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アトレイシアともう一度  作者: 長原玉乙
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       *       *


 エクリナが立っている。

「シェリナ、調子はどう?」

「え? ……まあ、まだ大丈夫」

 あれ? なんだろう、違和感が。こんなエクリナ久しぶりに見る気がする。

 いや、よく遊んでくれるし、優しいし、いつも通りだよね。

「シェリナちゃん、おなかすいてない? みんなで一緒に食べようよ」

 エクリナがわたしの背後を指差すから振り返ってみると、山盛りのお肉がわたしの視界に飛び込んだ。

 その周りでわたしを待つ友達の顔に懐かしさを感じる。しっぽを振って、目を輝かせて、いつもと変わらないのになんでだろう?

 見るからにいい肉。でも、なんの肉かな? 美味しそう。

「いいの?」

「いいよいいよ。――ほらこれ、シェリナちゃんが好きなところだよね?」

「ん。ありがと……」

 やった、ニンゲンの手だ。親指の付け根の辺りが凄く美味しくて好き。いただきます。

太腿ふともももあるよ」

「ん」

 美味しい。

「もぐもぐもぐもぐ……」

 美味しい美味しい美味しい美味しい美味しい美味しい美味しいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしい……。

 ――うん? 何処かで悲鳴が聞こえたような……。

「――めろ!」

 あ、まただ。悲鳴と言うか、何か喋ってる? だんだん大きくなってるけど、誰だろう?

「頼むからちょっと、なんとかしてくれ!」

「……アトレイシア、食べたらだめだ」

 あっ、ケイトの声だ。

「シェリナ、行っちゃうの?」

「うん。ケイトも大切な友達なの。ごめんね」

 

 口の中に血の味が広がってる。頭をべしべし叩かれてるのもわかる。

「こら、ペッしなさい! そろそろ本気で不味いから!」

「いたい。叩かないで」

「君が噛むからだ!」

「きゅぅん……」

 目を開けると、寝ながら腕を噛み付かれたローゼンシュトックが涙目になりながらもう一度わたしの額を叩いた。

「この野郎は美味しかったかい?」

「うん。――あ、ごめんね。痛いよね」

「こんなに激しいキスは産まれて初めてだ、こいつめ」

 ローゼンシュトックは無事な方の手でわたしの頬を摘んで、ぐいぐい引っ張った。結構痛くて、ぼんやりしていた意識が冴えた。

 夢の中だったからスルーしちゃったけど、エクリナたちがあんな風に話してくれたのなんて生きてたときのことだ。懐かしいな。よくわたしを笑わそうと、遊んでくれた。

「この顔で人食べちゃうからこえぇな」

「アトレイシアチャレンジなんてしてるから味を覚えられたんだよ」

 パデレフスキはお前が悪いんだと言わんばかりに、ローゼンシュトックの頭をひっぱたいた。

 アトレイシアチャレンジはここのニンゲンのたちの間で行われている度胸試しで、眠っているわたしの唇に指を当てているとわたしが無意識に噛み付こうとするから、噛まれないギリギリまで我慢して、噛まれる前に手を引っ込める遊び。 わたしがお酒に酔って寝入ったときにふざけて顔をつついていた誰かが噛まれたことが始まりらしいけど、人を勝手におもちゃにするな。

「ニンゲンって、塩味が効いてて好き」

「おお、こわ」

「次にアトレイシアが隣で寝るときはな、もっと美味しくいただけるように、お前の口にバター塗っといてやる」

「んー、想像するとそれ、あまり悪くない。――でもアトレイシア、お別れのキスにしないでくれよ?」

「食べないよ」

 どんなに酷くても齧るだけだよ。まえ、ベッジのこと噛んだことあるけど生きてたし。あんな無意識に食い殺してもおかしくないやつでも生きてたんだから。齧るだけ、齧るだけ。

 怖がらせちゃったかも知れないけど、冗談を言って気にしていない風に装ってくれるローゼンシュトックとパデレフスキ。一方ケイトもほっとした様子で、わたしに優しい視線を送ってくれた。

