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「スズリカさん、そろそろ行けますか?」
周囲にいた数人と一緒にリティアに追い付いたところで、スズリカがマツリからそう訊ねられた。城壁の瘴気はある程度抜けたけど、一緒に中にいたペスティスが流れ出てきて、敵が減ってる感じはあんまりない。
でも、まだ落とせる。落とせそうなときに落とさないと、次は何処から敵が湧いて出て来るかわかったものじゃない。スズリカも頷きながら右手を掲げて、マツリに承知したと伝えた。
「総員、突撃だ! 崩れた箇所から上によじ登れ!」
「よっしゃ! 突撃、とつげきーっ!」「みんないくよーっ!」「やってやる!」
全員で突っ込むとなれば、もう渋る子はいない。みんなで一斉に全力疾走を試みた。ここにとどまっているより城壁にへばりついた方が安全なはず。急ごう。
「前進を止めてはならぬ。遮二無二攻撃、攻撃せよ」
「獣人に遅れを取るなよ。男の意地を見せろ!」
獣人たちが勢い付くと、一緒にいる兵隊さんたちもいっそう奮起して撃ちに撃ちまくった。足を止めることなく城壁の前でたむろしていたペスティスたちを蹴散らし、スズリカ率いる獣人が先に城壁にたどり着く。
「敵が側防塔に戻って来てるな。撃たれる前に制圧したいが、この瘴気では……くそっ、雑魚も多いか」
城壁にたどり着いて安心したのもつかの間、わたしたちは側防塔から射撃される危険に晒された。戦車の攻撃で沈黙してた塔が息を吹き返しそう。
背後を振り返ってみると、瘴気に進路を阻まれたオオズミたちに敵が火線が集中させようとしてる。オオズミもそれに気付くと、腹を括って瘴気に突っ込み、ひと息に突破して無事合流してくれた。
「思っていたよりも酷い濃度だな。――パーキー、気をしっかり持て。取り込まれるぞ」
マツダの戦車が北に進路を取って一足先に城壁に穴を空けてくれてるけど、どれだけみっちり詰まってたのか、砲撃で崩れたところからは、まだペスティスたちと一緒に瘴気がだくだくと流れ出てきてる。最初より薄れたようにみえるけど、触れれば意識が遠退くほどの濃さ。内部に踏み入ったら、きっと人として帰ってこれなくなる。
「何とか来れたが、これでは内部を制圧できないぞ。族長、追加の砲撃を頼ませてくれませんか? 風通しをよくすればマシになるはずです」
「そうだな、ヘッドに伝えてくれ。わたしは先に上を確保しておくからな」
遅れて到着したパーキーが顔をしかめながら進言すると、スズリカもこのままでは危険だと判断したらしい。もうこの城壁自体がペスティスでありタナトス、一部で呼ばれるところのリベレーターだ。もっとたくさん砲弾を撃ち込んで倒さないとダメ。
「よし、ウェーブ、早く来い! ――隊長! 追加で砲撃を願います。左手方向に20メートル間隔で3発。側防塔にも――お、吹っ飛んだな。はっ、突入します!」
ウェーブと名付けられた兵士が走って来ると、パーキーはその人が背負ってる無線機で名付け親と連絡を取った。
ヘッドの対応は早く、不安の種だった側防塔から敵を排除すると、数秒毎に砲弾を叩き込んで風穴を増やしてくれる。腰下を黒い瘴気が抜けていくのがくすぐったいけど、これで城壁の中には入れるかな。
「メートル法がわかるのですか」
「いや、よくわからないから適当だ。ヘッドならわかるしな。――内部は2段構造か。おれたちが下を引き受けるから、上階は頼む」
「では、お先に」
城壁内部の下の階はエルンヴィア兵、上はニホン兵が受け持った。そこにオオカミ亜人が二人ずつ割り振られて、先頭を務める。シャルルサが怪我で不参加になった分余計に数は少ないけど、チャニを筆頭に個々が高い戦闘能力を持っているし、きっと上手くやってくれる。
上部通路は予定通り、わたしたちキツネ亜人の担当。瘴気が薄くてラクそう。
「アトレイシア、わたしたちも上がろう」
「ん」
上までの高さは10ゼール(約7.9メートル)くらい、崩れた箇所を足場に跳び上がれば、これも楽々。
上がってみると、すでに南側ではホロビが迫るペスティスたちを通せんぼしていた。
妖獣人は基本的に体力面で普通の獣人より若干劣っていて、近接戦闘が苦手だから前に出さないということになっているけど、ホロビはべつにそんなことなく、戦闘全般が得意。だから時間の都合次第でわたしたちと一緒に戦ってくれるし、族長側近書記長としての仕事ついでに戦闘報告とか事務処理も全部やってくれる。普段から妖獣人に何か要望があればホロビに頼めばなんとかしてくれるし、いてくれると凄く便利な人。
「こっちはわたしに任せて、みんなは門に行って!」
「ホロビさん、やけにやる気じゃない?」
「カッコいいでしょ? お目玉くらった分、こういうときにいいとこ見せておくのよ」
喋っている間に近寄るペスティスたちは真っ二つ。陽気でフレンドリーで、ちょっとゆるい感じがするけど、実力は一線級。頼れる。
「きりさけ~っ」
楽しそう。
後ろはホロビに任せて、残りは門を目指す。ニンゲンたちがここでペスティスたちを迎え撃った名残か、砲撃を加える前からかなり乱雑なことになっていたらしい。樽だの木箱だのあれこれ放置されている。
