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アトレイシアともう一度  作者: 長原玉乙
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「あれ? アトレイシアちゃん、ひとりでどうしたの?」

 少し走ったところで、戦車が来たことをマツリに伝えにいっていた子と鉢合わせた。名前は……スピカだったかセピカだったか、それともテピカ?

「ヘッドのいたところ――」

「あっ、あのねあのね! ホロビさま凄いんだよ! あの大きな戦車を身動きできなくして、そこをマツリちゃんがどーん! 戦車燃えてた!」

 興奮しているのか、身振り手振りしっぽ振りで可愛い。どうやら向こうも戦車の相手はどうにかなったみたい。

「ヘッドは?」

「撃たれてどうなっちゃったかは知らない。生きていれば、ホロビさまが走っていったから、黒いもやもやに襲われてても大丈夫だと思う。ホロビさま強いから!」

「ん。ありがとう。わたしもいってみる」

 下を覗くと、砲撃で空いた穴にタナトスが群がってる。上を飛び越えるのはわけないけど、追い掛けて来られると面倒かも。

「下りるの? それなら、あの辺りから下りるといいよ。黒いうじゃうじゃ少ないよ」

 指で示された方へ視線を向けてみると、確かに、うごめく影の少ない場所が見える。見た目通り数が少なければ、追い駆けてこられたってなんとかなる。

「ん。それ、ヘルマーナにも伝えてあげて」

 背後に続いて来ているヘルマーナを振り返ると、ヘルマーナの方から声が飛んできた。

「聞こえているわ。ヘッドのところに行くついでに、セピカと二人でいくらか露払いしておいてもらえると助かるんだけど、どうかしら?」

「ん」「はーい!」

 よし、急ごう。早くしないとペスティスがわたしたちに集まって、面倒くさそうだし。

 でも、露払いと言われたけどこの子、セピカって頼りにしてもいいのかな。元気はいいけど……あれ?

「セピカ、その武器は?」

 セピカが手にしているのは、見るからにホバーラに作ってもらった、みねに返しの付いたナイフ。ポメルから鎖がじゃらじゃら伸びてる。

「ケイトちゃんのクマのモツ抜き包丁、カッコいいから真似たんだ〜。カッコいい!」

「……そう」

 どうりで見覚えのある形。カッコいい、カッコいいか。

 しかし、クマのモツ抜き包丁って……久しぶりに聞くからなんだか懐かしい。一緒に狩りに出かけたときに、ケイトがクマの内蔵をきれいに引き抜いて仕留めたのが話題になったっけ。

