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アトレイシアともう一度  作者: 長原玉乙
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「ポーランド陸軍、イェジィ・ヤンコフスキ大尉であります。改めて、救援を感謝いたします」

「大日本帝国陸軍、富岡だ。お構いなく。おれたちもあの面妖な輩には苦労をかけられていたからね、やっつけることが出来て、清々しているよ」

 戦車から降りてきたニホンの隊長、トミオカはヤンコフスキに敬礼を返すと、笑みを浮かべながら歩み寄ってその顔を見上げた。

「背が高いね。ここまで背の高い男には初めて会うよ」

「2メートル近いですからね、よく言われます」

 トミオカは小さい。慎重はヘッドとどっこいどっこいだ。戦車の周りにくっついていた兵士もみんな、高くても額一つ分くらいをうろついている程度でこじんまりしてる。もしかしたらニンゲンじゃないかも知れない。

 小柄で、余分な肉の付いていないがっちりとしたニホン兵の体躯は、獣人としては親近感が湧く。格好が薄汚いのもいい。ただ、布が薄すぎてこの時期寒そう。

「しかし、やはり日本軍は精強であられる」

「いや、世界に名高いポーランド槍騎兵には及ばないよ」

「お世辞ですか?」

「そっちこそ」

 ポーランド槍騎兵は世界最強の騎兵、騎士の中の騎士と自負するヤンコフスキは、トミオカの謙遜を受け止めて、いっそうにこにこした。そんなヤンコフスキに精強と認識されていたからには、ニホン軍はなかなかな武勇伝のある軍隊に違いない。

「松田中尉であります」

「大住少尉であります」

 トミオカに続いて、二人の将校がヤンコフスキと挨拶を交わした。マツダは先頭の戦車から降りてきた車長で、オオズミは歩兵の隊長らしい。チュウイとショウイがどれくらい偉いのかは知らないけど、ヤンコフスキに対してかしこまった感じがあるから、それよりは下かな。

 トミオカはどうなんだろう。トミオカとしか言わなかったけど、ヤンコフスキへの口調はくだけているから上なのかな。階級章はつけてるけどわたしじゃわからない。

 ヤンコフスキからしたらもう、相手は小人のようなものだろうけど、人として見下した感じはまったくない。むしろ、頼れる人が来たぞと、すでに信頼を寄せているように見える。やっぱり強いんだ。

「仲良くなれたか? ご機嫌伺いに来てもらったんじゃねぇからよ、とっとと紹介してもらいたいね」

 ヘッドは突然現れたこの集団に警戒しつつも、身長で弄られはしないだろうからか、好意的にも見える。

「ああ、ヘッド、彼らは大日本帝国陸軍だ。――トミオカ隊長、こちらエルンヴィア陸軍、歩兵隊長にして、この混成部隊の隊長をしているヘッド」

「おう、このノッポを助けてくれてありがとうよ。こいつは戦闘隊長、いなくなっちまったら困るんだ。おれはヘッド、階級は気にするなよ」

 ヘッドがタバコを口に咥えたまま右手を出して握手を求めると、トミオカはぴっしりと足を揃えて握手を返した。

 ヤンコフスキと違って、ヘッドは敬礼をしなかったり、してもおざなりで適当に済ませたりする規律の欠片もない隊長。その一端を見せつけられ、トミオカは面食らった様子。はて、気にするなとは言われたけど、果たして上官なのか、そうではないのか。取り敢えず上官だったとき困るからぴっちりしておこう。そんな感じ。

「お役に立てたようで何よりであります」

「ダメだダメだ。ここじゃそんな行儀のいい話し方はダメだ。もっとフレンドリーにいかねぇとな。――なあノッポ?」

「ああ。そこまで論外なのはどうかと思うがな。――トミオカ隊長、ここは正規の軍隊のように形式張った挨拶や礼儀作法はなかなか通用しない。肩の力を抜いていただいて結構。敬礼は司令部に」

「はあ、そうなのですか」

 ちょっとあやふやになってるよ。さっきヘッドとヤンコフスキで応対するときの口調が違ったから、ヤンコフスキより階級上だよね。

「この男のことはヘッド、わたしのことも適当に呼んでもらってくれていい。それと、もうじきもう少し上の方にいる面々もここに来るらしいから、挨拶が終わったら仲良くしてやってもらえないか?」

