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アトレイシアともう一度  作者: 長原玉乙
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 作戦が延期されて時間に余裕ができてしまって、せっかく勢揃いしたリベなんちゃらのメンバーはどうやって退屈しのぎをしようかと話し合うことになった。ここのところあちこちに散らばって外来品を探し回ったりしているから、最初の内はしばらく顔を合わせていない子同士で自分の近況や、各自の収集物のことを話題に盛り上がっていたけど、みんなそろそろ飽きてきた。

「何しようね?」

「何しようね~。昼間に攻撃なんてわたしたちじゃなくていいよね」

 いまのうちに睡眠を取っておいてもいいと思うけど、みんなにそんな気はないらしい。

 わたしとケイトは城壁の偵察の報告を終えたあと、喜び勇んで川に直行して、綺麗になった代わりにいっこうに乾かない髪に困っている。

 この時期は毛が乾かないから困る。もう少し寒くなれば水が直ぐに固まって、はたいて落とせるのに。余計に寒い思いをするし、濡れたままは気持ちが悪い。こうなるならせめてちゃんと薪を集めてから川にいけばよかった。

「新しく増えたニンゲン観察してみようよ!」

「スズリカさま、ヘルマーナさま、ニンゲン見にいこニンゲン。何かくれるかも!」

 みんなから遊び感覚でニンゲンにところにいこうなんて声が上がるなんて、凄い進歩だ。みんな慣れてきてる。やっぱり一緒にご飯食べたりしたのはよかったのかな。わたしはほとんど記憶ないけど。

「それがいいわね。いままで出会ってきたニンゲンとは見た目が違うし、どんな人たちか知っておきましょうか?」

「……そうだな。ちょっと行ってみよう」

 ヘルマーナが賛成し、スズリカも腰を上げた。今回の作戦、さしものスズリカも白昼の城壁攻略と聞いて流石に渋ったけど、人質がいるからには断れない。だけど本音を言えば嫌で、時間つぶしついでに気を紛らわしたいらしい。

「にほんじんだっけ? わたしたちみたいに身体ちっちゃいよね!」

「実は亜人なんじゃないの?」

「でも、マツリちゃんたちも同じ国から来たらしいよ。ニンゲンだよニンゲン」

 ヤンコフスキやパートリッジたちは勿論、ポーランド人たちより背が低いヘッドたちエルンヴィア人と比べても、ニホン人は背が低い。わたしたちの中では長身の部類のスズリカやコーニャならなんとか勝てるくらい低いけど、いったい何を食べて育ってきたんだろう?

 ただ、その体格の小ささと、それを同じ世界から来たニンゲンにまで人じゃなくてサルじゃないかと小馬鹿にされたりするところに親近感を覚えて、みんなみるみる警戒心を薄めてる。いっそ舐めてるまである。

 そうだ、この寒さならニンゲンは火を焚いてるに違いない。上手くいけばこの寒さから救われるかも。

 みんなで揃ってぞろぞろと移動を始めると、間もなくしてニホン人たちの声が聞こえてきた。

 思った通り火を焚いてる。あそこで髪を乾かしたい。

「――は足りるでしょうか?」

「そいつはわからん。なに、お城を丸ごと更地にするわけじゃないんだ。なんとかなるだろう。それにこいつは腔綫の状態が一番に良い。しっかり狙えば無駄撃ちもせんさ――」

「……戦車のことを話しているみたいですね」

「真面目だな」

 戦車を前にして談義する背中を視界に収めながらこっそりと近付いて聞き耳を立てる。

 マツダの戦車と乗員たちだ。マツダはニホンの戦車隊で2番目に偉い人、トミオカがレンカのところに行って不在のいま、彼が隊長代理だ。さぼったりせずにちゃんと部隊をまとめれているけど、兵士たちの声があまり強張っていないから、怖い人ではなさそう。

「今できることはこのくらいだ。もう休むとしよう」

「しかしこうも寒くてはまともに寝れやしませんよ。昼間はいい陽気なのに夜は冷えます」

「気にするな。ここはまだ秋だ、いまから寒い寒いと言っていては冬が来た時どうする」

「……凍え死ぬしかないですね」

「馬鹿者。縁起でもない」

 マツダたちは焚き火の周りに座り込んで、しばらく談義を続けるらしい。

 彼らはこの寒い大地に薄っぺらな服装で放り出された可哀想な人たちだ。火を焚いていないときっと体を壊すだろう。現に、最近はニンゲンたちの間で不調を訴える人が多い。朝になったら熱が出ていましたとか言われたら困る。ニホン軍は明日わたしたちと一緒に城壁を攻撃する大切な仲間。

