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稲荷坂戦闘団が富岡隊長率いる戦車隊との邂逅を済ませている頃、
「ご機嫌がよろしくないようで」
本日中の戦闘指揮を終え屋敷へ戻り、今しがた腹心のハブラから報告を受けたばかりのハーベス領主、アダーガドは苛ついていた。昨晩の稲荷坂戦闘団との交戦によりタナトスが消耗していることを見逃さず、普段より上手く戦ったもので、上機嫌だった彼だが、一転興が冷めた今は不機嫌さを露わにしているのは、どういうことだろうか、腹心からの報告が気に入らないのである。
問題の報告の内容は、今朝話された稲荷坂戦闘団との共同作戦についてであった。ハブラが戦闘団への対処についての事の運びを随時報告するには、両者とも多忙により不可能であるため、アダーガドはこの時初めてハブラの活動の進捗を耳にしたのであった。
展開の速さには驚いたのは言うまでもない。しかし、戦闘団の一員である獣人を誘拐していることは伏せられていたので、これではまるで、ハブラが戦闘団の来訪に、これ幸いに泣き付いて助けを乞うたようにも取れてしまう。アダーガドは、さしづめこの点が気に入らぬのであろう。
「納得いかん」
「……はぁ」
「何故昨日今日の話でそこまで進んだ? 恥を忍び、獣人どもの力を借りて領地を回復することは仕方がない。だが、今は時期尚早だ。此方から頼むのではなく、奴らの方から従ったとしなければ、こっちの体面が保てないだろう。それを早計に済ませるとは、貴様ともあろうものがタナトス相手に臆しているのか?」
「何を仰る。領民のためを思えば、話は早いに越したことはありませぬ。今、恥を省みていては、今に払拭もできなくなりますぞ。これまで通り、私めにお任せくだされ。必ずやこの状況を打開できましょう」
(クソ、何を今更。いいから黙ってわしに任せてくれればいいものを)
ハブラは自身に一任すると言っておきながら、早くも駄々をこねだした主人に憤慨した。どうにもこの領主、手の掛かる男である。
(……いや、妙だな、獣人を利用することにはもっと乗り気だったはずだ。それが、話を手早くまとめただけでこうも心変わりを……いくらなんでも、その程度の男ではない。まさか、妖獣人に憑かれたか。いや、そんなはずはない。敢えて敵対する意思を増幅させて何になるというのだ)
アダーガドからの突拍子のない苦言に、さしものハブラもまいったというもの。考えたところでどうしようもない、妙な勘ぐりは切り上げて、己の気を落ち着かせることが肝要であると決め姿勢を正すと、ハブラの言葉を受け数秒黙り込んでいたアダーガドが、ようやく口を開いた。
「どう足掻こうが過去は払拭できん。またおれの歴史に汚点を残すことになる」
(はぁ……もともと血脈と外見以外に美点もありますまい)
等と頭に思ったが、これも当然、口には出さなかった。その代わりに深刻そうな顔でうつむいて、その後の一瞬の呆れ顔を隠すことにした。
「畏れながら、タナトスはこの世界の新たな敵、亜人などでは足元にも及ばぬ真の難敵でございます。亜人は敵などという古い概念を捨て、我らも新たな思想を持たねばならぬ時が、来ているのやも知れませぬ」
「……獣人だけは許せぬ。亡き父上に誓ったのだ……」
「そのお父上より受け継いだ地を守るためでございます」
「だからこそ獣人共の力を借りることなどできん! ここは我らの、父上の御土地、もはや奴らの存在が許される地ではないのだッ!」
若い領主はそう言って老いた戦士を怒鳴りつけると、跳ねるように立ち上がった。何やら良からぬ決心を付けたようである。
勿論、ハブラは慌てた。彼にとって先代と築き上げた領地と名声は、かけがえのない生涯の宝である。守り抜きたいという願い同じくとしても、アダーガドはその障害であった。
「アダーガド様、何をなされるおつもりですか」
「反撃だ。今日の奴らに普段の勢いはなかった。疲弊してきているのだ。明日こそ、このおれがタナトスどもを追い払ってやる。今晩中に、レッカート村の北に各所の兵を集めろ。支援するようダルタンの騎兵隊に指示を出せ」
