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アトレイシアともう一度  作者: 長原玉乙
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       *        *


 エルリリを連れてラプサンに戻る途中、向かいから誰かが力ない足取りで近付いてきた。

「あっ! お姉ちゃんたちのにおいがする!」

 誰だろうかと思ってしばし歩調を緩めると、エルリリは姉妹たちだと嗅ぎ分けて、大喜びで駆け出した。さしもの三つ子、気付くのが早い。

「お姉ちゃーん! ルコリリー!」

「エルリリ〜! おかえり〜っ!」「お姉ちゃんだ! よかったぁ……」

 エルリリは姉妹二人の腕の中に飛び込んで泣きじゃくり、姉妹たちも頬に涙を引きながらエルリリを抱きしめて、三つ子はまた一つになった。ん、感無量。

「よかった。エルリリが無事に帰ってこれて、本当に……」

 一緒に歩いて来てたマルティナ族長もホッとした瞬間に涙腺が緩んだのか、両目に湛えた涙を一滴垂らした。

 さて、タヌキ亜人たちの愛情あふれる光景の傍らでは、コーニャが複雑な表情を浮かべてる。アクラーナたちの遺体をレンカに預けたあと、ハブラに同行したわたしを追いかけて来てくれたコーニャ、未だに精神状態がよろしくない。

「マルティナ族長、この度はご迷惑をおかけしました。こうしてエルリリさんがお帰りになられて、何よりです」

「コーニャさん……今日の戦い、エルリリのために予定を繰り上げたんですよね? 準備もちゃんとできていなかったのに、ごめんなさい。無理をさせてしまって……」

「無理をしたつもりはありません。気にしないでください、もともとわたしが撒いた種です。ご迷惑をおかけしてすみませんでした」

 コーニャはうつむいて、重たい空気に包まれている。エルリリは生きて帰ってこれたけど、どうしても喜びはわかないらしい。

「いいの。気持ちはわかるから、無理しないで? ごめんなさい。あなたたちばかりに負担を掛けてしまって」

 戦闘に参加したキツネ亜人の内、二人が死んで13人が負傷、ヤコアと他にひとり重症の子が出た。あとは、障害が残らないにせよしばらくは絶対安静と言われた子が4人。コーニャのまぶたは赤く腫れている。

 そう、死んだのは二人。ひとりはもちろんアクラーナで、もうひとりはシュトリーナ。わたしが城壁を離れたあと、次第に衰弱して、そのまま息を引き取ったとコーニャに教えられた。まだ「これでわたしの未来も明るいぜ!」と、威勢のいい声が耳に残っているのに、もう、あの声は聞けない。

「……ごめんなさい。わたし、もう行きますね。――行きましょう、アトレイシアさん。報告を待たせています」

「ん」

 踵を返したコーニャに、わたしも続く。間もなく小走りに駆け出した。

 店主に手を出したせいで、ハブラの強硬策を飲んで城壁を攻撃するはめになったと、コーニャは自分のしたことを後悔している。万全の状態で戦えばもっと損害は抑えられたはずだと。そしてあのとき、ヤコアとアクラーナを止めることができていたらと、自分を責めている。時には厳しいし、時には容赦のない人らしいけど、真面目で優しくて仲間思いが強くて、ちょっぴり脆い。この人はそういう人らしい。

