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アトレイシアともう一度  作者: 長原玉乙
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 ――城壁に戦車襲来の報が飛び交い出したその頃、ハーベス領主アダーガドは、城壁から丘を2つ挟んだ森の中で、生き残った手勢を集結させていた。

「ダルタン殿は後方へ撤退するとのことですぞ。酷くやられたようですからな」

 自身もいくらか手勢を失い、内心穏やかではないだろうが、ハブラはそのような心境を表には出さずにそう伝えた。これで戦力と呼べるものはハーベス家の私兵と民兵、ハブラの率いる武闘家衆の生き残りみのである。戦力とは言えあまりにも頼りない。

「情けない真似を……ベーレーレンの騎士が、敵に背を向け逃げるのか。所詮、第2軍など逃げ足だけが取り柄の惰弱な将軍に率いられた、軟弱な軍なのだ」

 幸い、城壁にまともに近付けなかったことで、却って消耗は抑えられていたが、疲れ果て底ついた士気は脱走者を絶え間なく生み出した。彼らは瓦解しようとしていた。

 そして不幸なことに、指揮官であるアダーガドの頭からは「士気」という言葉すら忘れ去られているようで、兵の思考が自身の意志と相反していることに気付かず、思考の機能不全は修復困難の状態にまで陥っていた。

「アダーガド様、かくなる上は戦闘団の活躍を頼みとするしか御座いませんぞ。この場は私めが敵を引き受けますので、どうか町に戻って守りを――」

「うぅむ……そうか、これは獣人どもの……! おのれ図ったな獣どもめ、最早許しておけぬ……!」

「……は?」

「生き残った兵たちと共に、あいつらを駆除してやるッ!」

「あ、アダーガド様、何を仰っているのですかな? 血迷われたか?」

 この若い領主は何を思い、何を悟ったつもりでいるのか、彼の目付きが明らかにおかしいことにはハブラも気付いていたが、あまりに突拍子のない発言に面食らってしまった。

「この馬鹿め、わからんのか!? 奴らはできぬことをできると言っておれたちを焚きつけて、タナトスどもにぶつけたのだ! 我らを消耗させるために!」

「はあ?」

 思わず礼儀も忘れて素が出たが、アダーガドは気にも留めずに支離滅裂な陰謀論を唱え、なおも喚き散らした。

「今こそ奴らを根絶やしにせねばならん。奴ら亜人種こそ、本来より我々人類の敵なのだ!」

「そんな馬鹿な、ご自身が勝手に張り合われただけではないか! おやめくだされ! ――パブス、何を突っ立っている? お前からもなんとか言え。領主様をお止めしろ!」

「え、いや……。ハブラ殿も、気をお鎮めくだされ。領主の意向に従うのが、私どもの務めゆえ……」

「たわけがッ! お前のような輩が君子を腐らせるのだ!」

 聞いていられなくなって語気を強めたが、アダーガドどころか私兵隊長までも聞く耳を持たぬ様子に、どうして良いやら、ハブラは胃痛を覚えた。もとより碌な事にならないとは確信していたが、まさかこれほどとは。

(戦闘団は約定通りの働きをしている。それを知っててパブスの無能め、何故止めんのだ。役立たずの耄碌野郎は聖教師でもやっておれ!)

 一応述べておくと、この散々な思われようの私兵隊長、思った小男よりかは年少である。言ってしまえば、耄碌関係なしに能力が残念である。所詮一領地の私兵隊長なのだから致し方無い事ではあるのだが。

「黙れハブラ! 奴らは端からタナトスどもと結託して、このおれの領地を乗っ取るつもりなのだ。お前が勝手なことをして奴らにチャンスを与えなければそのような愚劣な策、どうにでもなったものを、むざむざ手の内で遊ばれおって! これではおれまで父上に顔向けできんではないか!」

