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「無事だったみたいですね」
ハーベスの屋敷を出て少し走ると、林の中でオオカミ亜人のケーニヒが待ち構えていた。
「エルリリというタヌキ亜人がいなくなって、においを辿ってきました。あの屋敷にいるみたいなのですが何か知らないですか?」
いくらこっそり攫ってきてもこれだ。ハブラは直ぐに足がつくことを承知の上でエルリリを攫った。力づくで来れるものなら来てみろ、どうなるか見ものだぞ。とでも思ってにやけているに違いない。
「地下に閉じ込められていたけど、ハブラが張り付いてるから手は出せないよ」
「そうですか。ハブラ……あなたたちの族長が買っているようでしたね。――シャルルサ、ここは退きましょう」
「……ニンゲン相手に怖気づいたようなことはしたくないよ。少しは痛い目見せてやらないと」
気配を消していたシャルルサの存在には気がつかなかった。不満げな顔で姿を表して、屋敷を睨んでいる。
獣人にはシャルルサみたいに力ずくで事態を片付けようと考える子が少なからずいるはず。それを押さえ込もうとして身内で争うことにならないように、いかに穏便に事態を済ませるかだけど、悠長なことしてたらタヌキ亜人に悪いし、あの人たち優しいけど、妖獣人には過激な人いるから突き上げてきそう。
キツネ亜人の方が多くて族長も強い分、発言力も大きいけど、タヌキ亜人の中にはそれが不満な人もいる。そんな人たちをフウカがのらりくらりと上手く丸め込んでくれているからキツネ亜人とタヌキ亜人は仲良くできているだけで、フウカがお手上げするラインを超えてやらかしたらどうなることか。弱みを握られて尻にしかれるのは嫌だ。
「シャルルサ、不用意な争いは不測の事態を招きますよ」
「わかってる。でも、せめてあいつらは相手していこう。やる気があるみたいだから」
周囲でカサカサと草木が揺れた。風の戦ぎじゃない。押し殺された吐息を耳に感じる。
「数は?」
「「10人」」
わたしとケイトが声を揃えてそう教えると、ケーニヒは「少ないですね……」と感想を漏らした。確かに獣人4人相手に10人は少ない。
こっちが気付いている以上、諦めて帰ってくれるのを期待したけど、弓の軋む音が聞こえたところでその期待は捨てた。……そんなにお金がほしいの?
「わたしとしては、賛成できませんね」
「そう? じゃあ……仕方ないな。――誰か知らないけど、やめておいた方がいい。帰って」
シャルルサの忠告には、問答無用とでもいうのか、矢が返ってきた。
わたしとケイトが身体をずらして矢をかわしたのに対し、シャルルサとケーニヒは飛んできた矢を掴んで相手の潜んでいる茂みに向かって投げ返す。すると隠れていた男が跳び出して二人に斬りかかった。
「何人かは殺しちゃっていい?」
「ひとりふたり逃して、何人かは生け捕りにしましょうか。交換材料になるでしょう」
「じゃあ半分ってこところかな。――二人も、やり過ぎない程度にね」
二人は揃ってのんびりと会話する余裕を見せながら何度か刃をいなして、話がまとまったところで振り回される剣の刃を掴んだ。
男がその手を振り払おうと力を込めてもびくともしない。むしろ自分たちが引っ張られて、やむなく手を離した。ケーニヒに斬りかかっていた方は引っ張られた勢いのまま体当たりを仕掛けたけど、結果は散々、反撃の拳で肋骨を砕かれることになった。
「馬鹿が、狼の相手して割に合うかよ!」
わたしの方にも男が二人挑みかかってきて、わたしはその二人を相手にしながら戦いの輪から離れることにした。ひとりでじっくり相手をしたい。
「こいつ、誘っているのか?」
「いい度胸じゃないか」
相手も乗り気になってくれたらしい。足を止め改めて面と向かい合ってみると、ひとりがわたしに向かって笑みを見せた。両手の鉤爪の付いた篭手が特徴的なガッチリとした体格の男だ。