「「無礼のないように」ではないのだね」

「気を悪くしてしまったらその時その時で謝ればいい。言っておくとすれば、この子たちを傷付けるような言動は規制対象だ。言葉を選ばないと後悔させられる」

 「この子たち」とは当然わたしたち獣人だ。みんな興味なさげに振る舞いつつ、見慣れないニンゲンたちに興味津々というか、警戒しているというか……。

 ただ、みんなもニホン人がニンゲンにしては背が小さいから、本当にニンゲンなのかと疑って、視線から嫌悪感はあまり感じさせない。相手が誰であろうと身長次第で態度が変わる、獣人ってそんなもの。

「この、女児たちは何かな」

「いまのところは、外見に関しては考えず、見たままを受け取っていただこう。何人か紹介するとすれば――」

「初めまして。異界の国の戦士殿。わたしは獣人種、キツネ亜人族族長スズリカだ。ヤンコフスキ隊長を助けていただいたこと、キツネ亜人族を代表して礼を言うぞ」

 まずはやっぱり、族長のスズリカが進み出て握手を求めると、トミオカは初めて見るらしい獣人の姿にどぎまぎしながら、ヘッドのときと同様に握手を返した。

「ふふ、お前たちの世界では見慣れぬ姿だからな、戸惑うのも無理もない」

「貴女たちはキツネですか」

「そうだ。早速だが、我々の同士になってくれたらこの、おなじみの耳としっぽをもふもふする権利をやろう」

 トミオカは、わたしたちのことをキツネと言った。ヘッドはわたしのことイヌって言ったのに。さてはいいやつだな。タバコ臭いことの方が気になるからそこまで近付きたくないけど。

「アトレイシア……?」

「イヌって言わなかった。いいニンゲン」

「いや……いまいまキツネ亜人だと伝えたからな。それに、アトレイシアが特別なんだと思うぞ……? ギンギツネは珍しいからな」

 でも「あなたたち」だからわたしも含まれるはずだ。ヘッドもベッジも初対面のときはわたしのことをイヌ呼ばわりしたけど、わたしも含めてのはずだ。たぶん。

「そのような、女児にみだらなことはできません。風紀を乱しますので」

「みだらなものか。嫌がるのもいるだろうが、露出させている以上誰かに触られたって致し方ないことだ。それともこれ自体がみだらなものだというのか? これが?」

 スズリカはしっぽを振って食い下がった。内容はどうであれ、どうにもスズリカはニンゲンたち相手にかなりグイグイいく。自分が率先して交流を図ることで、種族間の交流を活発化させたいんだろう。決して再婚相手を求めて躍起になっているわけではないはず。

 一方、トミオカはそんなスズリカにタジタジだ。

「や、その、布をまとおうがまとわまいが、女性の身に軽々と触るなど失礼と申しますか、気が引けるものなのです」

「そうか。真面目な方だな。とにかく、いろいろ触れ合って良い関係を構築していこう」

「ええ。そうするとしましょう」

 スズリカだってニンゲンは好きじゃないはず。それでも里に住んでいた獣人たちの中では、ニンゲンに対する憎しみの薄い穏健派。戦場での別れはつきものだと割り切っているんだろうな。

 大切なものは全て戦場で失い、それらを全て仕方のないことだったと思える。スズリカが戦争を生き残れたのは、いちいち恨みを積もらせ、それに囚われることがなかったからだ。こういってはなんだけど、ちょっとうらやましい。わたしも外の世界のニンゲンには下手な警戒感を抱かずに接しようとは思うけど、スズリカほど積極的にはなれない。

