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「あっちでなんか爆発したぞ!?」
「いまの、ヘッドおじさんのいる辺りじゃない?」
え。
言われて南を振り向くと、もう離れすぎて米粒ほどもないけど、ヘッドが砲を置いていた辺りで、土煙が上がっているのが薄っすらと見える。いやまさか。
「まさか、やられたか? あの男が?」
「おじさん、どんくさそうだからね。足短いし」
「その分しぶといやつです、大丈夫では?」
「お前は戦車の砲弾を生身で耐えれるか?」
「無理ですね」
「だろうな。あの男だって無理だ」
……え、ヘッドが死んだ……?
「ヘッド……死んだの?」
「アトレイシア、ヘッドなら、きっと大丈夫だ」
「でも……」
「あの人の悪運を信じよう。それに、タナトスの狙いは悪い。あの距離でも外す可能性は、十分にある。いまはわたしたちのやるべきことに集中しよう」
ケイトが下に目を向けた。わたしたち目の前を通り過ぎた重戦車が九七式と撃ち合いを始めている。
ペスティス重戦車の主砲は大きくて砲撃音も派手だ。ファイアフライほどじゃないけど、九七式の砲なんて赤ちゃんみたいな可愛い物体。
「砲弾が効いていない……」
「マツダ逃げろーっ! 勝てる相手じゃないぞ!」
九七式の放った砲弾は歯が立たなかった。そして重戦車が余裕を見せつけるように、ゆっくりと砲塔を向けようとすると、九七式は射線から逃れるために、逆方向に回り込もうと必死になってエンジンを吹かし始めた。
重戦車が砲弾を放つと、運が良かったのか砲弾は九七式の通り過ぎた場所を通過したらしい。砲弾の動きが速すぎてわたしでも目で追えない。
「……ダメだ。次はかわせない」
九七式は小さいけれど、それでも身を隠せる場所はないようなもの、ペスティス重戦車の砲塔の旋回の方が若干早いから、確かに次は当たりそう。
「よし、ニンゲンに気を取られている内に、中に乗り込んであの戦車奪おう。いくよアクラーナ!」
「うん!」
「ちょっとヤコア、危ないわよ!?」「あっ! 待って、勝手なことは――」
向かいの城壁から、二人が戦車に跳びかかった。ヤコアと、妹のアクラーナ。リティアの親友。
戦車は、全高が城壁の半分を越えるほどもあって、面積も広いし距離も大して離れていないから、上から跳び乗ることは簡単に見える。スズリカが手で制して止めなかったら、わたしもケイトと続いていたかも知れない。
「伏せろッ!」
二人が戦車の上に足をつけようとする直前に戦車から何かが打ち上がった。その、短い筒のか缶のようなものを目にして、危険を感じ取ったスズリカの声でわたしたちは伏せた。
破裂音と、雨音のような音がした。
「――いぎゃあぁぁぁぁあぁァァァァアアァアァァァッ!」
地獄の底から上がってきたかのような悲鳴に顔を上げ、立ち上がると、跳びかかったひとりが戦車の上でのたうっているのが見えた。姉のヤコアだ。程なくして地面に転がり落ちて、そのままうずくまって震え始めた。
もうひとり、妹のアクラーナはその手前で動かなくなってる。血を流してるけど、嫌がる素振りはない。
「ヤコア、アクラーナっ!」
リティアが跳び出そうとするのを別の誰かが止めた。助けにいったところでもう一度あれを使われたら自分まで巻き添えになる。すでに隠れるのが遅れた何人かが怪我をしてるし、今後のことを考えたら行くべきじゃない。
二の足を踏んだわたしたちを試すかのように、戦車がゆっくりと後ろに下がり始めた。踏み潰す気だ。
「いッ、いやぁッ! 誰か、助けて! アクラーナっ、アクラーナぁっ!」
戦車の動きに気付いたヤコアは逃げるように這いずって、途中で倒れている妹を起こそうと、身体を揺すり始めた。でも、アクラーナはもう動かない。
やっぱり見過ごせない。こんなものを見てしまったら、見過ごせるわけがない。今更怪我が増えたところでなんだ。
わたしも、ケイトも、動ける子は次々と城壁から跳び下りた。みんなで助け出そう。
「コーニャ、ヴィリア! 銃兵を黙らせろ!」
「はい、直ちに!」「お任せください!」
待っていましたとばかりに飛び来る矢弾の中を走り抜けて、ヤコアとアクラーナに群がり戦車から引き離す。一番着で二人のところに着いていたわたしが、アクラーナを別の子に託して手を離したとき、またあの缶が打ち上げられた。
打ち合わせも何もない以上、みんなそれぞれに、缶に何か投げつけて落とそうとしたり、近場の子と寄り集まろうとしたりしたけど、それよりも早くスズリカが地面を蹴った。もう少しで族長に得物投げるところだったのも、状況が状況だけに洒落にならない。
「やらせるか!」
爆発するより早く掴んで、スズリカはそれを戦車の向こう目掛けて投げた。なるほど、大きな車体がわたしたちの盾になってくれる。でも、スズリカはどうすればいいんだろう。
「ここはまたわたしに出番だね!」
ひとり空中で無防備になっているスズリカの前で、続いて跳び上がった……えっと……あの、さっきの子が盾になった。弾けた缶から飛び出した玉がバスバスと音を立ててめり込んで、短く唸るような悲鳴が混じった。
「助かった。大丈夫か?」
「ふっ、平気さ、族長……」
落ちながらなんかシブいポーズ決めてる。よかった、ところどころ出血してるけど元気だ。
