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アトレイシアともう一度  作者: 長原玉乙
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 ハブラ、ヤコアの二人と別れてさらに進むと、テント群手前で背後から物音が近付いてきた。

「えんじんのおとだ!」

「いやっほーっ!」

 砲塔を3つも載せた戦車が猛烈な勢いで突っ込んできて、一切速度を緩めずに急ターンを試みた。そこ下り坂になってるからそんなことしたら……。

「ぎゃーっ!」

 車体がぐわっと浮き上がって、戦車はコケた。幅に対して背の高いその戦車は裏返しになっても止まらず、滑りながら4分の3回転してようやく止まった。

「あー、ビックリした」「楽しかったねーっ!」「あははははっ、最高だったな!」

「コラーッ! 誰だ戦車に乗っているのはッ!」

 当然怒られるよね。

 しかしニンゲンたちが大慌てで駆け寄ってきてやいのやいのし始めてもまだまだ余裕、戦車を見付けたことではしゃいでいる。

「おいおいうっせぇな、こっちは寝てんだぞ……」

「お、師匠。見ろよこれ、戦車だぞ戦車! わたしが運転してきたんだ、ほめろ!」

 傍迷惑3人組の筆頭カトリナが戦車操縦の師ドライブに向かって威勢よく声を掛けて、装甲板をばしばし叩いた。ほめられるわけないでしょ。

「……ああ、今日もお前はぶっ飛んでるな」

 ドライブは小用足にでも行っていたのか手を拭きながら、フラフラとふらつきながらそれだけ言って、白目をむいて倒れた。

「コラーッ! 勝手に歩き回っちゃだめっ!」

 リュイナが癇癪を起こして倒れたドライブを担ぎ上げると、容赦の欠片もない勢いでテントの中へ投げ入れて「ふーっ」と一息つきながら両の手を叩く。たぶんトイレに行ってただけなのに……。

 ちょっと前まで獣人たちと激しく言い合っていたニンゲンたちは、いまでは大半が風土病なるものでダウンしている。この領地での戦闘も一息ついて気が緩んだ途端、外の世界のニンゲンたちは熱を出してバタバタと倒れてしまった。

 そういうわけだから、ハーベス家の手の人たちにペスティスへの警戒を任せて、戦闘団は療養中。大した怪我をせず、元気なわたしとケイトは数日の間平和な日々をもらえた。

「――って、なにこれ!? 強そう!」

 騒ぎを聞きつけてテントから這い出してくるニンゲンたちを押し戻すことに躍起になっていたリュイナが、ようやく戦車を視界に収めて駆け寄った。乗ってた3人は得意満面、したり顔。

「スゲーだろ? まあまあデカいし、砲塔が3つもあるし、おまけに結構速い!」

「つよい!」

 マヌケな顔でコケてるけどね。

「リュイナ、ただいま。薬草あげる」

「ありがとー。なくなっちゃうところだったから助かるよ」

 得意の薬学でニンゲンたちの病気を治すのに一役買っているリュイナは今日も一段と多忙。薬を煎じてはその地獄のような不味さを拒むニンゲンたちに無理くり飲ませて楽しんでいる。曰く「苦味が効くんだよ」とのこと。 おかげで戦闘団初の標語は「良薬口に苦し。致し方なし」になった。

 ホントはわざと苦味を強くしているとは、キツネ亜人のみんなが知ってるけど誰も言わない。性格悪いと思う。

 

 新たな戦車の参入に獣人たちが賑わいを見せている頃――。

(どうしたものかな……)

 英国陸軍大佐、稲荷坂戦闘団司令テレンス・パートリッジは、今日も朝早くから頭を抱えていた。まだ地球と比べ一日が長いこの星に慣れず、妙な時間に目が覚めてしまう。早起きなのは歳のせいはないというのは、彼自身が日頃自分に言い聞かせていることではあるが、確かに一日が長い事に加え、タナトスの侵食を受けた地域に近いここでは、東の空を覆う黒雲に遮られて朝の太陽は拝めない。段々と、朝という概念が消え入りかけているのだ。ゆっくりとだが、黒雲は広がりを見せ、大地から光を奪っていた。