「我々は、どうにもヘンなところに舞い込んでしまったようだな」

「そういうことだ。――お、もっと変な連中がきたぞ」

「変な連中とは心外な。しかしまあ、天才の思考は常人には理解できないものですから許して差し上げます」

 天才美少女変人姉妹のウタゲとマツリがタチャンカに乗ってやってきた。この機関銃を載っけた馬車、なんと今回手綱を握っているのは我らが総司令官パートリッジだ。

 3人が地面に降りて、トミオカが軽く自己紹介を済ませると、早速双子が同じ国の出身者として歩み寄った。上位者のパートリッジを差し置くところがこの二人らしい。

「トミオカ隊長、この子たちはあなたと同じ日本出身で、我々戦闘団の頭脳――」

「稲荷坂唄華と――」

「妹の末莉です!」

「うん。確かに日本語だ。何処の生まれだね」

「神奈川の横浜ですよ。憶えておいでですか?」

「いや、全く。……いや、名前だけはどうにも聞き覚えがあるのだが、他は何も思い出せないな。自分も一応は関東出身なんだが……」

「そうですか。やはり記憶が……」

 彼らもかつて住んでいた世界の記憶を失っているらしい。

 ウタゲとマツリ以外はみんなこうだ。二人だけが、全ての記憶を残したままここにいる。

「君たち、二人だけかね。両親は居ないのか」

「父と母は日本です。一緒にきてもらうわけにはいかないですから、二人できましたよ」

「まるで自分たちの意志できたような言い方だね」

「自分たちの意志できましたからね」

 この点は、二人の凄いところ。どうにも異世界に転移する仕組みを見付け出して、それを自分たちで実践した結果、この世界にやってきたらしい。記憶を完全にとどめている理由もその辺りに答えがあるとかないとか。どっちにしても自称天才は伊達じゃない。

「天才たるわたしたちにかかれば、空間転移などお茶の子さいさいですよ。……設備さえなんとかなればですが」

「それで、帰れるのかね」

「わたしたち二人でなんとかしようとするならば、この世界の科学技術が21世紀並の発展を遂げれば可能です。つまり現状不可能です」

「駄目ではないか。帰ることができないのに、どうしてここに来たのだね」

「知的好奇心が疼きましたから」

「科学者にとってこれ以上の理由はありません」

 好奇心のまま、後のことは考えない。頭はいいんだろうけど、きっと馬鹿なんだろうな。

「なるほど。失礼を承知で言うと、君たちは本当に変人だ。――いや待ってほしい、21世紀?」

「わたしたちはあなたたちより百年も未来からこの世界にきたんですよ」

「は? はぁ、百年ね……」

 サラリと返されてきょとんとしたトミオカ、想像がついていかないのか首を捻るも、後ろに立つパートリッジの階級に気付いて姿勢を正した。なんで大佐が御者やってるんだと、普通なら驚きそうなところを動揺してない。まさかもう慣れたのかな。

 このあと、トミオカたちはパートリッジとレンカとの対談の末、戦闘団に吸収されることを承諾した。

 ただ、これには問題があった。戦車4両の獲得は戦力として相当な進歩だけど、動かせなかったら価値を発揮できない。つまり、相変わらず燃料が足りなかった。

 頼みの58式は故障して自力で走行できなくなってるし、58式の代わりに出張ってきたKV−85は燃料を食い散らかすけど、トミオカたちの九七式中戦車と九五式軽戦車はこれまでに集まった戦車に対して性能が見劣りしてる。燃料を入れるならKVを優先した方がいいんじゃないかと、トミオカたちの方から言い出したほどに。ディーゼルエンジンは最悪ガソリンを入れても動くらしいけど、その燃料はマチルダⅡと、結構大食いなファイアフライを動かすのが精一杯で、そんな余裕は一切ない。

 まあ、ファイアフライに至っては弾薬の不足も相まってしばらく置物になることが決まったから、燃料事情は多少改善されるかも知れないけど、それでもガソリン不足。司令ですら移動に使っていた車を自粛して馬に跨っている。

 話し合いの結果、結局九七式と九五式は状況次第で使い分けて、極力燃料を節約しながら運用することが決まった。頼りないけど、一応、砲弾がたくさんあるからしばらくはファイアフライの代わりに101の主力。他の車両と同じく、わたしたちでも乗れるようにエンジンルームに結界を施して騒音を遮断したけど、「皆さんならこの戦車に乗るより外にいた方が安全かも知れません」と言われて乗ることにはならなかった。それほど残念じゃない。

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