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翌朝、わたしたちは小雨が降る中移動を開始した。レンカに「今日はお天道様の機嫌が悪いから、晴天は諦めてくれ」と言われて、朝の冷え込みと相まってすっごく寒かったから、タヌキ亜人たちが気を使って暖かい風を送ってくれた。まあ、それでも寒かったけど。
「見えた。マチルダだ」
「お待ちしていましたよ! さあ、ド派手にぶちかましてやりましょう!」
「ははは、威勢がいいな」
集合場所に着くと、マツリがいつものように元気よく手を振ってわたしたちを迎えた。
途中、一足先に出発したトミオカの戦車隊に追い付き、やきもきするほどのろのろと進む戦車を眺めながらきたけど、予定時刻には間に合ったらしい。戦車は、戦場では素早く走り回って暴れまわるけど、今日は戦場に着くまでは慌てず騒がず、決して急がずだった。雨音がいくらか戦車の音も消してくれたけど、「戦車をぬかるみに取られては敵わないぞ」とトミオカたちは有難迷惑そうにしていた。
間もなく、陽動に出ていた槍騎兵たちが合流すると、マツリ、スズリカ、トミオカ、ヘッド、ヤンコフスキ、オオズミ、パーキー、アトキンズ(マチルダⅡ車長)の8人がマチルダⅡの後ろに寄り集まった。マツリとスズリカは措いといて、ひとり将校でないのか、アトキンズがちょっと萎縮して見える。
「手筈通り、まずこの戦車を前に出して火線を惹きつけます。その隙きに砲を設置位置に。準備が整い次第榴弾による砲撃をおこなってください。効力の薄い場合は、戦車砲弾による損傷部を照準すること。富岡戦車隊は歩兵戦車に追従し、敵の火点の撃滅後、徹甲弾を用いて城壁を砲撃、これに適度な損傷を与えること。頃合いを見計らって歩兵戦力を突入させます。その後も変更はありません」
「承った。――アトキンズ君、君の戦車は見事なものだな。しっかり頼んだぞ」
マツリがテキパキと手筈の確認を済ますと、トミオカはアトキンズに一声かけ、時計の時刻合わせを終えたところで部下のもとに戻り、それから自分の戦車の中に消えていった。
マツリは続いて、マチルダⅡの砲塔の脇から謎の棒を持ち出してヤンコフスキに手渡した。
「周辺のペスト患者たちがここに集まってくるはずです。火線に入らないよう注意して、彼らをあしらってください。いざとなったら装甲車を送ります」
「承知した。――これが例の?」
「ドイツの携行型対戦車火器、パンツァーファウストです。使い方は簡単な、脇に挟むか肩に担いで、照準器を持ち上げて、目標を中央の線に捉え、発射レバーを押す、照準器を起こした時点で安全装置が外れる型です。発射時に後方に発射ガスが噴出します。当たるとまず死んじゃうので、後方確認は厳重におこなってください。当然体の前で構えるのも厳禁です。死にます」
何本か用意したもののひとつを実際に構えながら、マツリが使い方を簡単にレクチャーするのを、見たことのない武器だけにみんなが注目して聞いている。
「獣人の方たちは火器の取扱いに慣れていませんから、全部持っていてください。弾速は遅いし精度もアテにできませんが、貫通力は200ミリだったはずなので、大概の戦車の装甲は抜けます。つまり大変貴重です。せめて20メートルまでは接近して撃ってください。いいですか? この照準器が安全装置、後方確認を怠らず、身体の前で構えない、撃つときは目一杯近付く。――そうです。あ、邪魔になるでしょうから使い捨ててくださって結構ですよ」
肩に担いで構えたマツリに対して、ヤンコフスキは試しに脇に挟んで構えた。どうせ刃先の飛び出す槍とでも思っていそう。早口にまくし立てられたけど、とにかく危なっかしくて強くて貴重なものだ。そんなものわたしたちが持っていたら何をふっとばすかわかったものじゃない。