「シュトリーナちゃん珍しくイケメン!」
「なんだとー!?」
リュイナが名前を呼んでくれた。そうそう、シュトリーナ。身につけている大量のナイフが防具も兼ねてるって寸法、大概みんなそうだけど、人一倍個性一直線。流石に防ぎ切れてないけど、致命傷じゃなければいいし、案外有効。
「シュトリーナの分も、こいつはお返しだ!」
「わたしからもとっておきをあげるよ! 今のはかなり痛かったからね!」
落下の勢いを乗せて、スズリカが戦車の天板に拳を叩き込み、シュトリーナは懐から取り出した物体を例の缶の発射口に押し込んだ。
「なんだそれは?」
「このわたしの怒りの形容せしもの。つまり爆弾」
なんでそんなものまで持ってるのか訊きたいけど、ちょうどいい。二人がいそいそと戦車から降りると、一瞬間を置いて、戦車の天板が火を吹いた。
「「やったぁ!」」
周囲から襲いかかってくるペスティスたちを相手しながら、みんな口々に歓声を上げた。ここからだと発射口を潰せたかまではわからないけど、爆発の煙と一緒に、一段とドス黒い瘴気が天板の上を這うように広がっているから、もう撃てないかな。シュトレーナ、いい仕事。
「やったやった! これでわたしの未来も明るいぜ! リュイナは今日から「シュトリーナ様は今日もイケメン」って言えよな!」
あ、「レ」じゃないや。シュトリーナ、シュトリーナ。なんだか覚えられない。
「えー、やだよぉ」
「リュイナのけち! うぅ……」
調子に乗らないようにわざとおざなりに扱うリュイナに、あれこれ言ってやろうとするシュトリーナだけど、傷が痛んだのか口をつぐんだ。
「はいはい。怪我人は下がりな。あとでたくさん褒めてやるからよ、シュトリーナさま」
「絶対だぞ。おやつを奉納しろ……だから死ぬなよ戦友……」
「不吉なこと言うなよな」
カトリナとの茶番までこなして、シュトリーナは本日の戦闘を終了した。お疲れさま。
わたしたちは、まだまだこれから。ペスティス重戦車は爆発のあとしばらく止まっていたけど、また動き出した。
「戦車はまだ倒せてはいないぞ。獣人たち、気をつけろ」
近くまできていた九七式からマツダの警告が聞こえた直後、重戦車が砲弾を発射した。
放たれた砲弾は九七式のエンジン付近に直撃して、九七式は動きを止めた。引火、誘爆がなかったことが救いで、乗っていたマツダと乗員たちは機銃による追い打ちからもなんとか無事逃れて、全員生きて戦車を降りることができた。でも、戦車の外は敵だらけで彼らには厳しそう。
……って、よく見ると、全員揃って砲弾持ち出してる。脱出前に配っておいたのかな。戦車がダメだったからって肉弾戦する気だ、あの人たち。根性凄い。
「ヴィリア、彼らを守れ!」
「了解しました」
ヴィリアが数人を連れて、地面を這うようにしてマツダたちのところに駆け寄っていった。あれなら流れ弾に当たらない限り大丈夫。
「リュイナ、アトレイシア、手伝ってくれ」
声のした方を振り返ると、ケイトが機転を利かせて、門の前に配置された大砲の一つを制圧してる。砲は門の方から見て右側、ペスティス重戦車を後ろから撃てる絶好の位置だ。頑丈そうな戦車だけど、後ろから撃てばなんとかなるかも。
「砲が回らないんだ」
「ん」「わかったよ!」
大砲には後ろに向かって足が生えていて、その先で地面に固定されてる。持ち上げて戦車の方に向けないと撃てない。
「掴んだ手から何かが抜けてく感じがする~っ」
その場にいた子が加わって、二人一組でそれぞれ足を持ち上げて、砲を戦車に向けた。
少し頭がくらつく。ここは結構瘴気が濃い。さっきから瘴気の濃いところにいすぎで、もうあまり長くは持たない。里を出るときだってここまで瘴気を浴びなかったはず。
ただ、意外と不快感がない。むしろちょっと、落ち着くような……意識自体が薄れるから、眠気に近いのかな。
……あれ? 開閉レバーって、これじゃないのかな……あ、そうか、準備栓だ。
「――装填完了」
「リュイナ、照撃把は高低照準器と一緒にある」
「えっ、しょーげきは? なにそれ、どどっどうやって発射するの?」
射手の位置に一番近かったのはリュイナだけど、発射方式がわからずにわたわたした。ウタゲから教わりはしても、実際に扱ったことのないものだからどれがどれだか。紐を引くタイプか、取っ手を握り込むタイプか、わたしだってぱっと見ただけじゃわからない。
ケイトが言うには、これは上下の狙いをつけるための器具と砲弾を発射する器具が一緒になってるタイプらしい。左から突き出ている棒のどっちかだけど、下のはただの水平照準器っぽい。
「上の小さい方の取っ手。――そこ、足どかして。固定してないから後ろにいると危ない」
「え~いっ! このこの! ケイトちゃん代わって~っ! ――ぎゃっ!」
わたしが教えたところをリュイナが引っ張ったりひねったり、結局叩いたら砲弾が発射された。外しようのない至近距離からの発砲、後方からの一撃。
「やった! ……あれ?」
発射と同時に下げた頭を持ち上げると、あろうことか戦車は何事もなかったかのように悠々としてる。砲弾は装甲を貫通できないどころかちょっと傷付けた程度で、どうにも性能不足らしい。
「ダメだ。貫通していない……」




