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アトレイシアともう一度  作者: 長原玉乙
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「おお……」

 あまりにショッキングな光景に、その場にいた面々は言葉を失って立ち尽くしている。

「はっ、ハブラ、貴様ついに……!」

 ひとりが周囲より一足早く気を取り直して、警戒しながらハブラに歩み寄った。真っ先にアダーガドをいさめに入ったちょっとだけ装備が豪華な男。隊長かな。

「パブスよ、わしに挑むか?」

「……くそっ、これからどうする気だ!? 領主がいなくなっては、領地はどうなる? 貴様が領主にでもなるつもりか!?」

「領主の印は弟君が受け取ってくださる。ハーベス家の統治は変わらんよ。お前の役職も変わらんから安心しろ」

 パブスと呼ばれた男には戦う気がない。ハブラがサーベルを鞘に戻しながら今後のことを伝えると、内容を理解するために一瞬間を置いてから、更に大きく一歩近付いた。

「馬鹿な、エルルド様が継ぐだと? 仕組んでいたのか?」

「こういうこともあろうかとダルタン殿に話はつけてある。そう遠くないうちに国王陛下も、弟君を領主としてお認めくださるだろう。いまは誰がこの地の領主となろうと構っていられんだろうしな」

 エルルド……? 初めて聞く名前。アダーガドは戦場に出ていた以上いつこの世を去ってもおかしくない身だったから、後継ぎの用意くらいしていても不思議じゃないけど、あのパブスって男は聞いたことのない話だったみたいだし、ハブラがアダーガドを殺すとなったときのために、ごく最近まとめた話なのかな。

「し、しかし、あの方に戦闘の主導は無理だ! これからもタナトスたちとの戦争は続くのだぞ!? いまこの地に必要とされているのは強い領主だ、あの方ではない!」

「では、誰だね? その「強い領主」とは? まさかここで骸を晒している、この男ではあるまい。パブス、わしはこの程度の男を強者とは認めん。わかっているだろう?」

「そんなことは聞かれるまでもないが……ハブラ、エルルド様をラプサンの獣人どもの傀儡にするつもりか。それでは亡きボーベット卿に申し訳が立つまいに、それでいいのか貴様は? 不忠の恥は死してもその名に残るぞ!」

「……いいんだ」

 案外忠義者のハブラはここにきて一旦押し黙り、たっぷり時間をおいて、ゆっくりと吐き出すようにそう言うと、更に続けた。

「時代は変わった。古い価値観は捨て去らなければ、明日は生きられぬ。ハーベスも然り。わしはこの刀を賜り領地の明日を任された以上、ハーベスの地を護らねばならん。だから、決めたのだ。よいかパブスよ、危急存亡なる今此時、ハーベスに強者はおらん。あやつら以外にはな。――アトレイシア、出て来るがいい」

「ん」

 よし、やっと出番だ。まだうじうじねちねち言ってくる面倒くさいやつはぶん殴って黙らせる。

「あっ、この獣人、いつの間に!」

 パブスが腰に差した長剣に手をかけたけど、弱そうだから無視しよう。

「よしよし、こっちに来なさい」

「ん?」

 ハブラが猫なで声になって手招きしてくるから、よくわからないけど近寄ってみると、唐突にサーベルを抜いて斬りかかられた。

「……なに?」

 上体を逸らして刀身を躱し訊ねると、満足気に笑われた。なんだコイツ失礼な。

「わしは獣人と組む。この地のためだ。ほらパブス、お前は強者に付きたいのだろう? 手始めに此奴と戦ってみたらどうだ? ――アトレイシア、好きにしてしまっていいぞ」

 ……まあ、いまのはパフォーマンスだと割り切っていこう。気晴らしにこの頼りない隊長さん脅かしてやれるし、それでいいや。

「ん。じゃあ、なますにする」

「え!? ――待て! わかった、わかったからそういう物騒なものは鞘に収めよう。君、族長様のところに戻ったらわたしたちが協力したいと言っていると伝えてもらえないかな? 仲良くしよう、仲良く。ね?」

