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アトレイシアともう一度  作者: 長原玉乙
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「一体どうしたというのですか? 貴方らしくないですよ」

「熱のせいってことにしたいね。……タヌキたちは穏健で組織的にも緩いところがあるが、オオカミとキツネは底知れないものがある。裏切り者は必ず排除されるだろう。わたしたちのことも常に監視してくれるんだ。いまだって何処かでこの話を聞いているよ」

 パートリッジは怯えたような目でテントの中を見回した。獣人たちと出会ってから、時折、ふと何者かの気配を感じる。自分が監視されていることには早くから気付いていたが、最近はそれがエスカレートし、書き物をしている際などには脇に立たれている気がしてならない。

「見えないが……直ぐそこにいる」

「気のせいでは? 感覚器官が優れているので、気を付けないと向こうにその気がなくてもあれこれと聞こえてしまいますよ。言うまでもなく、キツネは耳がいいのです」

「いや、間違いない。外部活動を任務とした、わたしたちの確認していない個体が確実にいるし、その息のかかった人物が里にいたはずだ。人数は分からないが複数人だろう。この間の誘拐事件の発生後に外部の個体が合流している可能性も高い。彼女たちは原始的で野性的であると同時に組織的な監視社会を構築している……」

 その後のパートリッジの声は段々とうわ言のようになっていった。どうやらまた熱が上がっている様である。

「退屈しのぎになればと思ってきてみましたが、やめておいた方が良かったでしょうか?」

「了承を得たい案件があるのですが……解熱剤はちゃんと飲んだのですか?」

 出直そうかと腰を浮かした唄華を、パートリッジは手で制した。

「……あぁ、飲んだとも。すまないね、つまらない話をしてしまった。要件を聞こうか」

「そうですか。では、まずはこれを」

 まず、取り出されたのは獣人が愛用している小瓶で、中には無色透明の液体が揺らいでいた。

「……ホバーラ嬢が?」

 瓶には一枚、文字の書かれたラベルが貼られており、それを見たパートリッジの表情には喜色が滲んだ。書かれている言葉は『petrol』、つまりガソリンである。

「軽油、灯油と一緒に。喜んでいましたよ。まだ製造量は足りるものではないですが、感覚は覚えたのでどんどん作るそうです。勿論、宜しいですよね?」

「大変結構! わたしも踊りたい気分だ。彼女は天才だな……今度お礼をさせてもらおう」

 炭素と水素から炭化水素を生成することから始まった、錬金術による燃料生産が、遂に成し遂げたのだ。パートリッジは自身の熱が上がっていくのを実感した。ホバーラは液体の錬成を不得意としていたが、不断の努力と研鑽を持って見事にそれを乗り越えてくれた。

「錬金術に関しては疎いものですが、あの人は間違いなく素晴らしいセンスを持っています」

「彼女と巡り会えたことは、神が我々に与えた幸運だ。素晴らしい。大変素晴らしい」

「お喜び頂けましたね。――次にこれです」

「今度は何かな……うん?」

 手渡された数枚の羊皮紙をひと目見て、パートリッジは眉間にしわを寄せた。

「これをどうする気だね?」

「この世界の人間に作ってもらいます。手始めにこの国へ、お近付きの印に。連邦加盟国なので直ぐに広まってくれるでしょう」

「獣人たちが何を言うかわからないな」

 手渡された羊皮紙には火器の設計図と、弾薬及びそれに使用する無煙火薬の製造方などが事細かに記されていた。他にも数枚あるが、神聖連邦で使用されているプロティカ文字で埋め尽くされており、パートリッジは解読を試みることもなかった。完全に習得済みという二人の覚えの良さに呆れるくらいである。

「彼女たちも使うことになります。それに貴方たちだっていつまでもエンフィールド小銃が使えるわけではありませんし、外世界からの流入品に頼ってばかりでもいられません。今後は安定した装備品の供給が必要不可欠なのです」

「この国には前装式の滑腔銃、要するにマスケットしかないのです。ペーパーカートリッジを噛んでいる間に全滅ですよ。火薬も黒色火薬ですから、とっととコルダイト(無煙火薬の一種)でも作れるようになってもらいます。幸い隣国には後装式の野砲や、試験段階ながら金属薬莢の製造能力があるようですし」

「そうなのかい? 思っていたより近代的だね。わたしとしては賛成だ。特許取得を忘れないでくれ給え」

 パートリッジの予想に反して、この世界の技術は近代的であった。製造が禁止されているものの、施条銃の発明は350年も前のことで、一部限られた地域では機関車が走り、ベーレーレンの隣国コルトコバでも工業用蒸気機関設備の販売、整備を生業とする企業が存在している。

