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アトレイシアともう一度  作者: 長原玉乙
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「アトレイシアちゃん、まさかまた道に迷ってたの? 服もボロボロだし、前一緒にいたニンゲンたちは――」

 何かに気付いたリュイナは一度言葉を切り、首を傾げて鼻をひくつかせた。前会ったときはベッジたちと一緒にいたのを見られてるし、ひとりでいるとなれば気にもなるよね。

 ……あのときのリュイナ、怖かったな。

「くんくん。ふーん、美味しかった? ニンゲンたちと一緒にいるのはどうかと思うけど、アトレイシアちゃんはひとりでうろつくのもさ、もうやめた方がいいよ。やっぱりアトレイシアちゃんの隣にいるのはケイトちゃんじゃなきゃね」

「……そうかも知れない。わたしも里にいこうとしてたところだから、一緒にいこ」

「うん。決まりだね」

「ちょっと待ってください! 我々はあなたたちを包囲しました。だからわたしたちを無視しないでください!」

 話の流れに乗ってこの場を終わらせたいと思ったけど、そうは問屋が卸さないとでも言うのか双子の少女が目の前に立ち塞がった。

「槍騎兵の方々を除けばあなたたちは我らがこの地で遭遇した初めての知的生命体、生体サンプルを――いえ、この地の情報を確保するためにも、あなたたちには虜となってもらいますよ!」

「あなたたち何? アトレイシアちゃんの新しいお知り合いさん?」

 見知らぬ出で立ちを多少訝しみはしてるけど、ニンゲンはニンゲンだからリュイナは敵愾心むき出しになっている。怖いもの知らずな双子は揃って「ふふっ」と笑ってよくぞ訊いてくれましたと素直に受け取っているようだけど、相手が明らかに不機嫌なことを少しは気にしてほしい。

「自己紹介を済ませておきましょう。わたしたちは天下に名高き……と思いたい稲荷坂家の天才美少女双生姉妹、姉の唄華うたげ!」

「妹の末莉まつり!」

 「ウタゲ」と「マツリ」、名前を言われても外見が似過ぎてて区別がつかない。

「そして、ここにあらせられる泣く子も黙る槍騎兵の方々は……取り敢えず隊長さんどうぞ。他の人の名前は各自に直接訊いてもらうこととして省略します。数が多いですし」

 姉の方、話してる途中で言葉が変わった。声に出せばどんな言語も伝わるこの世界ではあまり意味がないけど、2つの言語を扱えるらしい。

 まあ、わたしもケイト相手には使う言葉合わせるし、無意味とまでは言わない。母国語って大事。いい配慮だねウタ……いやマツリだっけ。こっちが姉だから……ウタゲだ。ややこしい。

「部下が完全に脇役のようになって嫌だが、まあいいか」

 騎兵隊の隊長はそう言いながら馬を降りてわたしたちの前に立ち、右手の人差し指と中指を揃えて、額の脇でビシっと構えた。なんだろうこれ。敬礼?

 そんなことよりこのニンゲン、身長がもの凄く高い。わたしたち獣人が小柄なせいもあるけど、乗っている馬も周囲より若干ながら大きいし、やっぱり結構なのっぽだ。2ゼールと20ユール(約190センチ)くらいかな。

「何故敬礼を?」

「君たちが無礼だからだよ。挨拶もなしに取り囲むのは失礼だ。だから礼儀を見せたというわけさ」

「子供を前に堅苦しいですよ。ただでさえ立派な体格をされているのですから、それでは萎縮させてしまいます」

「目線の高さをを合わせるといいですよ!」

 この姉妹、その子供を突然包囲して捕まえようとしてた癖に何いってるの?

