26
ケイトの心配はしたものの、問題なのはむしろわたしの方だ。ハブラは去年屋敷に忍び込んだとき、ずば抜けた勘の良さでわたしたちの侵入に気付いた。下手はできない。
この屋敷には3箇所に階段がある。ひとつは1階から地下室への階段、もうひとつは領主一家の住む2階と1階をつなぐ階段、最後に屋敷に住み込みで働く人たちの使ってる、1階から屋根裏までの各階をつなぐ階段。
外見はそこそこ大きく見えるのに、ただの物置になってる屋根裏を含めても3階までしかないショボくれたお屋敷。まあ、田舎領主の屋敷なんてこんなもの。
「少し準備してから、いってくる」
せっかくだし、階段を降りる前に念のため服を拝借しよう。そうすればちょっとくらい姿を見られてもなんとかなる。ニンゲンに化けていようと、服装をなんとかしないと屋敷の中じゃ目立ちすぎるし。
――えーっと、部屋をふたつ挟んで……あった。メイドの服の予備を保管している部屋も去年と同じだ。早速貰おう。
「……んー」
サイズはこれかな? どういう教育しているか知らないけど、もう少し整頓しないとダメだ。
わたしはぱぱっと着ている服の上にメイドの服を重ねて、ハブラの追跡開始した。幸い屋内だとわかりやすい足音が響くから、位置をつかむことは簡単。
それにしても、改めて見ると結構可愛い服。ケイトに着せたらどうなるかな。もう一着くすねちゃおうかな。サイズ合うかな。
「――東の方はどうなっているんだろうね。家族も親戚も、家は城塞の向こうだからもう……」
「ここも、もうお終いですよ。ベニクでどこも酷くやられて、立ち直れやしない――」
使用人たちの位置を把握するために聞き耳を立ててると、主人が寝所にいって気が抜けたのか、話し声がそこかしこから聞こえる。ベニクといえばわたしがヘッドと出会うより前に、この国の国軍か寄り集まった連邦軍か、軍隊とペスティスの群れがぶつかり合った戦場のひとつだ。当時は関心なかったし詳しい話は知らないけど、ニンゲンはペスティスにあっさり大負けしたらしい。
彼ら、彼女らをやり過ごしたりしながら、1階まで降りてきたところで、ハブラが厄介なところにいることに気が付いた。ワインセラーのある地下に続く階段だ。静か過ぎる場所にいかれるのは困るけど、帳簿でも付けにいったのかな。
静かな場所だと感覚が鋭くなる。それに、途中の通路は使用人の行き来が多くてにおいがキツいし、ワインセラーも特有のにおいが充満してるから、鼻もそれほどあてにならない。そんな状況であの小男を追うのは危険かも。でも、地下には何かありそう。
……まさか、誘われてる? いや、流石にないと思いたい。いざとなったら全力で逃げよう。
ハブラはそのままワインセラーの中に入った。途中立ち止まることなく角まで進んで、そしてノックするように義足の方の足で2回床を突いた。
隠し部屋だ。下にまだ空間がある。
……追うしかないかな。ちょっと不安だけど。
ハブラが下に降りたあと、わたしもワインセラーへと足を踏み入れて、隠し部屋の入口の上に立った。わたしたちが屋根裏の倉庫でやったのと同じく、床板を外せるようになっていた。
短いはしごを下りたところに石の螺旋階段があって、その先に部屋がある。見張りはいないからギリギリまで扉に張り付いて中の様子を探ろう。
部屋の中にいるのは4人。ハブラと、その部下らしきニンゲンが2名、最後のひとりはどういう人かわからない。何処かで嗅いだことのあるにおいがするけど、ワインのにおいが邪魔で判別は無理。
扉の向こうは、地下牢か拷問部屋? 貴族の屋敷に牢というのはよくある話だけど、こんなときに何を相手に遊ぶ気なんだろう。人をいたぶるのがハブラの日課だったらちょっと見損なう。
「――どうだね? 何か教えてくれる気にはなったかね?」
「わ、わわっ、わたしは何も知らないって言ってるのに、早く帰してよう……」
中から聞こえてきた声には、また憶えがある。確か……里がペスティスに攻撃されたときにやたら逃げ腰だったタヌキ亜人の子だ。三つ子って話だけど……たぶん真ん中の子。名前はエルリリだったかな。
んー、先手を打たれた。主人の指示も待たず、昨日の今日でもう誘拐なんて手段に出たのか。案外なりふり構わない手だ。それでも、有効だから油断ならない。
「君たちはどうしてあの少女のもとにいる? あの少女は何者で、目的はなんだね?」