 相手の手の内がどうのこうのではない。自身の手で己の身を滅ぼそうとしている者と、一緒くたにされては敵わぬ話、ハブラは苛立ちをつのらせ、額に青筋を浮かべた。

「アダーガド様、それ以上ふざけたことを申されたら……」

「戦が終わったらこの責任は取ってもらうぞ。それとも自慢の曲芸団で奴らに一矢報いるか!?」

「……もう勝手にしてくだされ。わしは勝手に動かせてもらいますぞ」

 賢明なハブラはここで言い争うことを諦めた。武闘家衆を曲芸団呼ばわりされたところで怒りのボルテージは天頂を突き抜けかけたが、過労死寸前の理性がそれを押し止めた。

「ふん、臆病者の腑抜けめ!」

「この馬鹿息子めが、血の池で頭を冷やすことになるぞ」

 領主であるアダーガド本人の前で言うにはいささか問題のある発言だったが、最早見限ったも同然の相手、ハブラは遠慮なしにぐちぐちと罵声を口にすると、背後に控える部下に合図を送った。幸いすでにアダーガドの眼中からは、物理的にも心理的にもハブラのことは消え去っていたため、罵声が耳にも届くことはなければ、不穏不審の行いに気付くことも無かったが、もしも気付いたところで、何をすることも無かったであろう。

「――伝令! 領主様、城壁の上にタナトスのものとは違う人影が見えます」

「獣人どもだな。タナトスどもと合流したか……」

 折よく舞い込んできた伝令からの報告に、アダーガドは一見冷静そうな雰囲気を取り戻した。どういうことか、指揮官として感情の線引を行えているではないか。もとい、実態は、ただの情緒不安定の表れであろう。

「それと、この森を南に抜けたところで、十数騎の、見慣れぬ騎兵が戦闘を行っています。どちらも、タナトスと――」

「獣人どもに肩入れしている恥知らずの阿呆だな。まずはその騎兵を潰すぞ、合流させるな。パブス、おれが足止めするから歩兵を進路上に配置せよ」

「え、あの、領主様、彼らは――」

「お前は戻って良い。どうした、早くしろ。――パブスッ、お前もだ!」

 アダーガドがまた突然怒鳴り始めるものだから、伝令は伝えたいことを残したままその場を去ってしまった。因みに、彼はそのまま逃亡して、稲荷坂戦闘団のもとに駆け込んだ。主人よりか利口な選択と言えよう。

 報告を最後まで聞かずに指示を出すなど、指揮官として褒められた行いではない。味方の状態を把握せず闇雲に敵を見出し、それを無闇に攻撃しようなど、指揮官としてあるまじき破滅的な判断である。忠実なはずの私兵隊長が二の足を踏むのも無理のない話で、しかし当然、この時のアダーガドは、そんなこともお構いなしであった。

「は……しかし領主様、兵たちは……」

「早くしろッ! 戦えぬというならここで直々におれが殺してやる! 戦う気があるならおれに従え! おれはハーベス、この地の領主だぞッ!」

「はっ――ははっ! 直ちに遂行いたします!」

 内心はハブラ同様不服なのだろう。しかし、この私兵隊長のパブスと言う男は、慌てて領主の顔色を窺い、彼に従うことを選んだ。アダーガド・ハーベスという男は頭の代わりに剣の腕前は優秀で、彼は自分では歯が立たないと知っていた。情けない話だが、自分が可愛ければここは部下を犠牲にしてでも生き残れる可能性の高い選択肢を選ぶしかない。このパブスという男はそういう男であった。

 指示が出され、兵士たちがばたばたと前進を始める中で、ハブラはまたひとりため息を付きながら、踵を返してその場を後にすることとなった。


 ――その頃、南方、城壁に向かう台の上では、

「なんだありゃ!? でっけぇや、重戦車かよ? 徹甲弾装填。腹の下を狙え」

 アダーガドがまさに致命的な采配を決心したその時、ヘッドたちは新手の敵に対して戦慄を覚えていた。戦車が瓦礫の山を乗り越える姿は、当然、後方に構えるヘッドたちからも確認できたのだ。

 その巨体、H1ほどではないが、ヘッドたちからすれば間違いなく重戦車である。外見からして洗練されたその戦車が与えた心理的なショックが、頭の中でけたたましく警鐘を鳴らした。

(やべぇなあれ。いやいや落ち着け、こっちには頼れる大砲があるんだ)

 台上に据えられた大砲は、英国の6ポンド対戦車砲を、米国がライセンス生産品したM1 57mm砲である。かつてアトレイシアたちと共に装甲車から逃げ回っていた際、槍騎兵が発見したもので、汎用装甲車で牽引されながら共にこの世界を旅してきた。度々戦果を上げており、なかなか頼れる砲なのだ。