「しかし、もし国王陛下から派遣された騎兵団に多大な損害を与えてしまったら、信用に関わりますぞ。……宜しいのですか?」
ハーベス領の北部を守る騎兵隊はダルタンという将に率いられており、この領地の兵ではなく、王国から派遣された、この国の正規軍にあたる部隊である。武家貴族であるハーベス家の当主として、領地内においては軍令権を得ているアダーガドは、ハーベス領の中で戦闘が行われている限りは彼ら指揮できるのだが、この権利は絶対的な権限ではなく、言うなれば信用がある内だけの借り物である。このため軍指揮官として不適、無能と判断された場合兵権を有する部隊指揮官の判断で命令放棄もあり得ることであり、軍規則でそれが許されているのである。そして、国王からの承認さえ下りてしまえば部隊は撤退、領地は切り捨てられるのだ。
「どうせ陛下の軍も負けばかりではないか。勝てば文句は言えぬ。……どうした、早く行け」
「は」
ハブラは渋々与えられた命令に従うこととなった。若気の至りに付き合うのは慣れているが、どうにも今回ばかりは看過できない問題である。
全てを道連れにはできない。この若い領主の最期に殉ずるにはあまりにも勿体無いであろう。
部屋を出てみると、また無性に腹が立ってきた。
「クソッ、肝心なときに足を引っ張る無能の典型め、つけあがりおって、誰が今日まで――」
ハブラは、ひとりになったところで、思わずアダーガドに対し積もった鬱憤を口にしてしまった。
これまで、アダーガドが無茶をしようというものなら、その都度諫言を入れて考え直させ、答えを示し、そこへ進むよう促してきたのだ。アダーガドもそれをよく分かっており、基本的にはハブラの諫言をから学びを得て、良い領主であろうと努めていた。ただ、次第に自尊心から我儘を通すことが増えていったことが、今回悪い形で表れたのである。
領主を侮辱する言葉など、口にしたと知れたら立場が危ういものである。しかし、収まりがつかない。
「せめて弟君の半分ほどの温厚さと自制心があれば良いものを、おれの指導が悪かったのか……」
ため息とともに、疲れを感じた。一昔前なら、もう少しは乗り気になれたかも知れない。若さを駆って、栄誉を求め、腹を括るにはハブラは老い過ぎたのだ。逆にもっと月日が経てば、ないし獣人さえ来なければ、この主に殉じて死ぬ気も起きたやも知れない。しかし、今は違う。スズリカとの再会によって、ますます死ぬのが惜しくなっていた。
(我が身の今は、未来を生きる若きのために使いたい。滅び行くものに殉ずることこそ早計だ。だがボーベット様より任されたからには、ハーベス家は絶やせぬ。いざという時のために、手を打つとするか)
貴族ともあろうものなら、世継ぎを残すための保険として子を多く残すことは自然である。ましてや武家貴族ともなれば子の討ち死にも覚悟であり、ハーベス家先代当主ボーベットも然り、子に代えは居るのだ。
その気なってしまえば気が晴れた。アダーガドよ、次の戦で貴様もお役御免よ。せいぜい程々にやられるか良いわと、思って何故だか涙が溢れるのだった。
* *
「作戦を延期? それでは夜襲にならないぞ」
ヘッドからの知らせで、ヤンコフスキは首を傾げることとなった。そんなおかしな話が一体何処から湧いて出たのか、決まっている。領主がゴネているのだ。それを悟ると苛立ちを覚えた。
「領主からのご要望だと。あいつら、まだ自分たちで勝とうとしてやがるのさ。前線を突破して城壁を急襲してやるらしいぜ? 阿呆じゃねぇのか?」
「馬鹿な、一体何処にそんな戦力があるんだ。竜騎兵でも連れてきたのか?」
彼の言っている竜騎兵は、騎乗歩兵としての竜騎兵である。この国の軍隊にそのような兵科が取り入れられているかどうかは定かでなかったが、この場で出てくるものとしてパッと思い付いたのはそのくらいであった。
「北にいる騎兵を集結させるんだろうな。領主の直属じゃねぇみてぇだけど、可哀想な連中だぜ。明日の昼には壊滅してるかもな」