「銃に気を付けろ。機関銃で撃たれたら誰かしらが当たるぞ。撃たれる前に倒すんだ」
「結構無理があることいいますね」
「やれるさ」
スズリカが先陣を切って走る。手前にいるペスティスを盾に、銃を持ってそうな奴を先に倒してしまえばまず撃たれない。20人を越えるキツネ亜人がこんな時間にこんなことしてるなんてらしくないけど、戦争は時間を選ばしてくれない。せめて早く終わらして日のあるうちに眠りたい。
落ちてるものを拾っては投げ、伏せたり走ったりを繰り返しながら順調に進んで、わたしたちは半壊した側防塔の目前まで迫った。その前には銃を持ったペスティスたちが横一列になって待ち構えているのも見える。何処ぞ近場の国の銃兵隊の成れの果てだ。スズリカはここで直ぐ様攻撃を一時停止させて、射線に入らないよう全員を引っ込ませた。
「塞がれてるな。全員で行くのは良くない」
確かに、この幅の狭い場所で銃に向かって真っ向から突っ込んで、全員が無事で済んだら奇跡。むしろ無駄に損害が出る。やり方を考えないとね。
「この下ぶち破って足元から襲っちゃう?」
「えー? 手間じゃない? 下にも絶対あいつらいるし」
「何人かで上から襲いかかった方がいい」
「あら、あんたと意見が合うなんて珍しいこともあるのね。わたしたちが行くわ」
下がダメなら上と、わたしの安直な発言にリティアが乗り気になってくれた。
この世界の銃の射程なら大した事ない。1~2回射撃をやり過ごせば飛び込める。数人でかき回して、残りのみんなはあとから来ても十分間に合うはず。
「ちょっと待った、このシュトリーナさまも忘れてもらったら困るよ!」
……誰だっけこの子。なんだかいきなり出張ってきたけど、記憶にない。
この子、速度が大事なのに長くて重そうな外套を着込んでるけど、大丈夫なのかな。
「よし、行け」
3人で前に出て、わたしとリティアは城壁の端の一段高くなってる部分、シュト……なんとかは障害物を避けながら真ん中を進んだ。
それを見て、わたしたちを待つ黒い一団が即座に動いた。
「構えたわ。当たっても助けないわよ」
リティアが助けてくれたら、それこそ死ぬほどびっくりする。あ、逆の立場だったら助けるよ。
ペスティスは一斉に撃たずに、各個射撃してくるはず。誰かしらの初弾をかわしたところで油断できない。できるだけ一度にたくさんかわしたいから、思わず慌ててみんなして撃っちゃうような速度で突っ込んで、ぎりぎりで射線を外す。
タイミングは3人ぴったり一緒だった。わたしとリティアは適当な足場を蹴って上空に跳び上がって、シュなんとかは通路端に据えてあった大砲の影に滑り込んで、初弾をかわしたあとでついてきた。
「最前列はわたしに任せなさい」
「…………」
対抗心が沸き起こってきたから本気を出そう。
ナイフを投げたのもリティアと同時。何人かこっちに撃ってこようとしたけど、銃弾がとんでくることはなかった。
「わたしたち3人で相手するには数が少なすぎるね!」
着地したところで、シュなんとかのナイフが機銃弾みたいに降り注いだ。狙いは結構雑だけど、凄いサイクルの速さ。ペスティスたちを一人ひとりを倒し切れてはいなくても、効力としては十分。これならみんなが来る前に、側防塔前の敵は一掃できそう。
「トロい連中ね。つまらないわ」
「そうは言いつつリティアさま、敵倒しきれてない」
「……そういうあなたも。こいつら、しぶといからしっかり殺さないと」
「おっと、すまないね。一撃必殺は苦手でね」
銃は怖いけど、長い銃は近付けば大した事ない。乱戦になればそれこそ無用の長物だ。
思った通りあっさり殲滅できて物足りなかったから側防塔の上にのぼって、そこにいたペスティスから機関銃をぶん取った。ちょっとぐらい使っても壊れないはずだから向かいの城壁の敵を撃っちゃおう。
「いやー、速さは素晴らしいけど、戦いは数だぜ、アトレイシアの姉御」
シなんとかがそう言って、機関銃を撃てるように準備するわたしの肩を後ろから叩いた。
ん。「姉御」……? そういえば、結局わたしの倒したペスティスの数が一番少ない気がする。でもいいや、これから増やすから。
「あ、機関銃とかずるいぞ! わたしに撃たせろ!」
「やだ」
「けちんぼ!」
なんとかの妨害を受けながら機関銃をぶっ放した。うるさいけど、これ、結構いい。でも直ぐに弾切れになった。
「あんた、一体何本ナイフ持ってんのよ?」
「さあ? 数えたことないなぁ。でもリティアさまもやっぱり器用だね。敵わないよ」
えっと……なんとか。あれ、本当に名前なんだっけ。もう思い出せない。まあいいや。この子、外套の内側にナイフ詰めてるの……重くないのかな。
この子の多用する、下から上へ肘から腕を回して手首のスナップと合わせて投げる動作を繰り返す場合、あれが一番連続して投げやすいのかも知れないけど、物事には限度があるだろう。一体ひとりで何人相手する気なんだろ。
弾切れを起こした機関銃を片付けて、なんとかを見つめていると、追いついたケイトがわたしの顔を覗き込んだ。
「アトレイシア……?」
「……負けた。ケイト、わたし負けた」
「そ、そうか……?」
……いや、流石に真似したくない。数本でいいんだ、数本で。あれは絶対に動きづらい。