 隊長も眉をひそめてそれはないだろって顔を見せた後、わたしたちに向き直って膝をつき笑顔を見せた。なかなかハンサムで優しそうな顔してる。

「はじめましてお嬢さん。わたしはイェジィ・ヤンコフスキ、ポーランド陸軍大尉だ。早速だが、少しお話を聞かせてもらっていいかな? 恥ずかしながら道……というより路頭に迷っていてね」

 うん。まともそうな人。でも、人に助けを求めたいなら少しは同伴者の暴走を止めようとしてほしかった。減点。

「他をあたってください。――いこう? アトレイシアちゃん」

「あ、リュイナ待って。たぶんこのニンゲンは悪いニンゲンじゃない……と、思う。うん……たぶん」

「「何故怪しいものを見る目でわたしたちを?」」

 大丈夫かなこの二人。

 うーん、獣人に対する嫌悪感とか欠片も感じないからなんとかなりそうな気もしなくはないけど、ニンゲンに対するリュイナの沸点低いからな……怒らせたら庇い切れない。

「えっと……ヤンコフスキ、わたしはあなたたちと似たような人たちを知ってる。それにこの辺りは危険だし、ついてきていいよ。この世界のことは歩きながら話すから」

「そうか、ありがとう。礼を言うよ」

 不安は山積みだけど、放っておいちゃいけない気がする。何故かはわからない。ニンゲンの生き死になんてどうでもいいっていう感覚より強い、ここで助けなきゃいけないっていう直感を信じる。

 そうしてまた、わたしはニンゲンたちと行動をともにすることにした。我ながら自分は馬鹿だと思う。……リュイナの目が怖い。


「――それで、あの人たちどうするの? シェリナちゃん。何かに考えてるよね?」

「……その呼び方、やめて」

 ヤンコフスキの提案で小休止を取ることになった途端、リュイナに引っ張られて場を外すことになった。まだ困惑7割憤慨3割程度だから命の心配はしなくていいだろう。

 でも、リュイナはあえてわたしを本名で呼んだ。まだそのときにはなっていないけど、わたしに揺さぶりをかける目的で「シェリナ」と呼んで、感情的にさせようとしてる。

 わたしのことをその名前で呼んでほしくない。その名前は、下手に誰かに聞かれたら懸賞金目的でニンゲンが群がりかねない厄介な名前だ。

 わたしは生まれてから、ニンゲンの貴族の養子になって、家を追い出されるまではシェリナだった。家を追い出された原因は、ニンゲンとわたしたち獣人との間で戦争になったから。戦いが終わるまでは保護してもらえてたけど、戦争に協力してたからお目溢しされてただけで、終わってしまえば獣人を匿う危険分子になり下がり、結局は家の方が大事だからわたしはポイ。

 高名で強い権力のある貴族の養子だったせいか、しばらくは懸賞金付きのお尋ね者にされていた。その後一時期、同胞の住む隠れ里で暮らしていたのはそのせいでもある。いまは何処かの誰かの死体がわたしのものと勘違いされたおかげで付け狙われることも失くなったけど、下手に名前を誰かに聞かれて生きてるなんて言われちゃ困る。

 そして何より、わたしはわたしにその名を付け、ニンゲンの養子に出した父親が大嫌いだ。だから名前もそんなに好きじゃない。ただ、友だちとの思い出があるから捨てないだけ。

「やめないよ。シェリナちゃんはシェリナちゃんでしょ? わたしはシェリナちゃんに訊いてるの。あのニンゲンたち……どうする気なの? 目を見て答えて?」

 口調はまだ優しい。でもその眼光は、わたしの本心を見定めようと鋭い輝きを放っていた。

「あの人たちはこの世界のニンゲンとは違う。だから、助けてもいいかなって、思っただけ」

 実際のところ、数日前ならこの危ない友人の見てる前でこんなことはしなかったと思う。ヘッドとの出会いと別れが、わたしの心に変化を与えている。

「どういうこと? 住んでた世界が違ってもニンゲンなんてみんな一緒だよ。あんなに酷い目に遭ってきたのにどうしてそんな風に思えるの?」

「……わたしも、ニンゲンは嫌い。でも、その……いまはニンゲンがみんな悪い人ばかりだなんて、思いたくない。そんな風に思ったら、わたしたちまでこの世界のニンゲンたちと同じになっちゃう」

