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「「よーいしょ、よーいしょっ!」」
横倒しになった戦車の車体がゆっくりと持ち上がっていく。でも、腰の高さまで持ち上がろうかってところで動きが止まった。
「おーもーいーっ!」
「引っ張れー! そーれっ、そーれっ!」
「エーラのばかーっ!」
太陽も昇っていないうちから起こされて重労働をさせられることになった兵士たちには同情する。わたしたち力は強いけど身体は軽いから、体重をかけて重たいものを扱うのは苦手。兵隊さんはいまこそ男らしさを見せるとき。
「あーっ、駄目だ。降ろせおろせ。足を挟むなよ」
数秒粘ったところで断念し、戦車は再び寝そべった。砲塔が引っこ抜けてるのが情けなさに拍車をかけてる。
「戦車で引いた方が手っ取り早いのでは?」
「それじゃ燃料が勿体無いだろう。もっと安上がりな……そうだ、槍騎兵から馬を借りよう」
「ふざけるな。騎兵隊の馬は農耕馬じゃないものでね、我々としてはこれ以上馬を酷使しないでいただきたい」
「そうだ。引き具を付ける練習から始める気か」
「じゃあもう諦めよう!」
兵士たちは早々に諦める雰囲気になってしまった。こうなると獣人は歯止めが効かない。
「まだまだ! みんな引けー! もう少し持ち上がったら風の術で下からぶわーっと!」
「そりゃあ無理があるだろう!?」
「やってみなきゃわかんないだろ! 妖獣人集まれーっ!」
言われたと通り引っ張ってるけど、取り敢えずいったん手を離したい。もう諦めようよ。もう諦めてよ。
「わたしたちの出番のようですね」
その言葉を待っていましたとばかりに、何処からともなく妖獣人たちが集まってきた。
「5人もいれば大丈夫でしょう。もういいですから危ないので離れていてくれませんか?」
「だいじょーぶ! やっちゃって!」
「いやいや……」
集まってくれたのは妖獣人の方のヤコア、センカ、野次馬に混じっていたタヌキ亜人のチョウカ、チョウキ、チョウレン三姉妹。
「難儀なことよ。しかし、同胞に降り掛かった難を捨て置くのも忍びない。――チョウキ、チョウレン、我ら三姉妹の力を持ってすれば容易いことぞ! むむむぅ……っ」
チョウカは早々に呪文を唱え始めた。もう離れていようかな、術に巻き込まれたくないし。
「そうですね。彼女たちなら大丈夫です。そーれっ」
「「わーっ!」 」
ぶわっと風が吹き上がって、戦車に取り付いていたわたしたちが飛んだ。 結局わたしも逃げ切れずに天高く、上へ上へ。どうにでもなれ。
「あれ? おっかしいなぁ?」
「おかしいのはエーラちゃんだよぉ! このお間抜け!」「おちるーっ!」
わたしたち何やってるんだろう……?
