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アトレイシアともう一度  作者: 長原玉乙
67/341

30

 翌日、稲荷坂戦闘団は領主からの使者として参上したハブラを迎えた。

 今回、この小男の相手を引き受けるのはレンカとスズリカ、それとパートリッジだ。族長二人は事の次第を伝えた途端、「わたしが責任を持って相手をする」と異口同音に言いながらマルティナのもとに土下座しにいった。ただ、マルティナ族長だけじゃなく、レンカもスズリカも店主の誘拐に関して何も知らされていなかったことで、当然のことながら、話を受けたホロビとコーニャも素直に自分のやったことを白状して平謝りを繰り返した。族長たちからは二人とも族長の側近としてはあるまじきことをしたと大目玉だ。おこぼれをもらっていたわたしたちにとっても他人事では済まないことだから、タヌキ亜人たちとちょっと気まずくなった。

 他所には勿論、わたしたちの起こした事件を戦闘団のニンゲンたちも伝えることはできない。立場上パートリッジ司令には事の次第を伝えたけど、そこで打ち止め。多少はいうことも聞いてでも、ハブラたちには黙っていてもらう必要がある。気に食わないけどね。

 エルリリのことはわたしとケイトが出発したあと、間もなく姿が見えなくなったことに気がついたとのことで、その後朝から行方をくらましていたひとりのイギリス兵の証言により誘拐と判断された。この人から奪った服を着て兵士になりすまし、何らかの理由をつけてエルリリに接近したらしい。

 それとエルリリを探していてそのまま行方をくらませていたリュイナは朝方になって戻ってきたけど、わたしたちが外で騒ぎを起こしている内にハーベスの屋敷に侵入してエルリリを探していたとのことで、戻ってきたハブラにバレて一戦交えた挙句追い出されたらしい。だいたいシャルルサと同じことを言いながら悔しがっていたけど、これまたハブラが手加減してくれたらしく無傷で帰ってきてくれた。度々迷惑かけて、これまたちょっと申し訳ない。

「おぉ……スズリカ、また会えて嬉しいぞ。やはり生きていてくれたか」

 念願叶ったハブラは嬉しそうにスズリカの手を取った。まるで成長して帰郷した孫の手を取るおじいちゃんだ。本当に恨みも何もなさそう。

 むしろ、夜中にペスティスをわたしたち戦闘団のいるラプサン方向に誘導して、「後退中の部隊が暗夜に進路を見失い、たまたま、近くを通っただけ」と言われたこっちの方が不機嫌そう。ハーベスの屋敷にいたわたしたちの他、夜戦要員の獣人が数人不在で、叩き起こされたイギリス軍が朝方までぴりぴりしてたし、戦闘後の処理を済ませてようやく眠ろうとしたパートリッジはハブラの登場でそれどころじゃなくなって、「こういう嫌がらせの捌きは紳士の見せ所だね」と額に青筋立てながら笑ってた。頑張れ紳士。

「ああ。伝言は受け取った。わたしもお前が現役と知って嬉しく思っていたところだ」

「そうかそうか。わしのことを憶えていてくれたか。――そしてそちらはまさか、レンカ様では?」

「まさしくそうだ。よくわかったな?」

「お会いできて光栄でございます。ハブラと申します。どうか、お見知りおきを」

「鉄脚殿のことはスズリカから聞いている。こちらこそお会いできて光栄だ。それと、こちらの紳士はパートリッジ司令。部隊を扱う上での最高指揮官だから、要件があれば話のあとにでも伝えてくれ」

 レンカも、ハブラと硬く握手を交わした。ハブラの表情がやたらと活き活きしているせいで、レンカは腹の中を探れずにいるように感じる。

「初めまして。わたしはテレンス・パートリッジ。長い付き合いにしたいものですから、どうかお見知りおきを」

「ああ、そうですな指揮官殿。ここのところの貴官の働き、私共も非常に助かっております故、私的ながらお礼申し上げます。是非とも今日という日を期に友好を育みたいですな」

 パートリッジは軍人だから先に敬礼をしたあと、握手は比較的に軽く済ませた。紳士的体面を保つための配慮と努力に余念がない。

「お礼など、お構いなく。余所者が出過ぎた真似をしているまでですよ」

「貴官は、貴族様でいらっしゃいますかな」

「ええ。しかし生憎、爵位は憶えていません。もう、過去のことですからね」

「しかし高貴にして偉大な血は、失っていないようですぞ」

「そうですか。そう言ってもらえると助かります」

 この世界に来てはや何日か、多忙と困窮の中で涙ぐましい努力を注ぎ――より必死なのは従兵である――、頑なに身だしなみを保っているこの紳士から漂う高貴なる者の意地とプライドを、ハブラは感じ取れているらしい。怒れる紳士パートリッジの心境やいかに。

 ヘッドみたいなのは当然として、周囲の将兵が少しずつ浮浪者地味ていく中で、パートリッジの外見は高水準を維持し続けている。パートリッジまでいくと高級将校らしいから、着替えをたくさん用意してあって、兵士が毎日洗濯しているんだろうけど、やっぱり着ている人の日頃の振る舞いも一因に違いない。

