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――さて、アトレイシアたちが眠りについたその頃、パートリッジのテントを離れた唄華と末莉の二人は、獣人族の族長たちと会合の最中であった。
「ほう、パートリッジがそんなことを……」
「あやつらに気付くとはやるのぉ。アトレイシアでも気付かなかったのにの」
「さ、最近、あの子たちの出入りも増えましたからね……」
「本当にいるんですか? 獣人って案外恐ろしいですね」
パートリッジから話を聞いても半信半疑だったが、いざ事実と知ると、唄華と末莉はショックである。獣人たちと日常的に関わりを持つようになりそれなりに理解しているつもりでも、彼女たちは時折一枚上手な一面を見せた。
「ふふ、だからこそ生き残ったのだ。だが、やはりパートリッジは厄介だな。いろいろと嗅ぎ回ってくれる。なんとかしたいな」
「もう少し交流を増やしては? 皆さんもお忙しいのは承知ですが、トップが不仲では今後の活動の円滑さに欠けますよ。互いの不信感を払拭すべきです」
「それもそうだが、やはりここは誰か送ろう。そもそもあのニンゲン、元の世界で何をしていたかは知らないが、周囲にキツネの怨念が漂っていて気に入らん」
パートリッジはジェントルマンであり軍人である。毎年キツネ狩りのシーズンになれば喜び勇んでキツネ狩りを楽しんでいただろうということは想像に難くないが、それを言っては彼へのキツネ亜人からの信用は失墜することもまた容易に想像がつく。そのため唄華と末莉は暗黙の了解のもとにレンカの発言を聞き流すことにした。
パートリッジがやけに獣人を恐れるのは、これも一因なのだろう。ただでさえ人間に恨みを持っているキツネ亜人に、元いた世界での趣味はキツネ狩りでしたなどと知られたら、どのように未来を閉ざされるかわかったものではない。
「リュイナが適任じゃろう。しょっちゅう薬をとどけておるからの」
「賛成です」
「あ、あの……?」
もっとも、キツネに恨まれていることに関してはレンカを始め数人の獣人には見通しだったため、少なくともあの紳士、好かれてはいない。彼女たちは、今度はパートリッジを自分たちの遊び道具にしてやろうと、ときたまあれこれと思考をめぐらしているのである。
話の内容が怪しくなってきたことに双子が危機感を覚えたと見て、レンカは妖艶に薄ら笑みを浮かべた。
「お前たちもいろいろと良くしてくれているが、知ってはいけないことを知ってしまったな。パートリッジが如何にあいつらの事について調べを付けたか知らないが、お前にとっては不幸な結果になってしまった」
「……えーっと、これって逃げた方がいい状況なんですか? そうですよね。天才の頭脳を発揮するまでもなくわかります。――お邪魔しました!」
「逃がすか!」
フウカが年齢を感じさせない機敏な動きで、がっしと唄華を羽交い締めた。歳は取っても身体は若いのだ。若いと言っても痩せていて非力そう見えるが、肘裏にリンゴを挟み込み押し潰す程度なら軽いので、見かけ通り非力な唄華では逃げようがない。「ぐぎゃーっ!」と汚い悲鳴を上げることが精一杯である。
「ああっ! お姉さま!?」
「乱心乱心! 天才たるこのわたしを一体どうするつもりですか!? ――あ、チャニさん、この人たちを止めてください! わたしがいなくなればこの世界は間違いなく滅んでしまいますよ。みんな死んじゃいます!」
脅しめいた懇願に、チャニからはぴらりと一枚の紙が返されたのだが、今日はいやに力強く達筆である。既に獣人語を修得している二人はひと目でそれがわかった。『おなかがすきました』との事である。
「あ、食われる!」
そうこうしているうちに背後に回り込んだマルティナが末莉にじりじりと詰め寄ると、末莉は「ふぃふゃぉ~ッ!」と謎の悲鳴を上げて羽交い締めにされている唄華の腰にしがみついた。これでは万事休すである。非力な二人が、この獣の如く豹変した獣人――我ながら何を言っているのかややこしい――の魔の手から逃れるには、強力な助っ人の登場を願うしかないのだ。