「わたしも、ケイトちゃんみたいにカッコいい?」

「ん、カッコいい。いいセンス」

「やった!」

 ……なるほど、ケイトをリスペクトしてくれるなんていい子。頑張ろう。もうそろそろセピカが言っていた辺りだし、確かに、下にいるペスティスはまばら。

「下りるよ」

「んー」

 もやもやしてた気持ちから一転、ケイトのことを褒めてもらって、いまは気分がいい。ちょっと見栄張って、わたしだってカッコいいところ見せよう。

 まず、ニンゲンの大男の首をすれ違いざまにスッパリ。後ろにいた女の人の首もスッパリして着地して、それからダッシュ。わたし、ノッてる。

「まってー! 速いよーッ!」

 目につくペスティスに、とどく範囲で片っ端からナイフを投げつけてさようなら。ふんふん。

「わたしの出番がなくなるからやめてよ~ぅ!」

 セピカはわたしの足についてくるだけ。なんだ、このくらいならわたしひとりで十分。もう前にペスティスはいないし、このままヘッドのところに行こう。

「うぅ……わたしはみんなが来るまでここに残ってるね。じゃあね」

「ん。ひとりで大丈夫?」

「うん。まかせてー」

 そう言いながら、飛びかかってきたヘビの頭を切り落として、分銅の一撃で鳥を打ち落とすところをドヤ顔も含めて見せてくれた。かなり使いこなせている。任せて大丈夫そう。

 ヘッドたちのいた台はここからもうちょっと南。木と茂みに隠れて見えないし、音も静か。

 まさかタナトス相手に全滅してるのかな。何事もなく一服でもしていてくれればいいけど、とにかく急ごう。

 しばらく走っていると、道中何事もなく、ペスティス重戦車の放った砲弾痕と、若干砲身の歪んだ大砲、その奥に停車している装甲車が見えた。

「誰だ!?」

「わたし」

「なんだ、アトレイシアか。――って、おいおい、血まみれだぞお前!?」

 ペスティスでも来たのかと警戒されたのか、兵士はホッとした顔でわたしを迎えた。「石みたいにかてぇなこりゃ。いいパンチ打てそうじゃねぇか……というわけでお前さんはストーンハンドだ。期待してるぜ」と命名されたストーンハンドだ。エルンヴィア人の中では一番の大男で、しゃくれ気味の顎と眠そうな顔が特徴。

「大体はわたしのじゃない。それよりストーンハンド、ヘッドは? 生きてる?」

「ヘッドか、ヘッドは……もう、戦えそうにない」

「え」

 確かに、ヘッドのものらしき、つらそうな呻き声が聞こえる。まさかそんな……ヘッドが働けなくなったら、わたしとケイトの一軒家はどうなるんだ。

「砲撃での怪我はなかったが、下手に尻餅をついた拍子に腰がな……」

「…………」

「いまは装甲車の向こうで寝てるぞ」

 いっそぶっ殺してやる。

「おっ、やっぱりアトレイシアじゃねぇか。心配して来てくれるなんてお父ちゃん嬉しいぜ……おーいてぇ」

 装甲車の後ろに回ると、顔に脂汗を浮かべながら、地面に寝かされたヘッドが視線だけを動かしてわたしを見た。

「……心配して損した。起きろ」

「お、おいやめろ、腰が、腰がっ――アァーッ!」

「うるさい。運動しなさすぎ。わたしたちが命がけで戦ってるのに非道い」

「悪いとは思ってるよ! おれだって自分が情けねぇんだっ! あとでいくらでも謝るからいまはこれくらいにしてくれ、下半身不随になっちまうって! アダダアァアーッ!」

 ヘッドは動かなくなった。ん……気絶した? そんなに痛かったのかな、なんか凄い顔して白目むいてる。

「アトレイシア、足腰の強い獣人ではわからないかも知れないが、腰をやったときは辛いぞ」

「……そうなの? ――ヘッド、ごめん。寝てていいよ」

 既に意識ないけど。

「まあ、せめて安らかに眠れよ隊長。……くっ、なんだよこの顔、もうダメだ耐えられない」

 そっと両目を閉じられつつ、口では失笑されつつ、ヘッドは眠った。

「そっちは……こっちより大変だったみたいね。わたしも手伝いに行った方がよかったかしら?」

 一部始終を見ていたホロビもヘッドの表情がツボに入ったらしく、しばらく顔を背けて肩を震わせていたけど、いざわたしに声をかけるときには表情を引き締めつつ、一瞬、心配気に表情を曇らせて北を見やった。そしてまた吹いた。

