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アトレイシアともう一度  作者: 長原玉乙
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 ――1時間後。

 アトレイシアとケイトが自分の腕を枕にしているのを見て、諦めて寝直すと決めたヤンコフスキだったが、結局二人より先にまたも目が覚めてしまった。

 依然、手前でアトレイシア、奥ではケイトが小さく寝息を立てている。普段の二人は向き合って丸まっているのだが、いまのアトレイシアはうつ伏せになって顎を乗せていた。しっぽを振っているのか、視線を下げると毛布がもぞもぞと動いている。

 可愛らしいと思うと同時に、一瞬、嫌な光景の記憶が頭を過ったが、アトレイシアの様子に異常は見受けられない。左手が開いているので軽く頭を撫でると、しっぽの先が彼の脇腹をくすぐった。正直に言えば体調は最悪で、いまとなっては頭はくらつき目がまわり、発熱による寒気と凄まじいだるさが襲っているが、気持ちは少しばかり和らいだ。部下やパートリッジ司令もこんな目に遭っていたのかと思えば自分ばかりの苦難ではないので素直に受け入れたいところではあるが、想像以上の苦しみと不快感に鬱屈としてならない。そんな彼にとって、二人の存在は何と気晴らしに宜しいだろうか。

(二人とも髪の毛が増えて……なんというか、イヌ――いや、キツネらしくなったという方がいい気もするが、もともとキツネを間近で見た記憶がないからどうにも……)

 しばらくすると、アトレイシアは、一体何の夢を見ているのだろうか、ヤンコフスキの腕を這い上がるようにして、肩に頭を乗せた。彼女の真っ黒の耳が視界の大半を遮ってしまったが、なんとも可愛らしい光景ではないか。目が覚めていれば如何にも愛敬を振り撒くのが下手そうな仏頂面、とにかく無愛想で隙きのない雰囲気を醸し出している分、稀に見せるこういった表情は意外性があり割増で可愛らしく思えた。

(ああ、素晴らしい。今日は、きっといい夢を見ているに違いない)

 微笑ましく見詰めていると、アトレイシアに毛布を持って行かれて起きたのか、ケイトもまた動き始めてアトレイシアの背中に張り付いた。いっそう小さく丸まったため、これでは姿が見えない。

 それにしてもアトレイシアは、病床の身でなくとも羨ましいまでの寝姿である。微笑ましく見つめていると、アトレイシアはまた上へ上へと這い上がった。今日は一段とアグレッシブではあるが、アトレイシアの睡眠にはいくつかのパターンが発見されている。遊び半分での研究の末、ひとりの時は殆ど眠っていないも同然で、周囲に視界の通る範囲が半径約20メートル以内――これは他の獣人にも見られる傾向だが、キツネ亜人としては広い――である必要があり、基本的に身動きはしないが耳は接近するものを追跡するように動き、面識の薄い人物が相手なら背後に立つだけでナイフに手をかけるなど、警戒心が非常に強く表れる。兵たちはこれを見て、「なるほど、流石、族長に一目置かれるわけだ」などと感心したものである。

 ケイトと二人の時は互いに向き合って小さく丸まっていることが多く、打って変わって寝顔は安らかであるが、近付くとどちらか一方は反応する上に相手によって対応が変わるなど、なおも警戒心は強く分析精度も高いと判明した。尚も褒めたもので、どのようにして連携し、警戒しているのかは未だ不明である。

 そして今回のような、安全な場所でケイトと、信用を置く人間と3人以上で眠る場合はやたらと無防備になり、寝相が一気に悪くなる。警戒心はけの字も失くなり、それをいいことに猫も杓子もアトレイシアにちょっかいを出し遊び道具にするのだった。これが兵士たちの病気の種のひとつとは何とも馬鹿げた話である。もしも全員無事完治出来たなら笑い話になった事だろう。

 ヤンコフスキは、ここでいくらか複雑な心境に浸ることとなった。昨日、病死したヘルツフェルトを埋葬したばかりである。ホバーラが内証で人間を里に入れていた事は知らぬ話なので、ヤンコフスキにとっては自分とたった二人、獣人の里に足を踏み入れた人間であり、同じものを目にし、同じことを思い、共有した貴重な部下であった。

