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アトレイシアともう一度  作者: 長原玉乙
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「リティア、もうやめてくれ」

 ケイトが眉間にしわを寄せて抗議すると、リティアはカトリナと睨み合うのをやめて、腰をかがめてケイトと目線を合わせてから、侮蔑的な笑みを浮かべた。

「あんたもあの背高ノッポに可愛がられて、将来は安泰ね。お礼に子供でも産んであげたら? それかいっそ、あんたなんかとっととタナトスにでも殺られちゃえばいいのよ。そしたらあのニンゲンどうするのかしら? 見ものだわ。――なに? あんたらわたしとやる気?」

 聞き捨てならなかったのか、とうとうカトリナがリティアに掴みかかろうとして、周囲に止められた。もちろん、わたしも同様にケイトに腕を掴まれてる。

「アトレイシア、抑えてくれ」

「嫌だ」

 わたしだって聞き捨てならない。ケイトの死を望むような奴はわたしが殺してやる。

「リティア、それ以上言うなら、相手になる」

「望むところよ卑怯者。それじゃ、抜く時間くらいはあげるわね」

 リティアがナイフを抜いて、ケイトに投げた。

 ……そんなにわたしと殺し合いたいなら、手足切り落として腹わた引き釣りだしてやる。

 手始めにリティアが投げたナイフを掴んで投げ返して、倍返しに自分のナイフも抜いて投げつけてやった。このまま殴りかかってやりたい。

「ケイト、腕放して」

「駄目だ」

「邪魔するんだったら一緒に死になさいッ!」

「それよりお前がとっとと黙ってろ!」

 拘束を振り解いて、カトリナが先にリティアに殴りかかった。でも、リティアは簡単に打撃をくらってくれはしない。おちょくるように手を背に隠したまま、危な気なく拳をかわすと、腹に回し蹴りを返してカトリナをふっ飛ばした。

「はっ、アンタじゃ相手にならないわよ」

「クソッ。――アトレイシア、今日くらいケイト振り解いてコイツ黙らせるの手伝え!」

「早く来なさい。なますにしてあげるから」

 そうしたいのは山々だけど、ケイトの手が離れない。どうしよう、叩いたりはしたけど、噛むのは嫌だし……。

「もーっ! さっきから喧嘩しないでよ、戦闘中だよ!? 怪我人にもいるのに騒いじゃだめ!」

「あなたたち、一体何を騒いでいるの?」

 怪我人に応急処置を施し終わって、リュイナが間に入ってわたしたちを引き離した。それと同時に、下からヘルマーナが上がってきたけど、いざ向き合ったリティアとリュイナの二人は構いもしない。

「リュイナは黙ってなさい」

「リティアちゃん、わたしも怒るよ? いい加減にして」

 ムッとしてはいるけど、リュイナの口調はまだ優しい。同じ年の同じ日に、同じ里で産まれた二人……わたしとの関係以上に特別な間柄だ。やっても殴り合う程度だろうと、何処か安心してる自分がいる。少し気に入らない。

「アトレイシアちゃん、わたしに任せて、いまは抑えて。カトリナちゃんも、ね?」

「う……ん……」「あ、ああ、リュイナが言うなら……」

 ……かつてはわたしの遊び相手をしてくれていたこともあるこの二人の争う姿は、見ていて気分のいいものじゃない。ちょっと冷静になろう。この凄いお姉ちゃん力に免じて。カトリナも、素直に大人しくなったし。

 リティア、ヤコアとアクラーナと仲がよかったし、ショックが大きいんだろう。それなのに話のネタにされたんだから、怒るもの仕方ない。カトリナも、シュトリーナやみんなの怪我が心配で、気を紛らわせたかったんだろうけど……。

「リュイナ、退いて」

「退かない。リティアちゃん、気持ちはわかるけど、ダメだよ。冷静になって」

 本当はリティアだってわかってるはず。この辺りで怒りを抑えて、まずはこの戦いを終わらせないと。いまはこんなところで喧嘩してる場合じゃない。

 少し気持ちが落ち着いてみると、周りの声がよく聞こえるようになった。この場にいる大半が喧嘩の様子を、固唾を呑んで見守る中、何人かは周囲を警戒して、装甲車が逃げたことを訝しむ声を漏らしてる。多分、さっきのごつごつしたトラックかな。

 飛び去った思考を戻すと、こっちでは、リュイナがテコでも動きそうにないと察したのか、やっとリティアが肩の力を抜いてくれた。でも、リティアのことだから何を言うか安心できない。

「……ふん、あんたも、変わったわね。いいわよ? わたしもちょうど、あんたには失望してたから」

「リティアちゃん、それ、どういう意味?」

 基本的には優しいリュイナもリティアの態度にカチンと来たらしく、声のトーンが一段下がった。

 リティア、もう駄目だよ。もう、ここまでにしなきゃ、これ以上は駄目。

「ニンゲンにしっぽ振るようになって、あんた落ちぶれたわよ。いまのあんたは戦えない。滑稽な腑抜け、飼い犬になったんだから」

「――――っ!」

 リティアの頬に、リュイナの平手打ちが叩き込まれた。

「わたしはそんなのじゃない!」

「リュイナ……ニンゲンなんて、みんな同じよ? いつか裏切られるわ。仲良くしようだなんて馬鹿な話じゃない? そこにいるソイツだって一度はニンゲン側に付いた裏切り者だって、アンタなら説明しなくてもわかってるでしょ? 何をいまさら――」