こうしてしばらく、部隊間の調整に時間が費やされながら、攻撃開始時刻が近付いた。
「ヘッドさん、くどいようですが砲の設置に手間取らないでくださいね。時間をかけるほど敵が増えてしまいます。動きがあるようには見えませんが、人数が多いので接近に気付いているかも知れません。――戦車前進!」
戦車に乗り込んだマツリが車内のアトキンズに指示を発し、マチルダⅡが前進を始めた。あとで聞いた話によると、乗員のひとりが病気で寝込んでいた戦車に、マツリが補充がてら滑り込んだらしい。本来の車長であるアトキンズは、このとき操縦手を務めていた。
まずはマチルダⅡが先陣を切って戦場に突入する。それからヘッドが、先日わたしがヤンコフスキと登った台の上に大砲を設置して後ろから援護を始める。わたしたち歩兵は戦車の脇をこそこそ進んで、砲撃で城壁に風穴が空いたら、一気にそこに飛び込んで城門まで駆け抜けて、制圧する。うん。昨日聞いたそのままだ。
3両の戦車と、装甲車が一斉にエンジンを轟かせ、驚いた鳥たちが群れをなして飛び立った。
先頭のマチルダⅡに合わせているといっても敵までの距離はたかが知れてる。城壁まで1リゼール半(約1200メートル)もないんだ。直ぐに砲撃合戦になる。
間もなくして車両群は台地に差し掛かり、大砲を連れた装甲車が逸れていった。
「アトレイシア、いいか? 今日は流れ弾に当たんじゃねぇぞ。怪我してるの見ると可哀想だからよ」
うん。援護は頼んだよ、ヘッド。
「隊形組め、減速4キロ、射撃用意」
わたしたちは戦車と一緒に、この台地を北側に迂回して進む。トミオカの指示で、一列に進んでいた戦車たちが隊形を変えた。その後ろに、エルンヴィアとニホンの歩兵たちがくっついて、わたしたちは彼らの左後方に散在している。
城壁の上部がちらりと覗いたところで、閃光が目に留まった。発砲炎、凄い数。
「ウタゲちゃん、敵の大砲が撃ってきたよ!」
「来ましたね。射撃は下手くそですが、それでも何処かしらには当たるものです。とっとと戦車を押し出しましょう。それとわたしはマツリです!」
マチルダⅡが全速力かつゆっくりと姿を見せると、岩のような砲弾が装甲にぶち当たって砕けた。砲弾はあてずっぽうな射撃からマチルダⅡを狙った射撃へと移った。
細々と草木はあれ、一部を除いて見通しは悪くない。のろのろとしたマチルダⅡはいい的だ。それでもマチルダⅡの足は止まらない。大砲で撃たれようが悠々と全身を続ける。その斜め後ろをトミオカと、マツダの指揮する九七が並んで、若干先の尖った三角形を作っている。
「なんて頑強なんだ。敵の砲弾が石ころのように弾き返されているぞ」
「ふふん、流石マチルダだ、なんともねぇぜ。ですよ。中は結構怖いですがね!」
「こらッ、頭を出すな」
トミオカに叱られて、マツリは素直に砲塔に沈み込むと、がしゃんとハッチを閉めた。ちょっと安心。
ペスティスたちは躍起になって戦車の装甲を叩き始めた。まだ射線から逃れるだけの地形の起伏はあるし、射撃の合間を縫って少しずつ前進して、可能な限り接近しないと。
それにしてもあの、弾き返しては撃ち返す、歩兵戦車の無敵っぷりは見ていてカッコいい。九七式の方もかなり頑張っていて、マチルダⅡほど撃たれてはいないにせよちゃんと砲弾を弾いては、この程度はへっちゃらとばかりに、悠々と前進を続けてくれる。
戦車は、走っているのか這っているのかというところまで速度を維持して砲撃を開始した。マチルダⅡの砲だと建物に撃っても大して効果がないけど、そこは砲手の腕の見せどころ、誰か知らないけど城壁は無視して、見事一発でトロールの首を撥ねた。トミオカたちの放った砲弾は城壁に当って突き刺さったあと、爆発して、破片と一緒に黒々とした瘴気を滝のように流出させた。