「アトレイシア、お腹が空いているのか?」

「ん。でも、いまはケイトとこうしていたい」

 リンゴは美味しかったけど、胃袋を満たすには1個じゃちょっと足りない。

 ローゼンシュトックの腕を放してケイトに抱き付くと、ケイトは嬉しそうに頭を擦り付けてきた。眠気のせいかいつもより頬が緩い。

「ほんと仲良しなんだからこの子たちは」

「よーし、アトレイシア、噛み付いてくれた分しっぽくらい触らせてもらおうか」

 そう言っている間に、ローゼンシュトックはひとまず噛み跡に布を巻き付けて止血して、わたしのしっぽを抱えてほっこり幸せそう。

 わたしとケイトの場合一声かければこのくらいのスキンシップは無視してもらえると、みんなよく触ってくる。間違ってリュイナとかリティアを触って荒事に発展させるよりましだし、あんまり気にはならない。

 でも、しっぽって触られるとぞくぞくするから、ちょっと苦手。ほんとはあんまり触っちゃ駄目。

「おい、そろそろ時間だぞ。――って、おい」

 どうやら起床時間が近付いているらしく、アウルコヴィッチが二人に声を掛けた。すると一緒の毛布に潜り込んでいた誰かが好機とばかりにごろごろ転がって、毛布を全部ひったくった。かすかに聞こえた声的に、あれはハンナかな。

「少しだけだよ。――はーっ、温かい。獣人はおれたちより体温が高いんだ。だから冬場はこうするのが一番だ」

 話のどさくさに紛れてケイトの頭で指先を温めていたパデレフスキが、とうとう後頭部に頬を埋めた。

 本当のことをいうとわたしが何も言わないからケイトも合わせてくれているだけで、ケイトは内心穏やかじゃない。ニンゲンとまともに交流したことのないケイトとしては会話もろくにしていない相手に身体を触られるのは気になるらしい。

 わたしとしてはニンゲンたちが寒い中少しでも温もりがほしいと思うのも仕方ないし、お酒に酔った拍子にでも気の迷いを起こしたようなやつはお仕置きしていいと言われてるから、いちいち気にすることもないかなと思う。

「おい、朝だ。早く起きてこないか」

「ちぇっ、隊長殿、今日は早くないですか?」

 ヤンコフスキが外から顔を覗かせると、ローゼンシュトックと数人の兵士たちは悪態をつきながら飛び起きた。

足音から察するに、トミオカも一緒らしい。

「今日は早くから騒がしかったからな。さあ、お前たちは動けるだけましだぞ。1分以内に外に整列しろ!」

「ところでヤンコフスキ君、君も今日はやけに顔色が悪いが大事かね」

「そんなことはないですよ」

「いやいや、安静にしていた方がいいと思うな」

「いや、そんなことはない。トミオカ隊長、わたしはあまり病気というものに罹かったことがないんです」

「そう言う割りにはふらふらしていらっしゃる」

「……そうですか?」

「リュイナのところに行けよ。兵たちはおれが見ておくから――ってヤンコフスキ、大尉、大丈夫かね」

ヤンコフスキが突然倒れるものだから、トミオカは慌てて助けを呼び始めた。

「まったく、人のことを起こしておきながら自分はこれだ。そこにアトレイシアとケイトが寝てるから隣に寝かせておこう」

「そんな隊長ばかりいい思いを!」

「リュイナに特注の薬を処方してもらえばいいさ。苦しみもがくよ」

部下たちに引きずられてヤンコフスキがわたしの脇に運ばれてきた。

「……ケイトの隣じゃないの?」

「これなら好きなだけかじっても食べきれないだろう。さ、お休み」

 んー、腕を枕に使って、あとは無視して寝よう。

 あとで意識を取り戻したヤンコフスキは、自分の腕が枕にされているのを見て起き上がるのをやめた。もうちょっと寝ててね。

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