10
「ケイトだ。よろしく頼む」
「はいです! 二人からいろいろ教えてもらえるなんて嬉しいのです!」
「……ん」
目を泳がせたわたしに代わってケイトが挨拶してくれたけど、話題はなかったらしくこれにて終了。諦めて黙っていよう。
わたしたち、頑張った。
「もうちょっと頑張りなさいよ……! あんたが撒いた種でしょ!?」
「え……」
「悲しそうな顔したって無駄よ」
まあ、ヘッドに町の場所を教えたのはわたしだけど、逃がしたのはヘッドの勝手だし、わたし関係ない。リティアの方がわたしよりか人と喋るの上手なんだから、リティアが話してあげてよ。
……なんて、言えないからもうちょっと頑張ろう。
「え、えっと……何か訊きたいこと、ある?」
「質問ですか? う~んとですね……あ、これはなんて言う大砲なんですか? です!」
「えぇ……」
いま引っ張ってるこの大砲の名前を訊かれた。初っ端からなんでこんなこと訊くの? 大砲は大砲でいいのに。いきなり訊きたいことあるかって言われても困るだろうけど、知ったところでどうするの。
背後のケイトを振り返ると、ケイトは小さく首を左右に振って応えた。そりゃそうだよね。
「もーっ! あんた本気であてにならないわね! ちょっと離れるからこっちの脚も持ちなさい!」
「え? うん」
見かねたリティアがついに動いてくれた。砲に掛けられた覆いに顔を突っ込むと、直ぐに戻ってきた。
「PaK36よ。マツリとポーランド人がそう呼んでるのを聞いたわ。トミオカたちは「ラシキ」って言ってたけど」
「やっぱり強いです?」
「あんまり。それに一度タナトスに侵食されてるから、使ってると直ぐ壊れるって話よ」
わたしたちが答えれなかったことをスラスラと答えてくれる。助け舟を出してくれるなんて、ありがとう。
そう、こうやってなんだかんだで最後は動いてくれるのがリティア。内心はネリンが上手くやっていけるか心配なんだろうけど、あえてわたしたちに任せたんだよね。うん。無理だった。
「どのくらいまで倒せるの?」
「なんであんたまで質問してくんのよ? 知らないわよそんなことまで。使う砲弾次第で威力も変わるんでしょ? あんたが一番扱ってるんだからあたしに訊くんじゃないわよ」
それもそうか。砲弾のことに関してはわたしが一番詳しいんだった。
「ん……これ、この前使った大砲なのかな。――ヘッド、ヘッド」
「あん? なんだよ?」
「この大砲ってどのくらいまで貫けるの?」
不真面目な男だけど、もしかしたら知ってるかもと思って訊いてみると、手帳を取り出してぺらぺらとページをめくり始めた。
「ちょいまち。あーっと……これか。そこにある砲弾だと、弾着角60度、だいたい126ゼールで25と2分の1ユール、同リゼールで16ユールだってよ。お前らもうちょっとわかりやすい単位使えねぇのか?」
「ありがと。ニンゲンが決めた単位だからニンゲンに言って」
意味わからないくらい難解なエルンヴィア語でわかりやすくしろとか言われても……なんだか納得いかない。
「ああそうかい。一応言っとくけど、あいつは徹甲榴弾だ。お役に立てたなら光栄至極、またなんかあれば訊きなよ」
「ん。考えとく」
えーっと、126ゼールで25と2分の1だから……。
「ここからあそこの木の辺りまでなら、このくらい傾けた、このくらいの鉄の板を貫ける……貫ける?」
指先の間隔で大体の長さを教えると、ネリンは「うう~」と唸った。
「凄いのか凄くないのかよくわからないです」
「アトレイシア、水平位置からの弾着角が60度なら、装甲の傾きは30度だ」
「ん? 違った?」
「このくらいだ。弾着角は垂直位置じゃなくて装甲板の水平面が0の基準になる」
うんんん? ……あっ、そういうことか。
「例えばこの脚にこう当たったとして、この脚のとこを0にして、ここから何度かってこと?」
「ん。そうだな」
「この角度でこのくらいだから、この脚くらいあれば抜けないね」
刺さった状態で爆発してくれればへし折るくらいできるのかな。21ユール半って、あんまり頼りにならない。
