魚相手にニンゲンの手を借りるようならわたしの手でアイツの口に放り込むわよ! ――アトレイシア、左ッ!」

「ん」

 わたしが左目も潰したところで、リティアがもう一度大蛇に突進して、下顎を蹴り上げた。

 同時に跳びかかったケイトが斧を叩き込み脳天をかち割ると、ネリンが割れた頭に剣を突き入れ、貫通させた切っ先を地面に深々と押し込む。これならどんなにタフでも助からない。

「はっ、これでお終いね!」

 致命傷を受けてもしぶとくもがくヘビを見下ろして、リティアの口角が緩んだ。

 これで終わり……じゃない。また、さっきよりもずっと小さく、あの音がする。

「リティア、下にもう一匹いる」

「っ!」

 新たにコソッと姿を見せた、いまいま倒したのより遥かに小さなヘビの口がリティアの足に迫った。リティアが一瞬早く頭の位置に気付いて足を動かしていなかったら、地中から出ると同時に噛まれていただろうけど、これでわたしのナイフが間に合う。ただ、首を落とそうと思って投げたナイフは、ちょっと急いで投げたせいでズレて仕留めそこなった。んー、残念。

 このヘビも結局、これまたネリンが剣で串刺しにして地面から引っこ抜くと、ぐねぐねのたうって、やがて絶命した。サイズは常識の範疇に収まってるけど、色は大蛇とよく似た色をしているし、そっくりそのままサイズダウンしましたって感じ。ここからあそこまで成長したのかな、あの大蛇。

「悪い癖がでちゃったわね。助かったわシェリナ。礼は言っといてあげる。ありがと」

「んっ、うん。怪我、してない?」

「おかげさまでね。……嬉しそうな顔すんじゃないわよ。イラつくから」

「ん」

 リティアがまたわたしのことを「シェリナ」って呼んでくれた。気が抜けて言い間違えたのかな。なんだか嬉しい。

「お嬢さん方、ちゃんと仲良く戦えるじゃねぇか。いいねぇ、そのヘビの肉で今夜はステーキが食えるぜ?」

「リティアァ! お前だっておれたちのこと助けてくれるんだな、助かったぜ!」

「命の恩人だ。ぜひ抱擁を受け取ってくれ!」

「近寄んじゃないわよ。――ネリン、あんたが相手しなさい」

 パーキーたちが興奮気に駆け寄ってくるのを見て、リティアはヘビの毒牙の方がマシとばかりに拒否反応を示し、連中へ向かってネリンの背中を押した。逃げる間もなく捕まったネリンがまあこれでもいいかと胴上げされたけど、まあ、どっちもトドメ刺したのネリンだし、ほっとこ。