 戦車は斜面を乗り越えようとするとき、被弾に対して比較的脆弱になる。車体底面は勿論のこと、車体正面の下部は上部に比べて装甲が薄い場合もあり、避弾経始を取り入れた装甲ならば、低位置からの射撃により傾斜を相殺されてしまえば、返って顕著な弱点となり得る。

 この時のヘッドたちは知る由もなかったが、彼らの眼の前にいる戦車は、まさしくそのような戦車である。

「撃てッ」

 砲弾が放たれたのは、車体が頂点に達しようとするその直前であった。タイミングとしては極めて良いと言えよう。距離は1000m未満、せいぜい900mである。

 この条件下なら、M1 57mm砲による射撃は、砲弾が砕けない限りは眼前の戦車の装甲を貫徹するはずだ。ヘッドはそう思っていたが、生憎のところそうはならなかった。突如とした戦車の来襲に動転し、砲手の不慣れも相まってか、砲弾は上に逸れて正面装甲の境目、車体の先端に命中し弾き返されてしまった。

「うえっ、防ぎやがった、もう一発だ。同じとこでいい。よく狙え」

 ヘッドはまだ落ち着いていたが、抜けぬ装甲がそれでどうにかなるわけでもない。彼の住んでいた世界では装甲に厚みのある戦車などお目にかかれたものではなかった。表面硬化された装甲板を取り入れた戦車の出現により砲弾は強化されたが、対戦車砲というものには、実のところこの世界に来るまで縁がなかったのである。

「駄目だ。全然効かないぞ」

「ヘッド隊長、撤収の指示を。ここでは発見され、先に此方がやられてしまいます」

 富岡隊の仲村曹長が意見具申を行い、ヘッドがそれを素直に受け入れたので、既に装填していた砲弾を発射次第、砲の撤収が始められた。

「どうすんだあいつ、57ミリで抜けねぇんじゃマチルダの砲でも無理だろ……って、不味い!」


「げげっ、あれはパンター!?」

 時を同じくして末莉もまたヘッドたちと同様に、姿を現した戦車を見て大いに慌てた。そう、現れた戦車とはパンター戦車であった。

「助かった。あそこにとどまっていたら危険だったね」

「ズルいですよ。あんなにいい戦車使って!」

 憤慨したくなるのも無理はない。パンターはマチルダⅡで相手をするような敵ではないのだ。重装甲を誇り、砂漠の、戦場の女王と称されたマチルダⅡといえど、このドイツの巨獣からすれば所詮蟻の女王である。

 いやしかし、だからといって敵わぬ道理はない。軍隊アリはジャガーすらも脅かすのだ。黒豹も然りである。末莉は地団駄を踏みたい衝動をぐっと堪えた。

 幸いなのは歩兵の突入後、富岡車は砲を設置した台まで後退し、マチルダⅡは城壁からいくらかの距離を取って、北へ向かおうとしていたことである。図らずとも最悪の事態は免れたと言える。

「小さな博士さん、敵の方が強そうなんだが、大丈夫なのかい? 正直なところ挑みたくはないな」

 ひとまずは命拾いしたことに安堵し、乗員は落ち着きを保っている。頼もしい限りである。

「正面装甲の貫徹はまず不可能です。背面か、側面の履帯上に高速徹甲弾を真っ直ぐ撃ち込めばいけると思いますが、速力で完全に劣っています。回り込むより、向こうから晒してくれるのを待たないと……」

 砲塔を旋回させている内に、パンターは城壁を越え、小癪にも此方に対し食事の角度を決め込もうとしていた。これでは撃っても無駄である。末莉にはそれがひと目でわかった。

「ヘッド隊長のところの砲は?」

「装甲目標に対しては通常徹甲弾しかありません。少し距離もありますし、表面硬化されていたら側面ですら怪しいですよ。近付けばこっちの高速徹甲弾の方が優れた貫徹力を発揮するので、わたしたちが……あ、やっぱり弾かれてますね。せめて射撃位置の修正をしてもらわないと……って、不味いです!」

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