「タナトスの取り憑いている戦車相手には通用しないかもな……弾着角60度で25と2分の1ユールなら、垂直に当てた場合は単純計算で26と2分の1ユールになるが、着弾時に角度が変化したと考えれば26も貫徹できるかどうかというところだろうな」
う、うん? 26と2分の1ユール? どうやって計算したのかな。ケイトって計算が得意だ。ついていけない。
「でも、徹甲榴弾っていう砲弾は徹甲弾でも敵を貫くことに優れてるわけじゃないから、砲弾を替えればもっといけるはず」
「仮に倍になったとして……それでも58やマチルダには足りないな。真っ向から撃ち込んだら100ゼールまで引き付けても難しい。地形を利用して貫通しやすいタイミングを狙うか、小さくて動かし易いから、せめて側面を至近距離から撃てる位置で待ち伏せるといいな」
100ゼールが大体79メートル、大砲で撃ち合う距離としては短すぎる。相手からしてもちゃんと狙えば外すような距離じゃないから、仕留めきれなかったら撃ち返される前に砲を捨てて逃げるしかない。
「……ふーん。あ、あんたたち、結構言い合えるじゃない」
わたしとケイトが珍しく熱心に話し合う反面、リティアとネリンは途中から置いてきぼりになってる。
「大体わからなかったけど、この大砲はあんまりあてにならなさそうね」
「うん。主力としては扱いづらい。でもこの大砲は機動力を活かして強い敵を回避しながら、戦える相手とだけ戦えばきっと役立つ。何処かに固定するより馬で引いたりしたらいいと思う」
「なるほどね。なんとなくわかったわ」
刃と一緒、小さければ小さい分だけ素早く取り回せばいい。それにトミオカ曰く「鶏を割くに焉んぞ牛刀を用いん」という言葉が向こうの世界にはあるらしい。この世界で言うところの「ネズミの駆除をドラゴンに頼む」と通じるものがある。
会話を聞いていたらしく、前方を進む兵士たちが振り返って、感心したようにわたしを見た。
「ほーん、アトレイシアもそう思うんだな」
「ん。間違ってる?」
「いや、ノッポも同じことを言ってるらしいぞ。司令はヤンコフスキの騎兵を戦車に更新することも考えてるが、まーだ乗り気にならないらしい」
「獣人の部隊に追従する騎馬砲兵を編成して、槍騎兵がそれに随伴する。燃料を節約しながら広範囲で活躍できるだろうってことさ。現実的かつ実践的だろ? アトレイシアも目の付けどころがいいじゃないか」
「そう? ありがと」
大砲の性能は使い方で補うとして、残る問題はたまにペスティスが意外と組織的に群れを作ってて、なかなか横っ腹を無防備にさらしてくれないことかな。これはプロの戦術家になんとかしてもらおう。
「そうそう、双子はパートリッジと同じ考えらしくて、ノッポの言い分を余所に何かし始めたみたいだ。――なあ、ヘッド?」
「ウタゲとマツリが?」
「ああ。H1って言う粗大ゴミ見てぇな戦車あんだろ? あいつをバラして機関部を調べるらしいぜ。あれで燃費性能が異常にいいからな、どうやって動いてんのか本腰入れて調査すんだと。おれはいっそおれたちのとこの魔力発動機でいいと思うけどな」
魔力発動機を搭載しているエルンヴィアのML1ゼブラ軽戦車も燃料要らずの便利な戦車だ。この世界に有り余っているマナを使いたい放題使って走り回れるからとあれこれ重宝されてる。ペスティスは魔力を感知する能力を持っているから最前線では使いにくいことと、放出する魔力の波動が気持ち悪いこと、そして武装がしょぼいこと以外は凄く優秀。
んー、あの二人も戦車にする派なんだ。燃料事情を何とかしても、整備とか維持管理を考えると難しい気がするけど、その辺もクリアすれば戦車だよね。大砲は小さいやつでも設置とかで時間がかかって、連携しようとすると獣人の速さとか、強みを殺しかねない。
「でも、魔力発動機はここでは作れないでしょ?」
「そう思うだろ? これがそうでもねぇんだ」
「……なんでヘッドにそんなことがわかるの?」
「おいおいおれのことを馬鹿にすんじゃねぇぞ? おれもあのガラクタも、あのガラクタを作ったクソ野郎も生まれはエルンヴィアだ。いまの内に宣言しといてやる。あんくらい、おれでも作れるね」
