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アトレイシアともう一度  作者: 長原玉乙
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       *       *


 だんだんと日が傾いてきて、西日が背中に突き刺さるようになった。

「ヘッド、ヘッド」

「なんだよ?」

「疲れた」

「おいおいまたかよ。――小休止だ、10分休憩。あんまりうろつくなよ」

 ニンゲンはこんな重いものを引っ張りながらどうしてあんなに歩き続けられるんだろう。わたしたちなんて身体が熱くなって茹で上がりそう。

「ほら、水でも飲みなよ」

「ありがと」

 差し出された水筒をありがたく受け取って中身を仰ぐ。そこまで冷たくはないけど、水が喉を通る感覚がすこぶる気持ちいい。

 ケイトも片手を膝に乗せたまま、しゃがみこんだネリンと一緒に弱々しくお礼を言って水筒を受け取り、リティアはそこまでへばった様子もなく水筒を差し出したパーキーを睨み付けたあと、乱暴に水筒をひったくって豪快にあおった。結局、全部飲まれてパーキーは苦笑いしてる。

「この子ら、リティアは別として、案外スタミナないんだな」

「体温調整が苦手だから何時間も歩いていられないんだよ。見ろ、あまり汗をかいてないじゃないか。クールダウンが必要なんだ。リティアは案外スタミナ馬鹿だから別だ――おぉぅっ……やめろよ、加減しろ……」

「次余計なこと言ったら舌引っこ抜くわよ」

 馬鹿と言われれば容赦なく叩きのめす、リティアのこぶしでパーキーの肋骨がちょっと心配。

 いや、まあ、流石に手加減はしてるかな。本気だったら折れる音するし。

「そういうもんか。今日も風がなくてちょっと暑いからな」

 完全にタナトスに侵食された土地では、雨が降らなければ風も吹かない。当然、黒雲に覆われた東の大地からは風が吹いてこないわけで、この辺りはもろにその影響を受けてる。特に大変な思いをしてるのは妖獣人で、気候がめちゃくちゃになって管理が大変だって誰かがぼやいてた。だからと言って毎日好き勝手天候をいじると怒られるから、何か重要な要件がない限り妖獣人に天候操作は頼めない。

 改めて仕事ぶりを聞いてみると、妖獣人ってお天道さまと天気の相談してくれる、すっごく重要で大変な人たちなんだよね。明日の天気はここからここまで〇〇時までは晴れ。✕✕時からは雨で、雨の強さはこれくらい、風の向きと強さはこれくらいってことだけど、この時間帯は雨やましていいし、風向きも変えるよ――って、訊くといろいろ教えてくれる。

 ここ数日は風のない快晴の日が続いて、昼間の気温はこの時期にしては高い。おかげで冬毛に切り変わったわたしたちも難儀することになった。

 まあ、いま一番の原因はリティアが意地張って交代を拒んだせいでわたしたちだけずっと重たい思いしてるからなんだけど。変なところで意地張らないでよ……。

「どいつもこいつもぶっ倒れなかったら護衛だけやらせて済むってのによ、ノッポまでノックアウトしやがったからな」

「残りは今頃町で女引っ掛けてますぜ」

 動くことのできるポーランドの槍騎兵は町に馬を競り落としに行っている。それと、数人は戦闘団に参加したいって人たちの相手をしに行った。

 彼らにとって馬は戦場で命を預ける大事な相棒。銃弾に倒れたこれまでの愛馬に別れを告げたら、次の相棒を求めて東奔西走、馬選びは妥協のできない重要な仕事だと、闘志を燃やして町に駆けていった。

 病床に伏したヤンコフスキも「もし自分に合いそうな馬がいたら、なんとしても獲得してくれ」と懇願して部下を送り出し、もしも自分の馬に弾が当たるようなことがあったらどうしたものかと今日も思案に暮れてる。いままで怪我してないのが凄いくらいだし、わからなくもない。

 ヤンコフスキの体格に合った馬を選ぶのは大変で、頑張って体重を抑えていると言っていたけど、高い身長が災いして、彼を背に乗せて走れる馬は限られている。ヘッドが「足が速いのがいいなら、競馬場からサラブレッドでもくすねてこいよ」と茶化したことがあるけど、そんな馬がヤンコフスキを乗せて走ったら足を痛めて起き上がることもできなくなるらしい。

「騎兵はいいよな、ちやほやされてよぉ、おれら泥臭い歩兵なんて見向きもされないぜ」

「あんなヒョロい連中、馬から下りたら3秒でお釈迦だけど、おれたちなら将来安心だってのが女どもにはわからねぇのさ」

 いや、お前たちは下品だからモテないんだよ。背もどっちかというと低いし、顔の基準はよくわからないけど服装は身綺麗とは程遠いし、取り柄なんてないようなものだよ。

 ぶつくさ文句を垂れるエルンヴィア人たちはいとこう。ちょっと前かな、この国の騎兵隊を指揮している貴族のダルタンが補充の馬を何頭か譲ろうかと提案してくれたけど、これは槍騎兵の馬とは規格が合わないなどの理由でヤンコフスキは一旦辞退した。この馬は頑丈でも足が遅いのが問題だった。この国では重装備の騎兵が主体で、大重量を支えるために馬はがっしりてる代わりに速度が出ないらしい。槍騎兵は頑丈さと速さを兼ね備えた欲張りセットな馬を求めてる。そんな叶えていたらお金が消えるから、申し訳ないけど妥協して、ダルタンから馬をもらってほしいと説得されてはいるけど、諦めがつかないらしい。