「いまはこれでいいんだよ! リティアちゃんのバカ! わからず屋! もういいよ、ひねくれたところわたしが叩き直すから歯食いしばって!」

「ちょっと、あなたたちいい加減に――」

 リュイナはリティアの襟首を掴んで、今度は拳を握り締めた。とうとうヘルマーナが止めに入ったけど、どうにも間に合いそうにない。

 あのリュイナに本気で殴られたら、頬骨が砕ける。それがわかっているはずなのに、リティアは抵抗する素振りを見せない。

 ……そっか、リティア、自分じゃ止まれないから、リュイナに止めてもらう気なんだ。

「――ぐぅっ! あぁぁ、痛ぇッ!」

「ぅお!? おいおい、無理すんなよ!」

 結局、間に入ったパーキーの手のひらがリュイナの拳を防いだ。ギリギリのところでリティアには当たらなかったけど、パーキーの手は骨が何本か折れて形が歪になってる。直ぐに処理しなきゃ二度と使えなくなるな……。

「何よ? アンタ……」

 ニンゲンがでしゃばって、自分をかばったことが意外そうだけど、それでもリティアは睨みつけるようにパーキーの顔を見上げた。

「ここまでだ。君たち、戦闘が終わるまでここで待機してくれないか。これ以上騒いだら司令に報告して全員謹慎処分にするからな、静かにしていてくれ。――リティア、君は一緒に来るんだ」

「ちょっと、触らないでよ」

「君はもっと多くのものを見るべきだ。いいから来てくれ。――スズリカ族長、この子をしばらく借ります」

「……ああ、わたしからも頼む」

 遅れて上がってきていたスズリカがため息混じりに承諾すると、リティアはスズリカのことまで睨みつけながらパーキーに腕を掴まれて下りていった。

「スズリカ様、申し訳ありません。もっと早くわたしが止めるべきでした」

「いや、何かあってもなるべく止めるなと言っていたわたしに責任がある。気にするな」

 口惜し気に謝罪するヘルマーナをすんなり許すと、スズリカはリュイナの肩を叩いて力を抜かせた。怒っている感はない。むしろ、悲しそうで、余計申し訳ない。

「みんな、ヤコアとアクラーナは、リティアと仲が良かった。リティアも傷付いているんだ、許してあげてくれ」

「でも、スズリカ族長――」

「頼む。お前たちならあの子の気持ちがわかるはずだ。リティアだけじゃない、お前たちも、まだニンゲンを、彼らのことを信じ切ることはできないはずだ。いまはそれでいい。わたしたちから彼らのことを敵視しなければ、それでいい。リティアにもまた、わたしから言って聞かせておく。だからお前たちは、何も言うな」

「うん。……その、スズリカさま、ごめんなさい」

 リュイナがしおらしく謝ると、スズリカはくすっと笑ってリュイナの頭を撫でた。

「気にするな。わたしが悪いんだ、わたしが。お前たちはよくやってくれているさ。――アトレイシア、動けるならヘッドのところに行ってやってくれ。ここではこれ以上わたしたちの出る幕はない。ケイトの怪我は診ておく」

「ん」

 そういえば、ヘッドのことを忘れてた。言われて思い出したけど、思い出してみれば何故か無性に心配になってくる。この場の雰囲気悪くしちゃってちょっと居心地悪いし、ここはスズリカの配慮に甘えとこう。

「カトリナ、ありがとね。今度いいもの拾ったらあげるね。ケイトも、止めてくれてありがと」

「お、サンキュ。期待してるぜ」「ん……すまない」

 ケイトにも、今度何かあげよう。もし、あそこでわたしがリティアにかかっていったら、リュイナが来たところで収まりがつかなくなってた。ケイトにはそれがわかってたんだ。

 わたしがひとり背を向けると、スズリカはまず、泣いているコーニャに近付いていった。

「コーニャ、ヤコアと……アクラーナの、様子はどうだ」

「ヤコアの応急処置は、済ませました。アクラーナは……ごめんなさい。わたしが止めなかったから……っ!」

 アクラーナがかろうじて生きていてくれたらという、淡い期待を打ち砕かれたスズリカは、感情をひた隠してコーニャ肩を握った。

「二人を連れて、いま直ぐ離脱できるか?」

「……やらせてください」

「ヤコアを助けてやってくれ。――他はみんな大丈夫か? 戦闘に支障があるならタナトスがこれ以上増えないうちに離脱させたい。ヘルマーナは退避するのに丁度いい地点を見付けてきてくれ」

「わかりました。ここに来るまでで、比較的安全なところを見付けてきます」

 ヘルマーナがわたしの背を追うように駆け出した。スズリカの側近のひとりだけに能力は高く、大きな怪我もなく戦いをこなしている、頼りになる人だ。

 さっき自身で言った通り、もっと早く止めに入るべきだったと失敗を自戒しているようで、それをよくわかっているスズリカは、別の仕事をさせてヘルマーナ気を紛らわせたいらしい。

 スズリカは生真面目なヘルマーナの扱い方はよくわかってる。でも、全体に目を向けて、全員の舵取りをするとなるとぼろが出る。特にわたしが絡む時にはその傾向が顕著。わたし、スズリカの邪魔になっているのかな。

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