「ガラクタ」とか「クソ野郎」とかあんまりな言いようだけど、そんなに単純な話じゃないと思う。
「生まれが一緒なだけじゃないの?」
「生まれが一緒でも魔術が使える奴と使えねぇ奴がいる。おれは使える口だってことさ。それに、メカにも強い」
「嘘でしょ?」
このおじさんが魔術師だなんて、あまりにも似合わない。魔術が使えるならその不思議な力で生え際をなんとかできるはずじゃないか。
わたしの視線の先に気付いてヘッドの眉間にシワが寄った。
「一発くらってみるか?」
「やだ」
「ヘッドが魔術だなんて気味悪い冗談だ。そんなメルヘンなものこの碌でなしには豚に真珠さあなぁ?」
「違いねぇよげへへっ」「まったくだぜ、吐気がするよ」
自分の部下にも全然信じてもらえてないじゃないか。
「あんたがピストン運動してガキでも作る魔術じゃねぇの? やめとけよ、腰が砕ける」
「そこまでたどり着くのは魔術使ったって無理さ無理」
言いたい放題言われて、ヘッドは苦笑いを浮かべた。怒らないなんて珍しい。
「先にてめぇらクソどもを流すトイレを作ってやろうか?」
「まーた子どもたちがいんのに下品な口利くんだから、あんたらはよぉ……」
この人たちの品の無さは際立って酷い。隣に立つリティアがまた汚物を見るような目でヘッドたちを見てる。
「あんたはなんでこんな奴らにくっつこうとしたのよ? こいつら本気できっしょく悪いわ。転移者じゃなくて追放者じゃないの?」
「仲良くしてくれそうだったから。……その目はなに?」
不快感を通り越したのか、リティアは呆れた目を向けてきた。
「あんたってほんっとおめでたい頭してるわよね。つくづく理解できないわ」
「……うん。そうかも。わたしも最初は、自分がどうしてニンゲンと仲良くしようとしてるのか、わからなかったから」
わたしだってニンゲンは嫌い。ヘッドや、ヤンコフスキたちはいい人たちだけど、ニンゲンというものを好きにはなれない。
「ふーん。それがどうしてなのよ? あんたにとってニンゲンってなんなの?」
「ニンゲンに近付いたのは、寂しかったから。誰でもいいから一緒にいられる人が欲しかった。……たぶん」
「そう、いい気味ね。あんたにはひとりぼっちがお似合いってもんよ。……まあ、いまじゃひとりぼっちはわたしの方だけどね」
リティアは少し寂しそうにため息を付いた。確かに、最近のリティアはひとりでいることが多い。ヤコアとはいまでも仲良しのはずだけど、ハブラがくっつくようになってから一緒にいるところ見ないし、ちょっかいかけてるのはリュイナくらいかな。
でも、本人は気付いてないようだけど、リティアって実は年下の子からかなり人気あるんだよね。スズリカとかと同じで、強くてカッコいいし、みんなのこと真面目に考えてくれてるし、わたしだって憧れるよ。
「そんなことないと思うけど?」
「ふんっ、みんなどうかしてる。でも、わたしはあんたみたいにニンゲンに擦り寄ったりしないわ」
「うん。リティア、みんなリティアのそういうところを信頼してる。リティアがいるからみんな安心できるの。わたしもそれでいいと思う」
リティアはいつだって獣人の味方。ニンゲンに何かさせたって、リティアが一緒にやり返してくれる。それが心強いからみんなニンゲンに近付いていけるんだ。
「……それ、慰めてるつもり?」
「ん……どうなんだろ……?」
ただ思ってることを口にしただけだから、そこまで深い意図はないかな。
「あんたに気を使われるのは不快ね」
「……リティア」
「何よ?」
リティアはもう話したくなさそうだけど、これだけは付け足しておこう。
「この先、きっとまたニンゲンと揉めることがあると思うけど、そのときはみんなのことをお願い。リティアが一緒ならきっと、ニンゲンになんて負けない」
「どういうことよそれ?」
「きっとわかる」
リティアはわたしがまたわけのわからないことを言っていると、眉間のシワを深めながら大きなため息を付いた。