「そんなことないよ。ニンゲンはみんな、すべからく悪い奴、信じようとか助けようとか思っちゃダメ。きっといつか裏切られて後悔することになるの。わかってるよね?」

 数日前ニンゲンに裏切られたばかりのわたしには耳が痛い言葉だ。

 でもヘッドは、ヘッドは最後までわたしをかばってくれた。それにみんなわたしが獣人で異種族だからわたしのことを拒んだわけじゃない。善良で、命の重みから目を背けることができなかっただけ、間違いを犯したのはわたしの方だったのだから。

「シェリナちゃんお願い、もうあんな奴らと関わるのはやめて二人でみんなのところに帰ろう? シェリナちゃんが面倒見てあげる必要ないよ」

「ダメ。わたしは、わたしを苦しめたニンゲンたちと同じになんてなりたくない。あの人たちが困っているなら助ける。種族なんて関係ない」

「……シェリナちゃん。シェリナちゃんは、そんなのだから、騙されるんだよ。もうやめてよ。わたしシェリナちゃんが傷付くところなんてもう見たくないのに……」

 背筋に寒気を感じた。

 胸の前で手を握り締めて、うつむいて動きを止めたリュイナの中で確かにいま、何かが変わった。わたしは目測を誤っていたのか。

「……ねえ、わたしの言うことを聞いて? お願い、シェリナちゃん……」

「…………」

 切り返しに困った。リュイナは怒ってるわけじゃない。でも、始まっている。

 リュイナが背負っていた荷物を地面に下ろした。そして棒立ちするわたしの脇を通り過ぎ、背後からわたしの耳元に口を寄せた。

「どうしても、ニンゲンたちと仲良くしたいの? そしていつかは、本当にシェリナちゃんもわたしたちの敵になっちゃうの? どうなの?」

「あのニンゲンたちは敵じゃない。全てのニンゲンが敵だなんて思ったら、だめ」

「信用できないよ、あいつらだって。……ねえ、もう一度だけ言うよ。わたしの言うことを聞いて。そうしないと――」

「刺すの?」

「うん」

 たぶん手に握っているのは包丁だろう。リュイナは他に刃物を持ち歩くことないし、わたしたちは人を刺した包丁で料理を作るのも気にならない。

「わたしひとり死ぬだけなら、それでいいよ」

「あいつらも殺しちゃうって言ったら?」

「リュイナも一緒に連れていく。だからやめて。お願い」

「…………」

 背中に冷たいものが触れた。幼馴染相手でも震えてすらいないのは素直に感心する。

「リュイナ――」

「いいよ」

 リュイナの手に握られた包丁が、身体から離れていくのを感じた。一気に空気が軽くなったようにも感じる。

「あいつらだけが助かるのも癪に触るし、シェリナちゃんが死んじゃったらケイトちゃんますます落ち込んじゃうし、いまのところはシェリナちゃんの好きにしていいよ」

「……うん。ありがと」

 「ごめんね」と言わずに済んでホッとした。リュイナの別の道を選択していたら、いまから5つ数える内にでも、少なくとも片方は死ぬことになっていたはず。流石にこの危険人物に背後取られてる状態から勝てるか自信ないからね。

「でも、その代わり、そのときが来たら文句言わないでね?」

「ん」

 これでまた、ひとまずは安心……だけど、背中が痛い。絶対ちょっと切れてるよこれ。正直な気持ちとしては止まるならもう少し手前で止まってほしかった。でも怖いから文句言えない。

「じゃあ戻ろっか、アトレイシアちゃん」

 振り返るといつも通りのリュイナがそこにいた。それを確認してもう一度「ん」と返すとリュイナは笑顔まで見せながら荷物を取りに戻り、わたしたちは並んで歩き始めた。

 本当に死ぬかと思った。平穏が戻った。

 ……いや、違う。

 平穏はつかの間、両耳が異常を察知した。

「待って、リュイナ」

「アトレイシアちゃんも聞こえた? 気乗りはしないけど、いってみよっか」

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