「コーニャ」

「……なんですか?」

「ハブラの思惑だって、アダーガドが暴走した時点で瓦解してる。夜にさえ戦えていればよかった。アダーガドさえ間違わなければ、わたしたちならやれた」

「……そうかも知れない。けど、わたしが取り返しの付かないことをしたのは変わりません」

「今回は失敗したかも知れない。でも、失敗は誰だってする。みんないまも、コーニャのことお姉さんって思って信頼してる」

「……そうでしょうか?」

「うん。コーニャの言うことを聞いて、コーニャと一緒に戦かって、心の何処かで死ぬ覚悟もできてる」

「……うん」

「あまり自分を責めたらだめ。コーニャが自分を信じれなかったら、コーニャを信じて戦う子たちはどうなるの? 誇りを持って、死ねるの?」

「誇りとかそんなものは関係ない。あの子たちが死んじゃうのは嫌です」

「受け入れなければ、あなたはじきに戦えなくなる」

 コーニャはみんなに優しすぎる、気がする。

「……わかっています。折り合いは、必ずつけます。強くなってみせます。あなたのように。ただ……」

「……どうかした?」

 コーニャがわたしを振り返って何か続けようとしたのが見えたから気になって訊いてみると、コーニャは少し迷う素振りを見せたあと大きく深呼吸した。

「……実は、近々暗部――特務班の人たちから、誰かひとり帰ってくるらしいんです。もしかしたら、そのときわたし……いや、考えずにおきます。ただ、もしもわたしに何かあったら、ナイディナたちのことを頼めませんか? あなたならあの人たちからみんなを守れますよね……?」

 獣人社会ではときたま、班とか委員とか係とか、ニンゲンが使ってるそれっぽい言葉で命名された集団が作られる。族長たちの意向で作ったり、個人で勝手に作ったりして、日頃の暇つぶしにみんなで何かしたい人たちが集まる。スズリカファンクラブやケイトファンクラブもこの一種で、こんなのじゃなくて、族長たちが作った重要な班で頑張ってれば、将来族長の側近とか、いいポジションを狙いやすい。

 コーニャがいま言った特務班は、名前こそ最近付けられたものだけど、組織自体は遥か昔からあって、獣人社会の暗部を取り仕切るそれはもう重要な集団。少し前、みんなが里に住んでいたときも、彼女たちは里の外、世界各所で活動を続けていたし、いまもそれは変わらずに続けられている。

「いま、そこの人ってここにいないの? てっきりひとりはいると思っていたけど」

「族長の方々以外で、息のかかった誰かが繋がりを持っている程度のはずです。エルリリさんの誘拐の報告を受けて、正規の班員を寄越すんでしょうね」

 何人か顔見知りはいるけど、所詮わたしなんかじゃ全容は知れない「外」の人たち。その人たちの誰かが帰ってくる。カカリカかイオリカか、どちらにしてもハブラが使ったような手はもう通用しなくなる。あの人たちの目から逃れることは不可能に近い。獣人種の影にして頼れる守り人である、彼女たちからは。

「それで、その人たちから、みんなを守る? 干渉させないっていう意味なら、それは無理だよ」

「それはわかっています」

「……そう。――ん、わかった。そのときは全部コーニャのせいにしとく」

 余計な追求はさせずにコーニャに全部押し付けていいんだと、わたしが飲み込んだと取って、コーニャも覚悟を決めたようにごくりとつばを飲み込んだ。指先が震えているのが、走りながらでもわかった。

「ありがとうございます。突然、こんな我儘を許してくれて。その、あの人たち、本当に恐ろしい人たちなんです」

「ん」

「……アトレイシアさんは、優しいんですね。わたし、あなたのことを何も知らなかったです」

「そう? 自覚ない」

 優しい人っていうのは、コーニャみたいな人のことで、わたしとコーニャは全然違うから、わたしは別にそうでもないと思うけど。

「優しいですよ。だって、えっと……その、アトレイシアさん、わたしのこと……恨んでいませんか?」

「…………?」

 コーニャはひどく申し訳なさそうに、ちらちらとわたしの顔色を窺い始めた。コーニャを恨むようなことってあったっけ。むしろやらかしたことのおこぼれで美味しい思いしてるから、いまからでもお礼言いたいくらいだけど。

「他のみんなに愛想良く接しながら、あなたのことは庇いもしなかったわたしのこと、恨んでいないんですか? ケイトがあんなにも必死にあなたは悪くないって叫んでいたのに、他人事のように見ていたわたしを意地悪だって思っているんじゃないですか?」

「……あなたとわたしって他人じゃなかったの?」

「え? いや、その、他人といえば他人ですけど、そうじゃなくて、なんていうのかな……」

 予期せぬ返答だったのか、コーニャはしどろもどろになった。他の側近面子と比べるとちょっとだけ頼りないけど、表情豊かで可愛らしい人。これが前の戦争で大暴れしたっていうんだから、人ってものはよくわからない。

「大丈夫。わたし、あなたのこと意識したことない」

 なにせ数日前まで名前もどころか顔にも覚えがない人だし、むしろ前にわたしが里にいたとき、コーニャって里にいたの?