 ヤンコフスキが交渉のために部隊を率いて出向いて以来、ダルタンは彼らにご執心らしく、いろいろと便宜を図ってくれる。例えば、いつまでも放棄された農場から飼葉をくすね続けるにも限界があるからと、いまではダルタンがこっそり横流ししてくれるようになったし、定期的に合同で訓練をしようと言ってきてもいる。

 ヤンコフスキは自分の高い身長に合わせて他より一回り大きい馬に乗っているけど、堂々とした佇まいには迫力があって、確かにカッコいい。その上、中身は礼儀正しくて人がいいときたら、貴族が惚れるのも頷ける。おまけにダルタンが自称ピストルの名手というところに付け込んでリボルバーを1丁プレゼントしたのもポイントが高い。たぶん。

「次の時代の騎兵は槍騎兵だ! 騎士は鎧を脱ぎ捨て、よりいっそうの度胸を身に付けよ!」

 なんて、ダルタンが目指すは騎兵界のパイオニア。まあ、わたしたちにくっついていれば名声が転がり込んでくると思っている間は仲良くできるかな。

「やっぱり、この子たち4人で砲1門はやめようぜ。可哀想だろ」

「そうしましょうヘッド。話す時間を作って、仲直りしてくれると良かったんですが、仕方ありません」

「聞こえてるぜ。――それよりパーキー、いまどの辺だ?」

「先程通過した集落がここなので、この辺りかと。日が変わる前には合流できるはずです」

「最後の登りが問題だぜ。パブスの野郎が人を出すって言ってるらしいけどよ、ひょろっちい野郎寄越してこねぇよな?」

「いや、流石に馬でも使うでしょう」

 ダン川までは結構遠いけど、途中でパブスたちに合流して砲を引き渡したら、出発前に言っていた通りわたしたちは帰っていいらしい。流石にこんなことで数日費やすのは馬鹿げてるし、馬とか自動車とかあるのに人力で、子どもまで動員して大砲を引っ張って運ぶとか未だに納得いかないから、当然だよね。

「――ん?」

 ヘッドたちの立ち話を聞きながら周囲を見回していると、ヘッドの胴体ほどの枯れた木の根本に何か見付けた。

「何かあるな」

「ん。見てみよ」

 なんだかわからずにわたしが首を傾げたのを見て、ケイトもわたしの視線を追ってその物体に気付いたらしい。近付いてみると、それは四角い薄茶色の箱みたいなものだった。側面に何やらその世界の文字らしいものが書かれてる。

「……開けてみる?」

「そうだな……ん、この箱はどうやって開けるものなんだ?」

 言われてみれば、この箱、何処も真っ平らで取っ手がない。

「木でも革でもないな……」

「柔らかくてすべすべしてるね」

 縁のところの色合いと肌触りが違う。それにその後ろに隙間がありそう。

 爪を立ててなぞってみると、縁を覆っていた薄い膜が切れた。ここから開けれそう。

「それはなんなのです?」

 わたしたちが何か見付けているのを見て、ネリンがよろよろと近付いてきた。

「わからない。中に何かあるみたい。――あ、あった。これもなんだろう? 缶詰だけど……平べったい」

 箱の中に入っていたのは缶詰だった。保存の効く食料品は大歓迎だけど、変なものが入っていることもあるから気をつけないといけない。数日前に、拾った缶詰をその場で食べたらあまりに酸っぱくてまともに食べれなかった。酸っぱいのは嫌いだ。

「この絵はネコかな? ……猫肉?」

「ねこ?」

 ケイトはネコがわからないらしい。この辺りだと野生で見かけることは珍しいし、あんまり近付いてこないし、警戒心が強いのか、すばしっこさと相まって狩りにくい動物だから関わりがないのも仕方ない。

「ニャーニャー鳴くあの動物だよ」

「……食べられるものなのか?」

「んー、食べたことないけど、美味しいかも」

「ん。ツイてるな」

「おーい、何やってるんだ? あまり遠くに行くんじゃないぞ」

 パーキーが心配そうに声を上げた。向こうからは木の陰に隠れていて見えないらしい。姿が見えなくなったから心配しだした。

「これ、持っていこう」

「そうだな。――ん? 待ってくれ、アトレイシア」

 取り出した缶を箱に戻して、箱を持ち上げてヘッドたちのところへ戻ろうと歩き始めたところで、耳が妙な物音を捉えた。

 地中を何かが進んでる。奥深くから、地上に向かって。モグラにしては大きいし、長い。

「お、なんだか良さげなもの抱えてるじゃねぇか。何入って――」

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