「わたしたち、今日はもう戦えない。全員へとへと」

「ごほん……ごめんなさい、そこの人面白すぎて。その血は、ヤコアかアクラーナね。どれだけやられたの?」

「ヤコアまだ生きてると思うけど、アクラーナは死んだ。他は半分くらいが怪我して戦えない」

「半数が戦闘不能? 確かに、それじゃあ戦力的には壊滅と言っていいわね……」

「おい、聞いたかよおっさん、寝てる場合じゃねぇぞ」

 ヘッドの返事はなかった。目を覚ましたら改めて謝っとこ。流石のわたしも申し訳ない。

「使えねぇ。マツリでも出迎えるか」

「おっと、言い忘れていたけど、それどころじゃないわよ? お呼びでない客が来たわ」

「お呼びでない客?」

 ホロビが近付いてくる物音に気付いて視線を向けると、兵士たちは銃を持ち直して、さっさと臨戦態勢を整えた。なんだかんだ欠点はあるけど、こういうときの動きは速い。

「ペスティスは片付けてくれたんだろう? 誰だ?」 

「おれだ。お呼びでないとは言ってくれるな」

 珍しく不機嫌そうな顔をしたハブラが上から降ってきた。いっつもにやにやしてるのに、嫌なことがあったとモロに顔に出てる。

「なんだあんた?」

「下っ端にいちいち自己紹介などしておれんわ。部隊長は誰だね?」

「そこで寝てるよ」

「……この一大事に何をしておるのだ、このたわけが!」

 早々にブチ切れたハブラがヘッドを叩き起こそうとするのを、兵士たちが必死になってなだめた。腰をやったと言われて渋々納得したけど「軍人のくせに、鍛錬を怠っている証拠だ」とごもっともな文句を添えられた。高名な武闘家先生だけにいいこと言う。もっと言ってやって。

「それで、要件は?」

「領主様の高貴な頭が本格的にイカれた。私兵を動員してお前たちまで排除するつもりだ。くれぐれも、衝突は避けてくれ。無駄な血が流れるからな。――そこの妖獣人、このことを同胞たちに知らせてやってくれんか? 釘を刺しておかないと直ぐに食って掛かるだろう?」

「了解したわ。……本当に、血の気が多いのよね。人のこと言えないけど」

 突然現れたハブラの言うことを、これといって疑う様子もなくホロビは駆けていった。わたしたちを騙す意図はないとわかっているらしい。

 それと入れ替わる形で、マツリの乗るマチルダⅡがエンジン音を響かせながらのろのろと現れた。ペスティスが何体か張り付いてて、中から「取ってくださーい!」と聞こえるのをホロビがスルーしたから、ペスティスはわたしとハブラが片付けることになった。

「お、丁度いいやつがいるじゃないか」

「おや、あなたは鉄脚さん」

 ペスティスを片付けると、ハブラは砲塔から頭を出したマツリを、ウタゲと勘違いしながら事情を説明して、最後に親指でわたしの方を指した。

「あの娘を借りていくぞ」

「おや、どうしてですか?」

「自分たちの方が獣人よりも強いなどと考えている馬鹿どもの相手をしてもらう。身の振り方を考えさせるにはいいだろう? それに関して、この娘の適性は悪くない。強すぎず弱すぎず、絶対に勝つからな」

 ホロビでいいじゃないかと思うけど、強すぎると何が問題なんだろう。幻術とでも疑われる?

「いいでしょう。アトレイシアさんが承諾してくれるならですが……」

「ん……いいよ」

「血まみれになってますけど、怪我はありませんか?」

「……大丈夫」

 マツリには心配されてるみたいだけど、絶対に勝てるとお墨付きをもらったし、やってみよう。仲良くするとなったら迂闊にニンゲンをぶちのめせなくなるし、ラッキー。怪我はちょっと痛いけど、ほかっといても大丈夫。

「タナトスの残党の処理はわし手の者でなんとかする。お前たちはそこの役立たずを連れて離脱することだな」

「なんだかさらっと味方になってくれましたね、あなた」

「おれは賢いからな。それに阿呆を相手に忠義者であっても名誉は保てん。――さて、一度でいいから獣人と足を競ってみたかったんだが、怪我人相手じゃつまらんな。やめるか」

 ハブラは、急ぎのついでにかけっこで勝負したかったらしい。んー、普通に戦ったら勝てないけど、かけっこくらいなら勝って自慢できるかな。

「ん、相手になる。……負けても歳と義足のせいにしないでね」

「なにィ? 言ってくれるなこの小娘が」

「え、アトレイシアさん、無理しちゃ駄目ですよ!?」

 マツリの忠告は耳を通過させて聞かなかったことにして、合図はなかったけど、わたしとハブラは同時にスタートを切った。出足は上々、たぶん勝てる。

 ……あ、しまった。ゴール訊かなきゃ。行き先知らなきゃ前を走れない。

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