もうひとりはもじゃもじゃと口髭を生やし、筋肉なのか脂肪なのか、ヘッドみたいに太った見た目のおじさん。右手では幅広の大きな刀がギラついてる。
「人間の姿をしているということは、お前は妖獣人だな?」
「……さあ?」
「へへっ、ハブラ様の言う通りだな。こいつはラッキーだ」
普通の獣人でも術のひとつやふたつ覚えられることはニンゲンたちに知られているはずなのに、術を使えばみんな妖獣人として扱われる。そっちの方が首を高値で扱ってもらえるから、彼らからしたらみんな妖獣人として扱いたいというのもあるんだろうけど、おかげで欲深いニンゲンは妖獣人の多いタヌキ亜人やキツネ亜人ばかり仕留めたがる。
「あなたたち、ハブラの手下の武闘家衆の人? わたしたちに手を出さないように言われてるんじゃないの?」
「そいつは「命が惜しければ」の話だ」
お金のために命張るほど切羽詰まってるわけじゃないだろうけど、強い相手と戦いたい武闘家の性が出ているとも思えない。少なくとも、この男からは。
「じゃあ、あなたたちを殺しちゃってもハブラは怒らないってこと?」
「そうだろうな!」
鉤爪の男が地面を蹴って跳び上がった。ニンゲンにしてはなかなかの跳躍。面白い。
わたしも跳び上がって、男と空中で交差した。その直後に脳震盪を起こして地面に落下した鉤爪の男を尻目に、わたしは木の枝にナイフを引っ掛けて落下の軌道を逸して、下で待ち構えていたもじゃ髭男をやり過ごす。
「待て! ……くそ、何をあっさり叩き落されておるか、さっさと起きんか!」
鉤爪の男は夜間、それも森の中で獣人に襲い掛かれるだけの自信はあったみたいだけど、実力は伴ってないらしい。髭の男が駆け寄って、頬をベシベシと叩く音が聞こえる。
「うぅ……くそぉ……」
「情けのない奴だな」
「舐めたマネしやがってぇ……。――ザンダ、後ろだ!」
鉤爪の男が自分を見下ろす男に迫る影を見て叫んだ。
「ふん、小賢しいわ! ――む!?」
ザンダと呼ばれた男は慌てることなく刀を振り上げると、刀は笛のような音が響かせながら、わたしの投げた男の身体を真っ二つにした。最初にわたしを弓で射ろうとした男だ。距離を置いてしつこくわたしを狙っていたから、さっさと片付けてもらった。
「おのれ、小癪なぁ……っ!」
「不味いぞ、結構な手練だぜ。……何処から来る?」
よろよろと立ち上がった鉤爪の男が、ザンダと背中合わせになってわたしのことを待ち受けようとしたのを、ザンダが追い払うのが見えた。
「引っ込んでいろ。貴様など奴がその気になればとっくに死んでおるわ。起こしてやったのだから邪魔にならんところに行っていろ」
「何を!? ザンダてめぇ、いい度胸だな! おれを馬鹿にしようってのか!?」
鉤爪の男は肝心のわたしのことをそっちのけにしてザンダに食って掛かった。こんなときに、馬鹿じゃないのかあの男は。ちょうどいいから仲間割れしてるうちに、あの強そうなザンダって方を片付けちゃおうかな。
「ええぃ、じゃかしいわ! ――でてこい小娘! オレ様が相手だぁ!」
「おわっ!?」
ザンダは鉤爪の男の襟首を掴むとぐるりと身を捻って、さっきの仕返しとばかりにわたしへ向かって投げ飛ばした。
気配を消すように意識はしていなかったけど、あれだけ騒いでよくわたしの位置が掴めたもの。あのハブラに鍛えられているだけのことはある。
飛んできた鉤爪の男の顎には膝を叩き込んでまた気絶させた。こっちはあのハブラに鍛えられていた割には大したことなかったな。
「そぅら、そこだぁっ!」
ザンダが風車のように刀を振り回しながら突っ込んでくる。流石に怖かったから横に跳んでかわすと、背後に立っていた、わたしの太腿ほどの太さの木が一瞬のうちに切り倒されて、スライスされた木片が散った。
「ハハハハハハッ! このオレ様の刃に触れたら最期、皆こうなるのだ!」
足元に転がってる男の鼻が切れて間抜けなことになっている。確かにあれは嫌だ。あれで起きないって手加減を間違えたかな?