「歩兵では遅すぎるからな。しかし、城壁ともなれば歩兵でないと攻略できない……そうか、そういう手か……」
稲荷坂戦闘団では、歩兵単体で城壁以西の敵集団を突破し、大門に到達することは不可能であると想定されていた。領主もその点は十分に承知しているらしく、そのため騎兵が総出で露払いを行い、歩兵を導くことで、これを成功させようというのだ。
しかし、機関銃の配置された城壁に兵を取り付かせ、突入し制圧させるには、流せる血の量が足りない現実を、領主は戦いの中で知ることになるだろう。騎兵は、歩兵を導いた先で待ち構える機関銃に、どう対処できるのだろうか。歩兵は、城壁に対しては有効な支援もないまま攻撃を仕掛け、如何に攻め落とそうというのか。これらは全く考慮されておらず、無謀である。
補足として、領地内において使用可能な攻城兵器の類は確認されていない。もとはいくらか保有していたらしいが、現在残っているのは放棄された残骸ばかりである。これでは城壁内部の瘴気を除去するために、直接爆薬を仕掛け外壁部を爆破するか、城壁の間近まで砲を運搬し直接砲撃を加えるか、なんにせよ望み薄な手に頼るしかないであろう。
「全体として右翼――この辺りが手薄になる。これはブリテンさんが穴埋め担当だ。戦車を投入し穴を塞いで、側面を支援するはずさ」
「我々は?」
「あいつらが撃たれてくれてる間に、予定していたルートで城壁に取り付く。夜を待ってちゃ手遅れになるからな。それに合わせてパートリッジが中央に出て、タナトスどもを追い払う」
「そして城壁を占拠した我々が通路を遮断し、挟み撃ちか」
「一応言っとくけど、城壁を完全に占拠は無理だぜノッポ。門だけだ。上はスズリカたちが、内部はパーキーに任せて、おたくらは外だ。車両は戦車3、装甲車1で行く」
「戦車が3両? 九七式2両以外に戦車……ゼブラか九五式?」
ML1軽戦車は非力だが、燃料要らずで整備も容易、何より軽くて非常に使い勝手が良好のため、戦闘部隊から切り離し各所で使いまわされている。強度不足が問題の、錬成鋼製の代用部品でも問題なく稼働する軽量戦車は、強力な武装と装甲を持つ戦車以上に価値があり貴重であった。それをこのような、力押しの戦闘に投入することは、あまりにも勿体無いことである。
九五式軽戦車なら、戦闘能力でML1と同等……いや、わずかに劣る程度であり、それ以外の違いは燃料を食うかどうか程度のものである。どちらかといえば、使うとすればこちらであろう。
しかし、本当はどちらでもなく、より頼れる戦車である。
「マチルダⅡを1両貸してくれるそうだ。門の向こうに何が隠されているかわかんねぇからな、保険だよ。あれなら戦車が来ても対応できるしな」
「なるほど。夜襲が掛けられない分、援軍は嬉しいな。他は?」
「砲も1門。汎用装甲車で牽引して、おれが指揮する。――それと忘れてた、マツリがマチルダに乗る。あいつはおれたちより車両に詳しいからな、アドバイザー兼戦術参謀さ。もう出発して合流地点に向かってる。おれたちゃ明朝出発して、合流次第城壁の攻略に取り掛かることになる。わかったかノッポ?」
「承知した。想定外の事態ではあるが、必ず成功させよう」
最後にヤンコフスキが握手を求めると、二人はガッチリと手を組んで念を押しあった。
(しかし、相手が城壁か。華がないな……)
騎兵としては偵察や連絡役、側面援護など補助的な役回りで活かされるのもいいが、本音、戦は大平原で軍馬を疾駆させ、敵を散々に蹂躙してやりたいところである。騎兵は戦場の華にして、彼らは最強と謳われたポーランドの槍騎兵、主役としての華々しい戦果がなければ釣り合わないと感じて当然である。ヤンコフスキはそろそろ敵の真っ只中に飛び込んで、さんざ暴れ回れる戦場を求めていた。
「お前、威勢いい割に乗り気じゃなくねぇか?」
「いや、そんなことはない。断じて」
臆したと思われるのが嫌で、ここにきて闘気をみなぎらせるヤンコフスキであった。