「姿を見る度頭を抱えていますね」

「司令も感染しているのですから無理しないでください。知恵熱まで風土病に加えることになります」

 唄華と末莉言う通り、この紳士もまた高熱にうなされ安静状態が続いていた。ハーベス家からは町に空き家が有るのでそこで養生するように提案されたが、彼は部隊から離れたくないからとこれを固辞し、寒々しいテントに毛布を集め、惨めにもミノムシのようになって転がっている。

「ああ、ウタゲ君にマツリ君、どうか君たちは倒れないでくれ給え。いまは君たちが人類の希望だ。このまま壊滅したら笑いものだからね」

「ご安心を。わたしたちはすでに一度罹っているので免疫があるようです」

「ええ。危うく死ぬところでした」

 流行している風土病の症状の一つとして、貧血を引き起こすというものがある。獣人の隠れ里を脱出する際重傷を負った唄華と、自身の血で輸血を行った末莉は貧血を患ったが、これと同時期に風土病を発症したために貧血が悪化、極度の衰弱状態に陥り一時は生死の境をさまよったことは、知る人ぞ知る話である。

「当然といえば当然だが、マラリアのような伝染病までこの世界に存在するとは。獣人たちが対処法を知っていなければ本当に危なかった」

 症状が似ているからと、戦闘団内ではマラリアの一種として認識されているが、実際は発熱を繰り返すような病気ではない。もともと住んでいた世界が違うだけに免疫がないのはこの病気だけではなく、症状が収まったところで体力の低下した体は直ぐに風邪に罹って、また不調を訴えたのだ。

「おそらく発生元凶も獣人の皆さんですけどね」

「迂闊だった。病名は「ベーレーレン・エキノコックス症」とでもしたらどうだね?」

「寄生虫病も見られるのでそれでいい気もしますね」

 この通り、病原体の宿主は獣人たちの可能性が高い。もとい、彼女たちは確実に保菌者である。彼女たちが可愛いからと言って、所謂「おくちあ~ん」などして食べさせたスプーンをそのまま使うなどすると間違いなく感染し、数日の潜伏期間の後高熱にうなされることになるのだが、兵士たちはそんな事には気付かず、ついついやってしまえば後の祭りであった。

「毎日彼女たちにキスしていれば免疫ができて、いずれは症状を抑えられますよ。……しかし、司令は一体いつ?」

「……訊かないでくれ給え。――それよりも、今日はまた妙な話が兵士たちの間で広まっているようだ。なんとか真相を掴めないだろうか?」

「妙な話?」

「うむ。どうやら夜な夜なバンパイアが出没し、コウモリを使役して疫病をばら撒いているのだとか。熱にうなされて幻覚でも見ただけとも思えるがね、これは兵士の士気に関わる問題だ。それに、こう言うわたしもこんな世界なだけに少々不安でもある」

「それは……! 興味深いオカルト話ですね、お姉さま!」

 末莉は目を輝かせたが、いくらか落ち着きのある唄華は首を傾げた。

「獣人という存在がいる時点でオカルト染みているので、吸血鬼くらいいてもおかしくないですね。コウモリ亜人がいるかレンカさんでも訊いてみましょう。……そこまで怖がることないのではないですか? 狼人間と一緒に食事しながら、今更蝙蝠人間を怖がることもないでしょう?」

「彼女たちは亜人、人だ。だがバンパイアは違う。亜人とは一線を画す存在だよ。是非ともお目にかかりたい」

「はぁ、そうですか……」

 パートリッジはオカルトが好きである。ファンタジー世界らしくワイバーンやストーンゴーレムが襲い掛かってくることは悩みのタネのひとつでも、不謹慎ながら内心では嬉しい。バンパイアに至っては待っていましたというところで、その興奮は察するに余りある。

「お目にかかりたいという気持ちはわかりますが、本当に吸血鬼だとしたら血を吸われて眷属にされるのでは?」

「望むところだ。いっそ君たちがその才知を持ってバンパイアを仲間にしてくれても構わんよ? 何かないかな? 未来的で平和的な理想的解決策が?」

「パートリッジさん、何だかんだでこの世界を満喫してませんか?」

「君たちもそうだろう? こう言っては何だが毎日が楽しい。獣人たちの外見も最初は少々物足らないところだった。耳と尻尾だけではハロウィンの仮装と変わらない。しかしいまは手足にも毛が生え揃って実に人間離れしている」