間もなく背後からの砲撃音も混じると、戦場はまさに騒音のるつぼになった。大砲は撃たれる側だった獣人たちにとってこういう戦場は初めてだ。士気が上がる子もいれば、上がらない子もいる。
「大丈夫?」
「こっち飛んでこないよね……? 怖いよ……」
砲弾が頭上を越える音にトラウマが蘇るのか、何人かがうずくまってがたがた震えだしている。見ていて可哀想。
「今回は味方だよ? ほらほら、敵の大砲がドカ――危なっ。びっくりした。――ね? 大丈夫だよ?」
オオカミ亜人のベルケが、砲弾の欠片をひょいとかわして笑顔で励ます。たったいま危なかった。明らかに危なかった。オオカミ亜人だから当たっても平気だろうけど。
「どう見たっていまいま死にかけてたよ!」
「怖いものは怖い! みんな、みんな剣とか槍とかで戦おうよぉ!」
気持ちはわかるけどそんなこと言ったらニンゲンが可哀想な目に遭う。……いや、ニンゲンは数があるから大丈夫か。どんなに痛めつけられても、全体としては無傷みたいなものだし。
「無理せずに、ここで待っていてもいいと思うけど……」
「そうだよね、アトレイシアちゃんもそう思うよね!?」
「うん。わたしはもうちょっと前にいくけどね」
敵がもうちょっと砲撃で弱ってからの方がいい気もするけど、戦車に気を取られているいまを逃したら、返って取り付くのが難しくなるとも思う。ここはやっぱり、無理しない程度に進もう。
「ちょっと、甘やかしてたらこの先戦っていられないわよ? あんたたち、わたしが先に行ってあげるから続きなさい。手柄も残しといてあげるわ」
あとから追い付いたリティアが呆れたような口ぶりで、うずくまっている子の後ろ襟を掴んで身体を引き起こした。
「えぇ……敵が大人しくなるまで待ってようよ」
「アトレイシアのいうことなんか聞かなくていいのよ。シャンとしなさい?」
「わ、わかった。わかったから睨まないでよ……」
「……まったく……ちょっと睨まれてびびってたんじゃどのみち心配ね」
リティアは襟を掴んでいた手を放して駆け出した。思い切りがいいだけに初動から速い。
「リティア、姿を晒しすぎだぞ! 撃たれる気か!」
「はっ、撃たれたところで誰が当たってやるものですか。かわせばいいのよ」
そして宣言通り飛んできた弾を横っ飛びでかわすと、今度は銃砲撃の中で身を隠していた人型のペスティス2匹と出くわして襲い掛かられた。
「相手にならないわね」
そう言い終わる前に刃がペスティスの首を貫くと、2匹はもんどり打って地面に倒れ沈黙。
リティアの戦闘スタイルはわたしと同じ、キツネ亜人らしく投げ物としてナイフを持っている。でも、わたしの技術はリティアには及ばない。リティアはより多くの刃物を使いこなして戦える。両手で一度に6本のナイフを持って、それぞれ別の的に投げて当てるなんてわたしには無理。みんなで拍手を送ろう。
「なんであんたにまで手を叩かれなきゃいけないのよ! 早くきなさいよ!」
「いまの投げ方今度教えて」
「はあっ!?」
わたしだってレベルアップしたい。
「……だめ?」
「まあ、はっきり言って嫌だけど、考えといてあげるわ。とっととしなさいよ」
考えてはくれるのか。言っておいてなんだけど意外。
「前進、前進せよ」
我遅れじと、日本の歩兵が果敢に城壁ににじり寄る。小隊長のオオズミ自ら白刃煌めかせて遮る敵を斬り捨てると、それを見て怯えていた獣人たちもみるみる戦気を取り戻した。ニンゲンには負けない、その対抗心が恐怖心に勝った。
そうこうしている内にも、日本の九七式が敵を次々と黙らせてくれた。マチルダⅡは早々に手頃な獲物を失って、砲身に当たったら勿体無いと、くるりと頭を後ろに向けて立ち尽くしている。それでもガツンガツンと砲弾を打ち付けられて、やたら賑わしい。
いけそう。こんな戦いはわたしも初めてだけど、これはいける。もっともっと近付こう。ケイトや、みんなにいいとこ見せたい。前進、前進……。