「……そんなに振り回して疲れないの?」
「自分の心配をしたらどうだ? この程度どうってことはないわ!」
うう、あの甲高い笛みたいな音が耳に刺さって厄介。やめてほしい。うるさくてめまいがする。
ただうるさく刀をぐるぐる回してるだけだけど、この回転が獣人のわたしでも手出ししづらいほどに速い。そのうえ草木どころか岩まで切りつけても刃の速度は落ちず、何事もなかったかのようにこっちに近付いてくる。
わかった。間違いなく達人だ。
どうしようかな。わかりやすい弱点といえば回転の軸になってる腕だけど、不規則に動かしていて下手に狙うとこっちの腕を落とされちゃうし……でもちょっとやってみよう。
近付いてくるのを待っていると、ザンダは意外そうな顔をしたあと、にやりと笑った。
「このオレ様の技を見てなお真っ向から挑もうとはな! 望み通り切り刻んでくれるわ!」
じりじりと歩み寄ってくるザンダを睨みながらこっちからも間合いを詰める。
相手の間合いに入る直前に先手を打ってナイフを一本投げると、腕の位置をずらして弾きながら一気に間合いを詰めて斬りかかってきた。
「どぁああっ!」
「………………」
それから何度か離れたり近付いたりを繰り返しながらナイフで手を切ろうと試みたけど、ギリギリのところで切っ先がとどかない。
本気で頭がくらくらしてきた。まずはあの刀へし折って、ついでにこの男の舌ちょん切ってやりたい。
……これじゃだめだ。諦めてもう一度距離を取ろう。
「いまの斬撃をかわし切るとはやるではないか。それにその髪……お前、去年屋敷に忍び込んだ盗賊の娘だな? 名前を名乗れ。ハブラ様が取り逃がした獲物となれば名前くらい知っておきたいからなぁ!」
ザンダが興奮気味に訊ねてきた。ハブラ、わたしにこと部下に喋ってたんだ。
「……キツネ亜人族のアトレイシア」
「そうか! 礼として一刀でその首を落としてくれるわ!」
「……あなたじゃ無理だと思う」
わたしは草木を物ともせず突進してきたザンダに向かって走り、直前でその上を飛び越え、その先に生えていた木に刺突用ナイフの糸を引っ掛けて、そのまま木の上でザンダが振り向くのを待った。
「ハハハッ、怖気づいたか。だが、引きずり下ろしてでも討ち取ってくれるわ」
近付いてきたところでもう一度ジャンプして別の木に跳び移る。何度か繰り返しながらついでにナイフを投げつけると、ザンダは笑ってそれを叩き落としながら距離を詰めて、わたしの取り付いた木を袈裟懸けに切りつけた。
よし、大袈裟に切り付けたせいで刃が止まる。この隙きに目にもの見せよう。
「うわっ、なんだ!?」
ザンダの刀がわたしのいる木を切断する直前に紐を思いっきり引っ張ると、取り付く度に紐を引っ掛けていた木々が一斉にザンダの上に倒れ込んだ。少し遅れてわたしの登っていた木が上に重なると、どれも冬に葉の落ちない木だったから、わたしたちの姿はすっぽりと葉に覆われた。
「くそ、真っ向から挑んでくるふりをしてこれか!」
何も考えずに人を追いかけ回すからこういう罠にかかる。自分で根本を切りつけて倒れるようにしてくれてありがと。自然破壊は嬉しくないけど、勝利には代えられない。
葉と枝の向こう、星明りの届かない暗闇の中で尻餅をついたザンダが、なんとか刀を振ろうともがいているのが見えた。すかさず近寄って背後に寄り添うようにしゃがみ込むと、気配を感じ取ってザンダがビクリと震えた。
「降参して。じゃないと殺す」