 このように最近のパートリッジは、獣人たちが冬毛でふさふさとしてそれっぽくなってきたと機嫌が良い。

 では、曰くハロウィンの仮装と同等の時点でのイヌ科獣人と人間の外見の相違はどれほどのものだろうか。まずは当然、パートリッジも挙げた耳としっぽである。しかし当然、実際はそれだけではない。

 まずは目、目は人間でいう黒目の比率が大きく、真っ向から見つめ合った場合白目の部分は殆ど見ることができない。その中でもキツネ亜人は、御存知の通り瞳孔の形状が異なるため、人間とは全く異なる。慣れぬ内ははっきり言って不気味である。

 次に歯、これも人間とは異なりイヌ科動物らしい尖った歯が並んでいるが、前後の臼歯が数を減らし、いくらか人間のものに近い独自の形状に変化している。鋭く尖った犬歯は欧州出身の兵士たちに気味悪く思われることが多く、また、舌が平たく長いのも特徴である。

 そして爪は、人間のものに近いがより厚みがあり硬質で、爪切りなどで切ることは困難である。犬爪と異なり切り過ぎにより出血するようなことは殆ど無く、靴や手袋を傷めないために爪を手入れしている獣人もちらほらと見られるが、多くは武器とするため鋭利に整えるか、面倒臭がっておざなりに伸ばしており、性格の出所である。

 最後に、一部の獣人の持つ刺し毛もまた人間には珍しいものであろう。数本に一本白髪が混じる程度ならあれ、獣人たちのような整った毛並みにはなるまい。これらを全て仮装で再現しようものなら相当の手間である。これらを踏まえれば、どうにもパートリッジは求め過ぎではないだろうか。

「冬毛が生えてきたのはわたしたちも興奮しましたよ! 彼女たちはより気候に順応できるように進化を遂げているのです。素晴らしい生命体です!」

「汗腺の働きが弱いため、夏場は熱を逃がすために体毛が抜け落ちるのです。無駄毛の処理が楽で羨ましいです」

 冬毛を持つイヌ科獣人たちの身体は、冬場にしか体毛が伸びない。人間の悩みの種である腋毛などに至っては、繁殖期ではない夏場に伸びたところで暑苦しいばかりでなんの価値もないためか存在しないようである。

 そして冬場となれば頭髪は勿論、ますますもって毛量を増し、個人差が大きいものの手足には指先から、最大で肩の周辺までの範囲が冬毛に覆われる。毛質が全く異なるため人間に生える無駄毛の類とは生涯無縁と言えるが、この冬毛も煩わしく思われることが多く、剃ってしまう者も少なくない。

「まあ、わたしたちは年中全身つるすべですがね!」

 稲荷坂姉妹にも若い女性らしいところが有るもので、末莉は胸を張って自身らの滑らかな肉体を自慢してみせたが、厚着をしているため真偽は不明である。しかし、時空転移装置を自作する姉妹が永久脱毛装置を保有いても不思議ではあるまい。

「……羨まれるのは、君たちも同じだろうね」

 床に伏せ気力の奮わぬパートリッジはさして興味を示さず目を閉じて頷いた後、どうしたことかため息を漏らした。何やら物憂げであったが、唄華はそれを見て微笑んだ。

「司令、何か問題でも?」

「彼女たちは魅力的だ。でも……情けない話だがね、わたしは獣人たちが怖いんだ。この世界の人間が過ちを――」

「「司令」」

 唐突に、唄華と末莉は声を揃えてパートリッジを制した。

「……そうだね。それが良いだろう」

 獣人たちがどれほど愛らしくとも、自分にはこの世界の人間が過ちを犯した、その気持ちが理解できる。パートリッジはそれを口にしようとしていたのだ。しかし、この世界の人間に共感を抱いているなど、表に出さぬのが我が身のためである。彼自身もその点は重々承知しており、ため息をつくばかりであった。

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