「さあ、立ち話もなんだろう。どうか掛けてくれ。座って話そう」

 4人が椅子に腰掛けたところでケイトと一緒にお茶とお菓子を出しにいくと、ハブラはこれまたにこやかに礼を言って、ケイトの頭を撫でるまでした。座高が低過ぎてわたしの頭にはとどきそうになかった。だからって可愛くないものを見る目はやめてよ。

「挨拶も済んだことだ。本題に移ろう。ハブラ、戦闘団に要望があれば言ってくれ」

 レンカがひとりぎくしゃくしている一方で、スズリカはハブラの様子に肩の力が抜けたのか、どうやら頭を低くする気はないらしく、対等に、まるで友人を相手にしているみたいに悠々としだした。

「もちろん、手始めに領内に侵入したタナトスどもを追い払う手伝いをしていただきたい」

「よし、詳しく聞こう」

 ハブラに対して警戒感も自重もないスズリカの様子に、レンカの内心はあせあせしているだろう。拍子抜けさせられたハブラの方が、むしろ変に警戒する素振りを覗かせた。それも一瞬のことで、直ぐに持ち直したけど。

 ハブラは持参した地図を広げた。

「ご覧ください。我々は、最深部はレッカート村の東部で敵集団を食いとどめていますが、タナトスが次々と湧き出てくる以上とても長くはもちません。何処かで反撃する必要がありますが、生憎そのための兵力も不足しておりましてな。それも兵の大半は訓練の不十分な私兵と義勇民兵隊で、むしろこれ以上の戦闘継続は困難と言えます。至急、更なる助勢をお願いしたいですな」

 さもないと今晩もやるぞ。と、続きそうな話。夜は明かりを焚いてうろちょろしてればある程度はペスティスが集められるから、いくらでもできそう。この辺りは未だに火器で武装してるのが少ないし、よほど近付かない限りは比較的安全。狡いねこの人。

「承知した。ひとまずは手勢を差し向け、トルト周辺から東に突破して城壁に取り付き大門まで北上、タナトスの集団の背後を遮断しよう。もちろんそちらの反撃も支援し、協同して城壁以西のタナトスを殲滅する。城壁の向こうのことはその後協議するとして、協同するに当たっての両軍間の取り決めは、パートリッジに頼むから、よく話し合ってくれ。これでどうだ?」

 スズリカが打ち合わせ通りに作戦を提案した。天才姉妹と司令官のお墨付きの案だ。

 この領地の東には前の戦争のときに作られた城壁が南北に伸びていて、ペスティスたちの大半はこの城壁の大門からこの領地に進入してくる。そこでわたしたちがこの門を占領して敵の侵入を防いでいる内に、イギリス軍が内部を掃討してしまおうという寸法。この領地の東は城壁の先、ダン川までだけど、まずはここまで。

「ほう……それはそれは、大きく出られましたな。成功すればその一手で、この地での戦いを決着付けることになりましょう。成功すれば」

「何か問題があるか?」

「タナトスの群れは点在し、全貌が掴めていない。掃討するには時間がかかり、不覚の取りようもある。城壁に取り付くことも、何度か試したが困難でしたな」

「お前たちにはな。我々を持ってすれば容易い」

 戦車と大砲があるからね。でも、本当はもうそろそろ戦ってる途中で勝手に壊れないか心配。

「なるほど、あの鉄の巨獣ですな。人の手一つでの戦いしかわかりませんが、鉄車が恐るべき代物であることは私めも察しております。しかし、そこまで信用していいものなのですかな?」

 いや、本当に、あんまり。その辺を疑うところ、道具より肉体の力を信じそうなハブラには、戦車だって得体の知れぬあてにならないものでしかないのかも知れない。

「心配するな。必ず成功させる。そこまでしてやれば、お前の主人も自分の身の丈をわきまえるようになるだろう?」

「……あー、そうしてくださると……よいですがな、確約は保証できませぬ」

 主人の頭が悲しいことを重々承知しているだけに、ハブラの歯切れは悪い。

「ハブラ、こういうのもなんだが……忠義もいいが大義も忘れるな。お前ひとりよりも大切なものがここにはある。べつに教会の信奉者でもないだろう?」

「……そのくらいわかっておるさ。だが、同じものを見ている内は、ともに歩む覚悟だ」

「頑固おやじめ」

「どうとでも言え。……この案で通そう。期待しているぞ。――ではテレンス卿、当分の間のこちらの配置ですが――」

 ハブラはその後、パートリッジといくつかの打ち合わせを済ませて、大したいざこざも起こさず帰っていった。

「……一眠りさせてもらっていいかな?」

「階級というのは難儀なものだな」

 本音は族長なんてやめたいスズリカが言うと説得力が違う。だからといってわたしに押し付けようとするのはやめてほしいけど、ケイトが族長になったら嬉しいかも。

 正直自分からやりたいって人はいない。族長なんてそんなもの。

 いつだったかそれ言って、スズリカに「じゃあ血統的にアトレイシアがやるべき」って言われたことあったな。でも、族長は世襲制じゃない。信任と称した押し付けで決めるものだし、前の前の族長とか赤の他人だし。たぶん。

「おつかれさま。司令官」

 スズリカ、スズリカはきっと、まだマシなんだと思うよ。獣人の族長って普段結構暇そうにしてるし、スズリカはパートリッジほど老いぼれてないもん。

 パートリッジは弱々しく笑って、テントの中に消えていった。おやすみ。

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