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アトレイシアともう一度  作者: 長原玉乙
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       *        *


「止まれ。音に注意しろ」

 先頭を行くヤンコフスキが何かに気付いて、馬の足を止めた。

「何も、変な音はしない」

「よし、見ろ。戦車の通った跡だ。調べるから、ルットは続け。お前たちはここで待て」

 ヤンコフスキが右斜め前方の草地を指差すと、確かに戦車の通った跡がちらちらと見えた。

 いま、わたしとケイトはそれぞれ、ルットとボロフスキの駆る馬に乗せられ、それにザメンホフとヤンコフスキの二人を合わせ6人で、ペスティスの篭もる東の城壁の偵察に向かっている。

 停まっている戦車に気付かず、いきなり出くわしたら大変だ。警戒を強めながらゆっくりと馬を歩ませ近付くと、くっきりと轍が見えてきたところで、ヤンコフスキは馬を下りてしゃがみ込んだ。どうやら、戦車は南北に伸びる細い道を一列になって進んだみたいだ。

「細いな。あまり大きくはないだろう。しかし3、いや4両はいる」

「歩兵のものらしき足跡も有ります。北に進んでいます」

 ヤンコフスキは直ぐ様それも確認すると、後ろで待っている二人を呼んだ。

「見たところ履帯の跡も歩兵の足跡も統一されているし、列も整っている。ペストを患っている可能性は低いな」

「はい。彼らの足跡ならてんでばらばらでしょうからね」

 確かに、履帯の跡が幾重にも重なっているから、行儀良く並んで行動していたということ。なるほどこれは、ペスティスじゃなさそう。

「これで油断していると、足元を掬ってくる連中だ。戦車との遭遇は警戒しておこう」

 ヤンコフスキは地図を取り出して大体の位置を確認してから馬上に戻った。

「隊長、右手に集落が見えます」

「進路が少し南に逸れているな」

 日が暮れる2時間前には帰投して報告を済ませるように言われている。それまでに出来る限りの偵察を済ませて、帰ったら直ぐに入手した情報を作戦に落とし込んで調整しつつ、できれば日が変わる前に部隊の配置を済ませたい。

「よし、行くぞ」

 進路を北寄りに修正して馬を走らせる。意外なことにペスティスたちの姿はない、こっちはまだ侵食が進んでいないから、流れていく景色ものどかなもの。眠たくなってくる。

 ヤンコフスキは途中、一度馬を止めて、ケイトと一緒に歩いて偵察に出た。しばらくしたら戻ってきて、移動を再開したけど、このとき進路は真北に変わった。

 しばらくルットの背中にくっついてうとうとしていると、左の方でがさりと音がした。はっとして音のした方を睨むと、なんてことはない。ただのウサギだった。

 こうして見てみると、この世界だって綺麗だな……。

 ――駄目だ駄目だ。ちゃんと警戒しなきゃ。不意打ちされてイチコロなんて嫌だ。

「止まれ。馬を頼むから、隠れていろ。――アトレイシア、ついてきてくれ」

 ケイトじゃなくてわたし?

 ヤンコフスキはまた馬を下りると、右手に緩やかに伸びる斜面を上り始めた。天辺付近で身をかがめたところで追い付くと、ヤンコフスキはわたしに「耳を伏せてゆっくり頭を出すんだ」と釘を差してから上体を持ち上げた。

 あとを追って頭を出すと、今回戦いの標的になる城壁が左右視界いっぱいに伸びていた。ここは少しだけ周囲より高くなった台の上。城壁側が切り立っていて、眺めるにはちょうどいい。

「この東の城壁、見事なものだが、取り付けそうか?」

 双眼鏡を貸してもらってよく見てみると、城塞の上から数門の大砲が砲身を覗かせていた。

「うん。でも、タナトスの侵食が進んでいるから、入る前に、ちゃんと瘴気を抜かないと駄目」

「その点を踏まえて、戦車の投入は不可欠だが……まあいい。適当に見繕ってもらえるだろう。もう少し北側に移ろう。門に近付くにつれて、防備が増すはずだ」

 58は故障中で、ファイアフライを動かすには弾薬が心許ない。マチルダもここのところ不機嫌だし、新しく拾い集めた車両がどれだけあてになるかもわかったものじゃない。でも、戦車はほしい。