「ひでーのです!」

 酒場で酔っ払ったニンゲンの相手をするよりかマシだろうから、適材適所。

 ヘッドはネリンをもみくちゃにする部下を無視して横たわった大蛇を見下ろすと、にこにこしながらわたしの肩を叩いた。

「いい腕してるぜ。目ン玉ド真ん中だ」

「こんなの簡単」

「お前にとっちゃそうだろうけどよ。――まあいいや。こいつぁまた、これならいいメシの具になるな。なんとかして運べねぇか?」

「人手が足りない」

 大砲運ぶので手一杯なのに、こんなもの運べない。だからここで食べれるだけ食べちゃえばいい。

「それもそうだ。――ウェーブ、無線使え。貴重な食糧だ、町に持ってかせようぜ」

「どうせ通信できませんよ」

「何言ってんだい、ラプサンは通信範囲内だろ。お天気もいいじゃねぇか」

「カタログ上の話ですよそれは」

 そう言いつつ、ウェーブは慣れた手付きで無線機の準備を済ますと早速交信を試み始めた。

 この、ウェーブと名付けられた兵士は通信兵として無線機を受け取っている。いつも重たそうな無線機を背負っているから毎日疲れると思う。

「ここで食べようよ」

「そりゃ無理だ」

 ……んー、予定よりも遅れてるみたいだし、そうだよね。ヘビ食べてる暇ないよね。

 でもなぁ、食べたいな。見た目あれだけど、こういうのは美味しい。皮とか牙とか高く売れるし、ここに放置するのは惜しい。ちゃんと帰りに残ってるかな。

「アトレイシア、なんとかなるかも知れない」

 心配いっぱいで大蛇を見詰めていると、脇に立っていたケイトがわたしの手を引っ張りながら空を見上げた。

 ――ああ、あれか。確かになんとかしてくれるかも。

「こちら101特別混成戦闘隊のヘッド。101特別混成戦闘隊のヘッド。誰か聞こえないか?もしもし? 誰でもいいから応答しやがれ。――ほーら、やっぱり駄目です」

「ああ? あー、じゃあ仕方ねぇ、諦めるか。――って、そこのお嬢さん方は、何やってんだ?」

 わたしたちが空に向かって手を振ってるのを見て、何事かとヘッドたちも視線を上げた。

 鳥人だ。最近ちょくちょく戦闘団の獣人のところに顔を出してる亜人。いつからいたのか、ケイトに言われるまで気が付かなかった。遠くて誰だかわからないけど、いい人たちだからたぶん助けてくれる。

「なんだありゃ? 鳥のバケモノか?」

 いつものことだけど、バケモノとはまた失礼な。

 無線が使えないならあの子に伝言を頼んで人を集めてもらおうと、わたしたちは彼女に手を振っていたというわけ。気付いてもらえればあとは流石に速いもので、鳥人はさっさと下りてきてくれた。

 近付いてきてみると直ぐに誰だかわかった。メウヤって人だ。髪も翼も真っ黒で昼間は凄く目立つ。

 聞いた話によると、獣人の隠れ里の近くの山に仲間たちと住んでたらしいけど、ペスティスに追い出されてわたしたちについてきたらしい。鳥人の言う「近く」は基準が謎であてにならないけど、追いかけてこれたんだし、意外と本当に近くに住んでいたのかも。

「ヘビ退治見学させてもらいましたよ。どうやらお困りのようですね」

「これを運びたいんだけど、人手が足りないのよ。分け前はあげるからちょっとレンカ様に伝言を頼まれてくれないかしら?」

「いいですよ。でも、こんなところに人を呼ぶのも手間ではないですか? わたしが仲間を呼んで運びますよ」

「あら、そう? 助かるわ。ありがとメウヤ」

 二つ返事で承諾してくれるなんて、やっぱり鳥人はいい人。

「やいアトレイシア、こんな可愛こちゃんいつからいたんだよ?」

 よくわからないけど、ヘッドはメウヤに一目惚れしたらしい。んー、黒くてつやつやの羽綺麗だよね。

「……いつだっけ? 最近」

「……すまねぇ、そういやお前の頭は鳥のお仲間だっだな。――初めましてだなお嬢さま。おれはヘッドってんだ。この仏頂面の義理の父親、つまり亜人の味方だ。仲良くしようぜ。お近付きになりたいね、今夜暇かい?」

「なんで口説くの?」

 どうにもこのニンゲンは、暇さえあれば女の子を口説くどうしようもない男らしい。年下でさえあれば年齢差なんて問題じゃないのか。

 メウヤはそんなヘッドの言葉なんて意に介さないとばかりに平然としている。

「あなたがヘッドですか。獣人の皆さんから話は聞いていますよ」

「そいつはまた嬉しいね。こう言っちゃなんだけどよ、おれはみんなから好かれるんだ。それで、なんて言ってた?」

「誰よりも下品だって」

 それを聞いた途端、ヘッドの周りで部下たちが爆笑した。

 彼らも彼らで品性に欠いた人たちばかりなのはお国柄なのか模範になるはずの隊長が悪いのか、興味深い。

 ヘッドは予想通りの一言に苦笑しながら、自分からもメウヤに依頼を取り付けた。大砲を持っていく先の方が距離が近いからそっちに運んで、そこでバラして分け前を渡すことになった。

「――いま言ったこと、3つ羽ばたく内に忘れたりしねぇよな?」

「その発言は忘れてあげましょう」

 メウヤは数回大きく羽ばたいて高度を取ると、風の術に乗って瞬く間に西の空に浮かぶ黒い点になった。

「あいつ便利じゃねぇか。もう何匹かいるってんなら羽むしって布団にしようぜ」

「ヘッド、下衆い」

 下品で下衆、やっぱりわたしたち赤の他人でいいよ。お義父さんとして見たくない。

 それにしても疲れた。ここからまた大砲運ばなくちゃいけないの、滅入る。

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