 パブスはもういっそ引きちぎるようにして腰から剣を外すと、鞘に差したまま投げ捨てた。なんだこのニンゲン、自分の実力がよくわかっている。ついでにヘタレ過ぎて面白い。

「隊長!? あなたまで獣人に付く気ですか? 正気とは思えません!」

「わたしも反対です! そのようなことをすれば我らの尊厳が失われる!」

「黙れ! 一領主の私兵ごときの分際で尊厳も何もあるか! わしもこの人たちに付くぞ、文句があるならこの娘に斬りかかってみろ!」

「獣人なんぞに頭を下げれるか! 死ねこの薄汚いイヌめ! ――があっ!」

 食って掛かってきたやつにイラッときたから、アレが潰れない程度に加減して股間を蹴り上げ黙らした。うるさい。イヌじゃない。さんざん待たしてくれたお礼だ。

 しばらく威嚇していると、全員不服そうにしながらも口を閉じた。よしよし。

「ハーベス家は稲荷坂戦闘団に謝罪し、全面的な協力を約束する。これは当主エルルド・ラルス・ハーベス様のご決断なされた決定事項であり、これに従わぬ者は即刻解雇される。何か言っておくことはあるかね?」

「教会はどうするのですか? 獣人と仲間になってしまえば、我々は破門されて火炙りにされる。結局はこの領地も失われてしまうに違いない」

 頭の回る兵士がひとりそんな懸念を投げかけると、他の人たちも確かにそうだと気が付いて、また口々に騒ぎ始めた。

「何を言っておる。教会の術士どもでは、タナトスは止められぬことは最早自明の理。現に聖教師どもはとっくにこの地を捨て逃げ去っているではないか。教会は頼りにならぬ。恐るるにも足らぬわ」

 ハブラは、それは杞憂だと余裕面してみせたけど、流石に相手がひとり二人じゃなく、考え方もそれぞれで、上手く納得が得られてない様子。

「教会がこのままやられてばかりのはずがあるか。いまに盛り返して、タナトスとまとめて潰される。そんな奴についていけるか!」

「間違いないな。いまからこんな辺鄙なところのために命張るこたないぜ」

「このことを教会に報告して、報奨金をもらった上で保護してもらおう。そうした方が安泰だ」

 納得の行ってない面々で勝手に話がまとまって、何人かの私兵は回れ右して歩き去った。わたしがこう思うのもなんだけど、妥当で賢い選択だと思う。

「くそっ、尊厳がどうのこうの言っておいて、結局は自分可愛さか」

 ハブラは立腹しながらも、引き止めはしなかったし、声を大にして貶しもしなかった。

「いいの?」

「クズに何言ったって無駄だ」

 結構いうな。

「ハブラ様、自分は残ります」

「自分も残ります。いまさら逃げ出すような真似は嫌です」

 一方、離脱組の背がそう離れないうちに、気概ある人たちは残留を決めて、瞳に闘志をみなぎらせている。中には「新築の我が家を手放すのは勿体無いから残ろう」という人もいるところ、どうやら地主や、世帯主とその身内には残留の意思があるらしい。つまり離脱したのは世帯を持たない低層所得者が中心。

 間もなく離脱の流れに乗り損ねた人たちも大半が残留に舵取りすると、当初疲労困憊に見えた一団は心持ちを新たに顔を上げ、そこそこ賑わしくなった。

「よしよし、よろしい。では、この場は解散とする。各自持ち場に戻り、敵残党の襲撃を警戒せよ。新しいハーベスのため、明日からも頼んだぞ。いいか、くれぐれもタナトスの残党に注意しろよ。――パブス、エルルド様のもとに行き、屋敷に迎えるのだ。残党狩りはおれに任せておけ」

 ある程度ハーベスに縁ある人たちはほとんど残ってくれたことで満足したのか、ハブラは機嫌を直した。

「承知しました。屋敷までの道中、エルルド様の安全は、わたしが保証致します」

 パブスは、一時は離脱してしまえばよかったと悔やんでいるのを顔に出しつつも、後には退けないと諦めて、居残った部下数人と馬上の人になりこの場を離れていった。

 もうみんな、直ぐそこで死んでる先代領主のことなんて眼中にないや。アダーガド、何処までも人望なかったな。まあ、わたしもこんなやつ食べる気もしないし、もうどうでもいいけど。それよりも、これでわたしもエルリリも帰れるから。早く帰って何か食べたい。

 ……よし、帰ろう。ケイトと、みんなのところに。

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