「「だれかー!」」
「……何をしているのですか?」
「あっ、ホロビさん。後生です、助けてください!」
双子の危機を察知したかのようで、実際は何か話でもあるのか偶然通り掛かっただけであろう。ホロビがひょっこり顔を見せ面白そうに訊ねると、レンカは手で怪しげな呪符をひらめかせた。
「ホロビさん、この人たちを止めてくだ――ちょっと、なんで笑っているんですか!? なんで凄く楽しそうなんですか!? さては暇人ですね!?」
「ホロビ、いいところに来たな。暇だったからウタゲとマツリで遊んでいるんだ」
「まったく、仕事してくださいな。遊ぶならこの札も使ってみてください」
「さらっと乗っからないでください! ――って髪がマゼンタになってる!?」
頼れる(?)人物の登場に喜ぶのも束の間、自慢の黒髪ストレートロングが目に痛いピンク色になったことに更なるショックを受ける末莉であったが、彼女にしがみつかれている姉は、同じく自慢の髪が毒々しい色合いの蛇に変わったショックで気絶している。
「あら、似合わないわね」
「でしょうね! 遊ばないでくださいッ!」
「安心して。わたしは割りと忙しいから、直ぐ帰るわっ」
言葉の最後にウインクを付け足し、レンカに書類を数枚手渡し何やら耳打ちすると、さっと踵を返し退室を図るホロビ。そんな彼女を、末莉が慌てて呼び止めたのは言うまでもない。族長たちが戯れで自分たちを拘束していることに気付いてはいるが、獣人の遊びが如何程の倫理観のもとに行われるのか定かでないことは恐怖であろう。
「いま直ぐこの人たちからわたしたちを救い出す仕事はいかがですか? 特別手当付けますよ」
「あら、そう? ……んー、あなたたちじゃ肉付きが悪いから、あまり気乗りしないわね」
「食べていいとは言ってないです! あ、噛むのも駄目ですよ。我々はか弱いので!」
「冗談よ。手当なんてニンゲンくさいものは獣人には通用しません」
そう言いながら拘束されている姉妹のもとまで戻り、ホロビは末莉の両頬を指先で摘んだ。頬の肉は薄いが、ハリがありもちもちとしている。
「では、助けていただけるのでしたらご褒美にジャーキーあげます。ちょっとお高いやつです」
「言い方を変えたってそうはいかないわ。それに、いいんじゃない? 獣人の族長とお戯れなんて、ニンゲンにとってはレアな体験よ」
「そこで生涯が終わるんですからそりゃレアでしょうよ!」
そんなやり取りをしている間に、末莉の髪形は天を衝かんばかりの見事なドリルヘアーになってみたり、戦車の砲塔になってみたりと、族長たちの好き放題に弄られていた。
動ける者は誰も彼も戦闘団のために動き回る中、ご覧の通りに族長たちは暇を持て余している。戦闘団は獣人の主力であるキツネ亜人の負傷と、人間たちの間で流行している病気、そして物資の不足から機能不全を起こしており、この地を領土とするベーレーレン王国及び周辺領主、商人を始め各職業ギルドへの政治的なアプローチを強めているが、これら亜人への差別意識の強い組織との交渉は人間が行う方が円滑で高効率のため、彼女たちの出番は制限されている。
そして、同じ獣人たちによる探索活動や雑務への参加は族長という肩書により制限されており、とにかくデンと居座っている事が望まれている。動き回られると事務的に不都合が多く、特には各会議で書記を務め、ヘッドたち101隊との連絡役をこなすホロビにとって、族長の不在はご勘弁な話である。
これでも先日までは東の城壁――戦死した獣人の名を借りて改名しようとしたが、了承を得られなかったため、パンターラインと呼ばれた――を越えて侵食された土地の再生を行っていたが、大半の地域の侵食度合いは軽度であったため、短期間で済んでいた。
「族長たちが遊び相手を探している時に顔を出すからいけないのよ。まったく、ニンゲンさんたちは揃って毛布に包まっている癖に、頑なにこっちを頼ってくれないんだから」