「それが、特許を取得して資金源にしたかったのですが、神聖連邦にそのような制度はないので、発明報奨金で我慢するしかありません」

「それは残念だ。まあ、兎に角この世界の技術力でもスナイドル銃やブレイクオープン式の銃が作れるのだね?」

「問題ないでしょう。ホバーラさんは成形炸薬弾を1時間で仕上げました。銃工廠が駄目なら錬金術師に頼みます」

「この世界の技術は意図的に発達を阻害されています。恐らく教会のせいでしょうね。実は既にこういった銃の製作はされていたそうですよ。製造は禁止されていますが、いまでも設備は残っています」

 元来女性魔術師を中核とする校正教会が魔術、彼女等の云うところの聖法術の代替となり、価値を落としてしまうような技術革新を忌避しているというのはよく知れた話で、技術者、発明家は教会の顔色を窺いながら、己の技術を世に出す時を待ちわびているのが現状である。言うまでもないが優れた火器も魔術の価値を下げてしまうため、作れたところで世に出ないのだ。

 それでも研究、開発自体が完全に規制されないのは、必要に応じて国から製造が許されるからである。最終的に待ったをかけているのは各国の行政機関であり、教会は自分たちの思い通りになるよう働きかけているだけ、つまるところ非常時を理由にベーレーレン政府が良しと言えば作れる限り何でも作れるのだ。

 ここで、提案された火器のいくつかを挙げておこう。ひとつは変哲もない後装単発式のライフルで、口径はこの世界で広く使用されている単位に合わせ5ユール(約7.9mm)とパートリッジ麾下の英国軍歩兵の使用している№4 Mk.1小銃と比べ若干口径が増しているが、小銃としては常識的なサイズに収まっている。小口径の銃弾ではタナトスの侵食を受けた目標への効力が薄いため、これよりも小さな口径の銃身を使用することもないだろう。

 もう一つ、中折単発式の散弾銃らしき物には、細かい仕様は明記されていない。大量生産の必要があるため構造のシンプルな中折式の採用を考慮したものであろう。

「……これは? 対戦車銃かな?」

「ああ、それはその場の思いつきで付け足した平射歩兵砲です。これがあれば機関銃陣地程度は自力でなんとかしてもらえるはずです」

 歩兵砲は、これも口径をユール法に合わせているが、日本軍が使用していた十一年式平射歩兵砲のコピー品と言って差し支えない。末莉はどうしてこんなものまで記憶しているのだろうか、好奇心を満たすためとしても彼女に必要な知識ではないであろうに。

「砲口装着式の対戦車榴弾も発射可能です。きっと役立ちますよ」

「一部の国で後装式野砲が製造されているとはいえ、ベーレーレンでは製造されている全ての大砲が前装式だし、技術的にはロケットガンの方がまだ適しているのでは――いや、ロケットガンもあるじゃないか。それにピュトー砲まで。何でもいいから作れということだね? しかしだね、ホバーラ嬢が飛び抜けて優秀なアルケミストというだけで、人間の術士は大したことないのではないかね? そうでなければこの世界の科学はもっと発展しているはずだろう?」

 パートリッジとしても、戦闘団で保有しているわけでもないのに何故こうも正確な図面を用意できてしまうのか不思議でならない。

「錬金術は、翻訳上我々の世界のそれと同じものとなっているだけで内容は大きく異なります」

「我々の世界の錬金術はオカルト地味た科学実験ですが、この世界の錬金術は科学を取り込んだ魔術なのです。何ができて何ができないなどと、常識に囚われてはいけませんよ」

 パートリッジは首肯して、納得したと伝えた。つべこべ言っても仕方無い。作れるなら作ってもらえば助かることに変わりはないのだ。見境無く量産されても、各部品と弾薬の規格を統一することを前提とした稲荷坂姉妹の設計案が採用されるのなら、補給上の混乱を回避できる。

「我々は常識に囚われない考えはできても、今のところ超常の力までは備えていません。錬金術、科学者であるわたしたちとしては羨ましい限りですね、末莉」

「はい。お姉さま。本当に羨ましいです」

 材料さえ揃えてしまえば高額の設備投資を必要としない科学実験が可能のため、時間に余裕さえできればホバーラからこの世界の錬金術を学びたいと思う唄華と末莉である。この世界に転移するためにつぎ込んだ資金を思い出すといまでも頭が痛くなるのだ。

「それで、これを誰がこの国の王に届けるのだね? 護衛も必要だろう?」

「わたしが行きます。護衛は領主からの使いも兼ねてハブラさんに頼もうかと。わたしが留守の間、末莉を頼みますよ。可愛い妹なので」

「ハブラか、あの御仁なら安心だね。ウタゲ君も頑張ってくれ給え。発案者の君にこれを言うのもなんだが、これは重要な任務だ。念話が可能な妖獣人を付けよう。困ったことがあれば連絡しなさい」

「はい。では、用が済んだので帰ります。どうかお大事に」

 弱々しく手を振って応えたパートリッジだったが、何故であろうか、あれこれ思い悩んでいたのが嘘のように気分は晴れやかであった。

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