――あ、朝日だ。
「落ちてくるぞ!」
下でニンゲンたちが慌てているけど、わたしたちからしたらこのくらいどうってことない。眩しい光に目がくらんで着地が危なっかしくなったけど誰も怪我はしなかった。
一応戦車の方も上手くいったようで、ちゃんと2本の履帯で地面に構えている。
「やったぞ! 万歳! 万歳!」
「これぞ神業。有り難やありがたや……」
槍騎兵たちとエルンヴィア兵が拍手を贈り、ニホン兵たちは妖獣人の5人にぺこぺこと頭を下げては手のひらを合わせて念を贈った。
「ややっ、恥ずかしいなぁ! 兵隊さん方、拍手ありがとうございます」
「わたしたちにとってはこの程度大したことありません。どうかその辺でお許しください」
「我ら姉妹の結束を持ってして、起こせぬ奇跡があるだろうか。いやない!」
妖獣人の人たちは、術が得意と言ってもこれまでこうしてニンゲンから喝采を浴びることはなかったからか、誇らしさと恥ずかしさがまぜこぜになって戸惑っているらしい。タヌキ亜人の三姉妹は長女のチョウカが調子に乗って、妹さんたちもそれに付き合って後ろで得意気な顔をしているけど、キツネ亜人の2人はいそいそと退散していった。
よし、終わりだ。これでみんな気もすんだだろう。
「疲れた」
眠たくなってきた。でも、眠る前に、朝ゴハンすませなきゃ。それと歯磨き。
「――お、アトレイシアにケイトじゃん。なあお前ら、一緒にメシ食おうぜ」
「ん?」
振り向くと、カトリナが手を振りながら近付いてきた。どういった風の吹き回しだろう。
「……一緒に?」
「なんだよ、わたしとはイヤか?」
「べつに、そういうわけじゃない。ケイトも、いい?」
「ああ。一緒に食べよう」
「よっしゃ、戦車の中にいいものあるんだ。上で食おう。――イルナもどうだ?」
わたしとケイトにくっついたままのだったイルナは、「たべるー!」と元気いっぱいに返して、カトリナと一緒に戦車の上に跳び乗った。
「「いいもの」って……何を食べるの?」
「へへーん、とっておきだ。さっき見付けたんだ。分けてやろう……」
そう言って一度戦車の中に消えると、黄色くて丸っこいものを何個か持って出てきて、手渡してくれた。
「このにおい、多分、外の世界のリンゴだ。食べたことないから味は知らねーけど、美味いんだろ?」
「わ、ありがとう」
確かに、ちょっと大きいけど、このにおいはリンゴに違いない。色味も結構似てる。外の世界にもあるんだ。
「……りんご?」
「ケイト、くだものだよ」
加工されていないくだものは高級品で、里で食べれたものじゃないし、ケイトはリンゴを知らなかった。
「綺麗な色だ……」
「切り分けて食べる?」
「このままでいいだろ――」
「あ、こらカトリナ、またわたしに報告もなしに見付けたものを」
偶然か、さっきの騒ぎが聞こえていたのか、ふらりと現れたヴィリアにカトリナが怒られた。
「げっ、姉御!? 戻ってくるのはもう少しあとのはずだろ……? ははーん、さてはいいものあったな?」
「察しが良いですね。で、それは?」
「まあまあ、ほら、姉御にもやるから」
「そんなもので――って、リンゴじゃないですか。そんな貴重なものを横領するなんて……」
「でも、早く食わないと痛むだろ? ほら、いるなら姉御もどうだ? いらないなら別のやつにやる」
そう言われると言い返しのくいのか、ヴィリアはリンゴを見つめてしばし葛藤。
「……うぅ~、ください」
「そうこなくっちゃな。一緒に食おうぜ。――ほら、お前らもにらめっこしてないで食べろよ」
「ん。いただきます」
「……いただきます」
ひとくち齧った時点でわかった。これは何の変哲もないリンゴだ。普通に美味しい。外の世界のリンゴは一味違うかと期待してたけど、まあ、リンゴはリンゴ。
「ケイト、どう?」
「ん……甘い。美味しいな」
ケイトは純粋に、美味しそうに食べてる。変に期待してがっかりするのも悪いかな。
「へー、これがリンゴか、美味いじゃんか」
「良い品質ですね。このサイズでこの味はかなりいいです」
美味しいけど、やっぱり食べづらい。んー、やっぱり切ろう。前歯でちまちま食べるの面倒くさい。
4つに切って、ヘタのところ切り落として、芯も切り落とそうかな……。
「種、植えたら生えるかな?」
「ウタゲさんにでも渡せば、もしかするかも知れないですね。栽培方法とか知っていそうです」
「いつでも食えるようになったらいいな。おれのもやるよ。たくさん作ってもらって、たらふく食おうぜぇ」
「ん」
リンゴの種は、ひとまずヴィリアに預かってもらった。ちゃんと芽が出て、大きく育ったらいいな。