「できればリュオンや中央プライトまで浄化に出向きたいところじゃが、土地を再生したところで確保してくれる戦力はいないし、直ぐに次の群れが来て浄化からやり直しじゃ埒が明かぬ。だから憂さ晴らしがしたくて堪らぬのよ」
現状、前線ではタナトスの侵攻速度に対して侵食が追い付いおらず、速やかな土地の奪還は戦略の要点である。完全に侵食された土地は瘴気を発し、部隊は行動できず作戦できないため、前線部隊は妖獣人を随行させ土地の浄化を行いつつ機動することも考えねばならず、それ以前の段階で奪還することで労力と時間を削減できることは言うまでもない。
妖術人たちはその点を理解し先んじて浄化作業を進めているが、軍との連携無しにはタナトスの勢力圏にさして踏み込めず不満が溜まっている。これでも、やるべきことはやれる限りやっているのだ。
「お前たち、しばらくベーレ―レンの王都へ行き不在になるのだろう? 退屈になるからいまのうちに遊ばてくれ」
「王都へ向かわれるのはお姉さまだけで、わたしはここに残りますよ?」
「うん? そうなのか?」
「そうなのです! ですからわたしたちを開放してください!」
レンカは自分が早とちりしていることを指摘されても少し迷う素振りを見せた。
「……うむ。いいだろう、そろそろ満足していたところだ。ここまでにしよう」
「うんうん。楽しかったぞ」「驚かせてしまってごめんなさい……」
茶目っ気のあるフウカは素直に楽しんでいたが、二人に乗せられた形のマルティナはもじもじと申し訳なさ気にしている。
「ご満足いただけたようでしたら何よりです。――お姉さま、起きてください」
「う、うーん……末莉、ヘビが、ヘ――はっ!」
意識を取り戻した唄華は慌てて自分の髪を確認し、ほっと胸を撫で下ろした。
「メドゥーサになったかと思いました。傲慢な美少女でごめんなさい。どうせなら獣人にしてください」
最近は頭から獣耳を生やしていることも増えたが、まんざらでもないと思い始めている。末莉の方は毎日変化の札を使っているのだ、やはり姉妹一緒の姿の方が良い。
「驚かせて悪かったな。わたしたちは、今日のところは暇が多くて困っているのだ。ここ数日も退屈な仕事ばかりで不満だよ。それに見ろこの書類、何処かの主婦からの苦情だ。物価が高過ぎて何も買えないというのはわかるが、毎年不作で備蓄もない? 米をくれ? 知るか乞食め、紙を無駄遣いするな」
辛辣に罵って紙を灰に変えると、それですっきりしたらしく、レンカは笑みを見せた。「見ろ」と言っておいて見る間も与えず焼却してしまったと気付いたのはそれからである。
「そ、そうですか……それなら、何かしたい時に「手伝う」と言うから遠慮されるんです。「付き合え」と言えばいいんですよ。報告を受けるなら誰かひとり残しておけばいいと思いますよ」
「なるほど。今度試してみよう。――パートリッジの件にはフウカ族長、リュイナに知恵を貸してやってもらえませんか?」
「任せておけ。あの子は可愛い弟子じゃからの」
フウカ族長はリュイナの薬学の師である。英国軍兵士の分の薬は彼女の煎じたものを服用してもらうつもりだったが、リュイナが率先して自分の作った不味い薬でニンゲンたちが苦しむ姿を見たがったため、フウカ族長の作った薬は在庫に回されていた。
「この儂のとっておきを混ぜることで、副作用無しで薬効を高めることができるのじゃ。酷く臭うようになるから飲み込むには更なる苦痛を味わうことになるがの」
「む、フウカ族長? それは――」
こんなこともあろうかと腰に下げていた小壷の紐を解くと、腐敗臭のような強烈な悪臭が周囲に撒き散らされた。
「わーッ! ここで開けるな!」
「ほーれ、退屈しのぎにこれでも食らうがいい」
「洒落にならないぞ! 寄るな妖怪タヌキめっ、やめ、ちょ――」
「……お姉さま、行きましょう」
「そうですね」
やはり今日も、スズリカを除き、族長たちは割りと平和である。