「お先真っ暗です。我々はどうなってしまうんでしょう?」

「とにかくやるだけやってみるしかないさ。ここじゃおなごだって戦っているんだ、弱音吐いてなんていられんぞ」

「確かにそうですが……あの子供たちは何なんでしょう?」

「さあなぁ、狼娘に狐娘に、狸娘だと。珍妙奇天烈だな。隊長が族長様のところに行ってるから戻ってきたらちょいと訊いてみよう」

「その族長ってレンカって言うんでしょう? ひと目見たけど美人さんだったな。漢字で書いたら「蓮」に「花」かな。あ、難しい方の「華」がいいでしょうか」

「それじゃ「レンゲ」になるだろうが。そうだな、連なる華と書いた方がいい」

「だったらわたしは恋に華を推します。洒落てるでしょう」

 カンジ、ウタゲとマツリに教えてもらった、ニホン人が使っている文字だ。

「レンカさまの名前を自分たちの使っている文字で書くにはどうするかって話してる?」

「連なる花とか恋の花とか、可愛い名前になるんだね」

「素敵!」

 だったらわたしたちはどうなるんだろうと、みんな興味と期待に胸を膨らませている。でも恋の花とか……ちょっと恥ずかしくないかな?

 そんなわたしたちには気付くことなく、ニホン兵たちの当て字談義は煮詰まる様子もなく続く。

「キツネなのだから花ではなく狐火などの「火」がいいのでは。格好が宜しい」

「いや、女の子なんだから「花」か「華」だろう。そもそも人の名前に火なんて使うもんか」

「でも族長は狐火を出せるって話です。火を使えるなら「火」と入れるとそれらしい気が……」

「いやいや、狐火出せるからって……妖怪っぽくなって嫌だな。それにそれだけじゃないんだろう。嵐を起こしたり地割れを起こしたり、自由自在と、儂は槍騎兵から聞いたぞ」

「まさか。そんな神様みたいなことができたら、戦争に負けるはずがないじゃないですか」

「馬鹿者、力というものはな、みんな有限なんだ。矢弾と一緒だ。それに人間様だって魔術が使えるんだぞ。お相子じゃあないか。人間は数が多いから勝ったんだ」

「おお、そうだそうだ」「わかってるじゃないか」

 よく言った、負けたのは数の暴力が悪いと、当時を戦った人たちが頷いている。

「なるほど。筋の通った話ですね」

「そうだろう。でも、雨を降らしてくれって頼んだら雨降らしてくれるんだ、貴様の言う通り神様かも知れんぞ。どうだ、そうは思わんか」

 マツダがそう言って他の部下たちにも目を向けると、彼らは目を輝かせてそれに同意した。

「天変地異を司るというのなら、社に祀って崇めたいくらいです。――あ、まさかお稲荷様じゃないのかね。そうだ、俺たちみたいに、神様もあっちとこっちを行き来したかも知れないぞ」

「きっとそうだ。族長様は現人神なんだ」

「……あれ? レンカさまが神さまにされちゃったよ?」

「妖術ひとつで神とは言いすぎじゃないのか?」

 確かに、ニンゲンにとっての神というものは無から有を作り出して、天地を創造したりすることができるほど強力で、絶対的で、ほんとにいるのか信用ならない存在のことを指すんじゃないのかな。

 妖獣人みたいな本格的な術士には怒られるから言えないけど、妖術は自然の力をちょっとばかり自分勝手に扱える程度の、規模はそこそこでもやれることは大したことのない見掛け倒しの術だし、修業を重ねた魔術の方が強力で、それこそ自由自在。

 でも、独特な神学のおかげでレンカが信仰されるのは悪い気分じゃない。

「きっとキツネ亜人というのはお稲荷様の子供だ」

「オオカミ亜人っていうのも、当然、神様の子供だ。なにせ大神だからな」

「狸も、かつては森羅万象を司る神様とされていたと記憶しています」

「そうだそうだ。祟られないように丁重に接しないとな。この世界の人間たちは神の子である亜人を軽んじて蔑ろにしたから、天の神様がお怒りになっておられるに違いない」

「とんでもないところに来てしまいましたね。ははは」

 とんでもない話ししてる。冗談めいているけど、本気で言っているようなフシもあって、その実半々といったところ。

「うんうん」

「……えぇ~?」

 わたしたちまで大層な扱いを受けて、みんなはどうしたものかと顔を見合わせた。

「わたしたちも神さまだって」

「そう言われてもね?」

「……どうやら、彼らには自分たちの常識を超えた力を持つものを神格化する文化があるみたいですね」

「うぅ~ん? なんだかよくわからないけど、いまのところ敵にはなりそうにないですね」

 確かに、まさか神様とまで言っておいて敵に回そうとは思わないだろう。

「うむ。とにかく気分がいい。昔はこの世界のニンゲンたちもわたしたち獣人のことを敬っていたものだが、時が経ち自分たちが力を付けていくとともに、旧態依然した世界に生きる獣人を軽んじるようになった。イーラ教のように性悪な宗教も広まった昨今、ニンゲンから信仰を得られるのは貴重なことだ」