「……わたし、そんなに地味ですか?」

「ん……そうかも。でも、どうせみんなわたしのこと嫌うんだから、わざわざ意識することもないでしょ? コーニャに限ったことじゃないよ」

「そう言われてしまうと……どうにも言い返しにくいです」

「わたしにことは気にしなくていいよ」

 コーニャはますますなんと返したらいいかわからなくなったように、ただ一言「ごめんなさい」と小さく呟いて視線を落とした。わたしにはケイトがいるから、コーニャがどうこうしようと気に病むことないのに。

 会話が途絶えてからもしばらくコーニャと一緒に駆けて、そのまま戦闘団司令部のテントの前についた。族長たちはわからないけど、パートリッジとウタゲはここにいるはずだ。もしかしたら記録係のホロビも戻ってきてるかも知れない。

「戦闘の報告は済んでいます。アトレイシアさん、あとはお願いします」

「ん。ありがと」

 ちょっとばかり心外ではあるけど、わたしが道を間違えないように付き添っていてくれたんだ。まったくのお節介だけど、不満を言う気にはなれない。

 テントの中に入ると、中にはパートリッジとウタゲ、それとレンカがわたしを待っていた。フウカは怪我人を診に行ってるのかな。

「来ましたね。お帰りなさい。怪我をしていると聞きましたが、大丈夫ですか?」

「ん。このくらい平気」

「そうですか。鎮痛剤あげますから、無理をせず、傷が痛むときは飲んでくださいね」

「ありがと。もらっておく」

 ウタゲは小さな紙袋に何錠か薬を入れて手渡してくれた。

「ハブラさんについていったと聞きましたが、領主の屋敷まで?」

「ん。エルリリは返してもらった。それからハブラがアダーガドを殺して、ハーベスはアダーガドの弟の……エルルドとかいうのが継ぐらしい」

 アダーガドがハブラに殺されたと伝えた時点で、ウタゲとパートリッジは怪しくほくそ笑んだ。

「これは、結構な話だね」

「ええ。やはりアダーガド・ハーベスは死にましたか。予想通りですね。――その後は何かありましたか?」

「何人か私兵隊から離脱して逃げて、校正教会のところに駆け込もうとしてる。残った人たちはわたしたちに謝りたいって。そしたら全面的に協力するって言ってた。口ではね」

 屋敷から離れるとき何人かに声を掛けられたけど、アテにはならない。国か教会がふと耳元で囁やけばわたしたちの敵になってもおかしくない。レンカもどうせそうだと思ったのか鼻で笑った。

「そうですか! ハブラさん、上手くやってくれたみたいですね。これである程度楽できるようになりますよ」

 ウタゲの方は満足気で、片手をグッと握り締めて喜びを露わにした。マツリがいればそっちも大はしゃぎだろうけど、マツリはたぶん戦闘に参加した車両の整備に忙殺されてるか何かで、それどころじゃない。

「悔しいが、先の戦争でのボーベット・ハーベスの功績は大きい。ハーベス家の当主の名前が加われば兵を集めやすくなるかも知れないな」

 真面目な顔をしていたレンカも、発言の最後には何処か上機嫌な雰囲気を滲ませて、わたしに歩み寄ると満足気に顎を撫でてくれた。気持ちいい。

「ハブラはスズリカを恨んでいるかと思っていたが、案外信奉しているように見えるし、どうにもお前のことを気に入っているらしい。奴をその気にさせれたのはお前のお陰でもあるだろう。よくやったぞ」