 皮肉な事に、彼を死に追いやった病の感染経路は明確で、眠っているアトレイシアにちょっかいを出し噛まれたことであった。かのアトレイシアチャレンジに失敗したのだ。ヤンコフスキは戦闘団の将兵を苦しませている風土病の流行には獣人たちが起因していると伝えられていたので、直ぐにこれに思い至った。当然アトレイシアは気付いていないとして、ヘルツフェルトは気付いていただろうか。特に何か言っていたという話は聞かない。

 その点の確証は何処にもないが、しかし彼は気付いていたと、ヤンコフスキは感じ取っていた。敢えて言わなかったのだと、それを心の中で感謝している。

(そういえば、さっきルドヴィクが噛まれていたような気がするが、大丈夫かな……)

 今更ながら心配の種が芽吹いてしまった。いや、まず心配すべきは自分の身なのだが。

 さて、現在ヤンコフスキは畳んだ上着を枕にしているのだが、ゆっくりと這い上がるアトレイシアはそれに顔をくっつけて止まった。もしもヤンコフスキが思春期の少年だったならこの辺りで思考回路がイカれていたことだろうが、そんなことはない。鼻がひくついている事に気付いて危機感を覚える程に彼は落ち着きを保っていた。そして、左手で服を引っ張ってアトレイシアから遠ざけた。

 すると、アトレイシアは上着を追い掛けるようにヤンコフスキに頭突きを繰り返した末、ぼんやりと目を開いた。彼女の金色に輝く大きな瞳としばし視線が交差したが、どちらも無言のまま不思議な時間が流れた。

 ケイトとアトレイシアは、何を考えているのか判別に困る目で人を見つめる。この好奇心を感じさせない瞳は、ヤンコフスキからしてみれば同じようで違うものであった。大概のところケイトはあれで相手の意思を読み取り理解しようと努めているが、アトレイシアは敢えてそうしない。

(二人には内面に差がある。いま、アトレイシアは自分を見ている。ただそれだけで、外面だけを受け取ってしまえば、後は特に何も考えていない)

 それは、アトレイシアがヤンコフスキという人物を友人として認めている証拠である。相手の内面に触れることで関係に悪影響を及ぼすのが嫌なのだ。ヤンコフスキはそこに至るまで彼女の内面を察することはできなかったが、彼女なりの好意的な心情の表れと受け取ることはできている。それは物言わぬ動物から親愛の情を感じ取るようなもので、ヤンコフスキはそれで満足であった。

 頭を撫でてみると、今日もアトレイシアは大した反応を見せない。表情はそのまま、控えめにしっぽを振るくらいである。ケイトは首の傾きとわずかながらの表情の変化で応えるが、しっぽは振らないので、これも対照的である。ヤンコフスキの目には、アトレイシアは人にかまってもらえるのが嬉しく、ケイトは人、特に人間に触られる事に慣れていないと見えた。

「……気分、悪い?」

 ようやく口を開いて発せられた言葉は、そんな当たり前な質問であった。

「うん。気分は悪くないが、体調は最悪だな」

 ヤンコフスキは目を開けていることが辛く感じてきていた。頭も身体も鉛の如く重い。全身に力が入らなくなってきており、それこそぎこちなく腕を動かすだけで精一杯なのだ。そして、ここにきてようやく自分の身が心配になって来るのであった。

「大丈夫? リュイナが凄く苦い薬をくれるから、それ飲んで元気になってね。おやすみ」

 それだけ言って、アトレイシアはずりずりと下がっていった。さり気なくケイトに毛布を掛け直すところが、見つめるヤンコフスキにはまた嬉しい。。

「凄く苦い薬というのが気掛かりだが、有難う。頑張るよ」

 要らぬ一言の混じった、何とも微妙な励ましの文句だったが、ヤンコフスキはそれを快く受け取って、今度こそ深い眠りに落ちていった。

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