 主にヤンコフスキが頭を出さないように気を付けながら北に向かって移動すると、台は少しずつ低くなっていった。もう獣人の背丈でも、立ち上がれば登り口にいても城壁の上から見えるくらいだ。

「この辺りか。あとはなんとか頑張って、門に近付きたいな。――うっ」

 ずりずりと後退を始めたヤンコフスキの頭に虫が止まった。不意を突かれたね、騎兵隊長。

「なんだ、虫か」

「きらきらしてる」

 食感もいい。儲けた。

「……なに?」

「いや、そろそろ慣れてきたよ」

「じゃ、次いこ」

 ヤンコフスキはそれ以上何も言わず、待たせている部下のもとへ戻った。

 また馬の背に跨り、北へ、北へ。時折、ヤンコフスキはケイトと一緒に徒歩で偵察に出た。

「敵だ。迂回するぞ」

 ペスティスを発見して一度西に逸れて、また寄って、また敵を見付けて、また離れる。流石に門の近くとなるとペスティスが多くて、なかなか近付けない。

「止まれ。……迷った。ここは何処だ」

 見付からないよう、なるべく見通しの効かない場所を選んでいる内に、方向を見失ったらしい。

「また迷子ですか」

「うるさい。――よし、騎乗していてはどう足掻いても近付けないだろう。アトレイシアとルットは馬を下り、わたしに同行せよ。馬を頼むぞ」

 今日はもう何度目か、馬を託し、今度はルットも加えて、ひとまずは城壁の見える場所を目指す。どれだけ歩けばいいかな。

「あ、見えた」

「近いな」

 木々の合間を縫って、3分も歩かない内に、もう目当てのものが目に写った。右手にゲートハウスが見えるから、途中で通り過ぎていたらしい。もうちょっとでしくじるところだったと、ヤンコフスキは神さまに感謝している。

「思っていたよりも面倒な相手だ」

 ヤンコフスキは素早く身を隠すと、こそりと頭を出して、双眼鏡を覗きながら率直な感想を漏らした。

 かつてはこの城壁の、更に東の地域では獣人との戦闘が長引き、その際、旗色が悪くなったときの撤退先を確保するためにこの城壁の建造が進められた。当初は簡素な石組みの塀の裏に櫓を立てただけだったらしいけど、橋頭堡としての役割が大きくなるに連れて拡大されていったとか。

「上部に複数の機関銃が配置されています。それと前時代的な火砲。手前にも機関銃と、門の左右に現代型の火砲。見たところ対戦車砲のようです」

「装備はどうあれ、まとまりのある、計画的な配置だ。奴ら、一つ一つの個体にそれほどの知性は感じられないが、こういうところはしっかりしている。これがどういうことかは想像できるな?」

「……奴らを何者かが統率していると?」

「そうだ。あの双子もこのことを懸念していたが、これで事実だと結論付けるだろう。彼らが本当に生命や魔術的なエネルギーを感知していたとしても、それだけを頼りに行動しているわけではないとも言える」

「それでは……隊長殿、この子たちが里を脱出し、それを援護した時のことは憶えておいでですか?」

「ああ。憶えている。君も気付いたか」

「ええ、ペスティスたちの動きが、突然、統率を失ったように覚えました。そういうことだったのですね。しかし、いつ?」

「この子たちが脱出に使った戦車で、ペストに侵食された未知の重戦車と交戦し、撃破したらしい。たぶんそれだろう」

「森の外縁に1両、規格外のサイズの戦車らしい影が見えましたが、もしやあれですか。暗がりで家か何かを見間違えたんだろうと思っていましたよ」

 わたしたちを救いにペスティスの群れに突っ込んだときに、ケイトに討ち取られたあの大きな戦車を見たらしい。

 最後の一撃を加える前の、凄まじいまでの絶叫は、どうやら聞こえなかったようだけど、その点も踏まえれば、あれが異質なペスティスだったことは間違いない。もしかして、タナトスの侵食の度合いによって変異しているのかな。

 なんにせよ、あれがペスティスの群れのリーダーだとしたら、偶然だったとしても、里を襲った集団の頭を倒せていたということ。伝えればみんな喜ぶだろう。ケイトの株も上がるに違いない。

 さて、これでひと通り偵察は済んだだろう。帰ったら夜まで寝られるから、わたしとしてはむしろそっちの方がいまは嬉しい。

「……ん? ヤンコフスキ、何がくる」

 浮つく気持ちに水を差すように、こっちに近付いてくる足音が耳に入った。

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