 挙げ句わたしに頭をぐりぐりと押し付けて、レンカは大層な褒めっぷり。ハブラがわたしの何処を気に入ったのかわからないし、いまひとつ実感が湧かない。でも悪い気分じゃないから取り敢えず受けとこう。

「……ん、ウタゲたち、もしかしてハブラと結託してた?」

「さあ? どうでしょうね?」

「あの男は案外気まぐれだ。これもまあ、気まぐれだろう」

 わざとらしくはぐらかされた。わたしたちの関知しないところで策謀家たちは上手くやっているらしい。

「さて、わたしたちはしばらく戦えません。回復するまでの時間を稼ぐためにも領内の戦力、人的資源はあるだけ活用させてもらいます。周辺の住民、商人とも話をつけて物資を獲得しましょう」

 済んだことはここまで、ウタゲは話を今後のことへと移し、方針を示した。当面は領地の方で自衛させつつ、物資はこっちでもいただく感じ。せこい。

「彼らでまともに時間が稼げるのかね? 城壁を復旧したところで、重火力一つ投入されただけで瓦解しかねないと思えるね。それに、今回の衝突で、我々は私兵隊と義勇民兵に少なからず損害を与えている。実際のところ、素直に言うことを聞いてくれるとは思えない」

 パートリッジは人差し指で自身のおでこを突きながら、ウタゲの方針に懐疑的な反応を示した。私兵が弱すぎて戦力にならないんじゃないか、それはあるかも。

 あとで聞いた話だと、パートリッジのところでは攻撃してくる民兵を機銃掃射で撃退したり、ダメ押しでKV‐85を突入させて榴弾を叩き込んだりしたらしい。協力が期待薄になるわけだ。この紳士非道い。

「そうですね……今回の戦いではペスティスの近代的な戦力は限られたものでした。あのくらいなら勝てるようになってくれないと、わたしたちが戦えたところで無意味です。……まあ、そこはわたしと末莉に任せてください。やるだけやってみます。それと、新たな領主、エルルド卿から了承は得ているので、町からよく見えるところに戦車を配置しておいてください。ペスティスには瘴気濃度の低い場所でも単独で活動する、神出鬼没な個体があり、何度か町に進入し死傷者を出しています。これに対する備えです」

「……表向きは?」

「そういうことです。それと町の広場の掲示板の使用と、領地内での募兵活動の許可をいただきました。制作関係の方との打ち合わせしたいので、戦闘団の今後の宣伝活動に関して意見や要望があれば仰ってください」

 ウタゲは平然とした顔で話を進めてるけど、町から見えるとこに戦車を置いとくなんて脅しでしかない。それにわたしが戻って来る前から次の領主を特定して根回ししておくなんて、本当にハブラと結託していたとしか思えない手際。ハブラは案外融通が利くのかな。

 広告の話もよくわからないけど、お役所から広告を出す許可をもらって、広告を作ってくれる人に制作をお願いするってことかな。自分たちで勝手に作って適当に貼り付けると怒られそうだよね。

「新聞の方は?」

「近日中に専属の記者がこちらに派遣されます」

「それは結構、君の活躍を記事に書いてもらったら『見せて』もらうよ。読めないだろうから」

「司令のことを酷評してもお読みいただけないのが残念です。ここの言葉をお教えしましょうか?」

 ウタゲはパートリッジとの会話が上手だ。軽口に対するウタゲの返しに、パートリッジは思わず失笑して下を向いた。あえて悪口とも取れる言葉を選んで、顔色を変えずに伝えるのがパートリッジとの交流のコツ。

「その調子でよろしくお願いしますよ、参謀総長殿。――アトレイシア嬢、報告ありがとう。戻って休むといい。ただし、血に濡れたブラウス一枚で出ていくのは見過ごせないから、せめてこれを上に着ていきなさい。無いよりマシだ」

「ん」

 上機嫌のパートリッジからシャツを一枚貰えた。確かに、無いよりはマシ。紳士は気が利く。

 司令部のテントを出ると、西の空に太陽が沈もうとしていた。木枯らしは冷たい。戦場の熱を冷ますように、今日もまた寒い夜がやって来る。

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