 スズリカは上機嫌になって、ニホン人たちにちょっかいを掛けたそうにうずうずし始めた。

「スズリカ様、ここは彼らにわたしたちの能力を誇示し、この世界のニンゲンの考えを変えさせることに一役買ってもらいましょう。タナトスの侵攻を受け教会の求心力には陰りが見えていますから、彼らの思想を伝播させて背教者を同志として迎えるんです」

「彼らは所詮名ばかりの宗教家、安全保障に役立たぬとなったいま、宗教の多様性を押し出して教会の足場を崩せれば、我々の生存戦略の幅が広がるでしょうね。奴らの常套手段を真似てやりましょう」

「教会への借りを返すために他の宗教を利用するのはいい考えだ。我々自体は宗教に疎いからな、外の世界のニンゲンに頑張ってもらおう」

 スズリカが側近たちと悪い顔で笑っている。わたしも勿論、キツネ亜人はこういう、平気な顔で勝手に人を利用しようとする狡いところがあるけど、それがこの種族の強み。

「いまからでも好感を得ておきましょう」

「……よし、手始めに酒でも恵むとしよう。――お前たち、突然だがわたしたちは彼らへの媚び売り大作戦を発動する。参加は自由だから嫌なら適当に遊んでいてくれ」

「スズリカ様、飲み過ぎたら祝杯が水になりますよ」

「戦に関しては、いまは勝つことを考えていればいいんだ。いや、こんな事もあろうかと酒を用意しておいて正解だった。大概の男は飲めば落とせるからな」

「ですよね。それではわたしもご一緒に」

 ついでにお酒を飲む口実ができたのが嬉しそうに、スズリカとヘルマーナは明らかにうきうきしながらニホン兵たちに近付いていった。

「……ケイト」

「ん?」

「あの火にあたってしっぽ乾かそう。そのままだらだらしよう。寒いし……」

「ん、いいな……」

 ニホン兵たちを無視しながら火に近付いて、しっぽを向けて並んでしゃがみ込むとケイトと肩が触れ合った。暖かくて気分が落ち着く。

 スズリカにくっついて現れておきながらそれきり動かなくなったわたしたちを見て、ニホン兵たちは声と掛けようとした口をつぐんだ。

「……そいつらは気にしないでくれ。ほら、寒いだろう? こいつで少し紛らわしてくれ。わたしのとっておきの酒だ」

「や、これはどうも。有り難く頂戴致します」

「ああ。これを飲んで、明日は一緒に頑張ろう」

 曰く「とっておき」だけに結構においが強い。スズリカは強いお酒が好きだ。ポーランド人ほどじゃないけど。

「族長様も参加なさるのですか?」

「もちろんだ。戦えるキツネ亜人は全員参加するぞ。このヘルマーナとヴィリア、コーニャ、そこのケイトとアトレイシアも。全員で22人だ。おっと、心配しないでくれ。わたしたちは強いぞ。酒にも戦にもな。余裕があれば我々の活躍をよく見ていてくれ」

「そうですか。しかし、我々も獣人様の手を煩わせぬよう精一杯努めさせていただきます故、活躍を奪われることを御覚悟戴きましょう」

「お、そうか? それならそちらの武運を願って、キツネ亜人族秘伝のまじないを授けよう」

 遠回しに「お前たちの分まで戦うから引っ込んでいてくれ」と言われてる気がするけど、スズリカは笑いながらスルーした。懐から1枚の札を取り出して、まじないを唱えながらそれを兵士たちの頭に順繰りに当てていく。すると彼らはありがたそうにスズリカを拝んで、功名間違い無しと確認し合った。妖獣人でもないスズリカのおまじないが効くかは不明。効果あるって話は聞くけど。

 それからスズリカが指先には挟んだ札を目の高さに掲げると、札は一瞬で燃え上がって灰も残さず消え去った。それで兵士たちの歓声が上がるなか「天と地の祝福と共にあれ」と言い添えておまじないは終わり。

「よーし、これで犬死の憂い無し、誓って大戦果を上げてみせます」

「我々も、獣人の皆様の御武運を願わせていただきます」

 おまじないを真に受けて意気揚々としている兵士たちに、久しぶりに儀式的なことをしたと、スズリカも満足気だ。あとはお酒を入れるのみ。

 わたしとケイトは、結局それからもニホン兵たちと会話することなく、しばらくして一度寝ることにした。

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