「あの子たち変な子だから何考えてるかわかんないよ……」
嘘は言っていない。でも「あの子『たち』」は言い過ぎだ。確かにあの二人にはセット感はあるけど、こういうときは隠しておくもの。
……でもまあ、教えちゃって本気で困るような情報持ってないだろうし、相手が機嫌損ねて手を出すまでは様子見てようかな。いざとなったらあの子連れて、正面から堂々退場して、きっぱり決別してもらおう。
「それでどうして君は、行動をともにしているのかね? 教え給え」
「あ、あの人たちは助けてくれたから、成り行きで一緒にいるの……」
「恩があるのか。しかし君たちはわたしたち人間に恨みがあるはずだ。助けてもらったところで行動をともにする必要はないだろう。ん? どうだね?」
ハブラって男は、獣人をよくわかっている。わたしもヘッドに助けられたときそう思っていたから間違いない。
「でも、あの人たちはわたしたちのこといじめないし、食べ物もくれるし、こ、怖いのから守ってくれるの。い、いいニンゲンだから、仲良くしてるの……」
「そうか。――お前たち、先に上に行って誰も入れぬように入り口を見張っておれ」
え、不味い。
「獣人相手にひとりでは危険では?」
「おれを誰だと思っている? いいから行け。狭いわ、むさいわ、少女のいる場所には相応しくないわ」
本当に不味い。二人出てくる。ここ一本道なのに、ああもう、この服のひらひら邪魔。
「は。それでは失礼致します」
「チッ、くさいのはガキの方でしょうよ。ひとりになった途端何する気やら……」
「こっちのセリフだ。お前たちが下品な手を出さんか心配しておったわ」
冗談を交わしている内にドアノブが傾き、扉が開いて、閉まり、何事もなく二人は階段を登っていった。
危なかった。スカートの裾が垂れないように、かなりきつい体勢で天井に張り付いてやり過ごしたけど、まさに間一髪だった。やれやれ、これだからニンゲンの着る服は……と言いたいけど、わたしが勝手に拝借して着ているものだから文句は言えない。
「……よし、再開だ。あそこの連中はタナトスを度々追い払っているが、彼らは何者だね?」
「知らない。あの人たちもよくわからないけど、わたしたちに優しいの。それで十分。詮索はしないの」
「嘘をつくんじゃない」
「嘘なんてついてないよぉ……」
んー、数が減ったとはいえハブラがいるから、この状況じゃあの子を逃がすのは難しい。やっぱり手を出そうとした隙に一撃入れるくらいしかないかな。あの子本当にその場の成り行きで戦闘団にいるだけだし、吐いて不利益になるようなこと何もないだろうけど、人質にされると交渉で不利になるし、あの子だって嫌だよね。
「それならば……今朝、町で食料品を扱っていた店の女店主が行方不明になったことについては、何か知らないかね?」
「……知らない」
嘘をついた。
「嘘はいかんなぁ。人命が関わっていることなのだから、万が一の事態を回避するためにも真実を教えてもらわんとな。言うんだ。彼女はどうした?」
「知らないよ……」
「そうか、答えられんか。仕方がない。これ以上手荒なことはしたくなかったが、わしにも領民を守る義務があるからな。危険な輩を野放しにはしておれん」
刃物が鞘から抜ける音がした。それに「ひっ」と短い悲鳴が続く。拷問ならナイフ程度でいいと思うけど、いまの音はそこそこの長物だ。サーベルかな。
「どうだ、小娘を切るには勿体無い業物だろう。しかし、これは獣人によってその命を奪われた、先代領主ボーベット・ハーベス様よりお譲り戴いた形見だ。お前たちを切るにはもってこいというわけさ」
「そ、そんなの知らないよ……」
「そうか。では、先におれからいいことを教えてやろう。この剣は『四歩刀』の異名を持つ。切られた者はそれに気付かず4歩は歩けるからだ。そして、痛みを感じる前に死ぬ。いざ死ぬときは苦しまずに死ねるぞ」
「でも、そ、それまでは痛いことするんでしょ?」
「察しが良いな。ほれ、口が利ける内に洗いざらい吐くんだ。わしの質問に、5つ数える内に答えなければ痛い目を見ることになる。嘘を吐こうものならその都度指を落とす。その次は耳か目か選ばせてやろう。その先は……そうだな、その時のおれの気分で決めてやろう」
拷問する気だ。あの子、ほんとに何も知らないだろうに。
……可哀想だし助けてみようかな。いけるかな、やっぱり自信ないな。それに、そのときの事情はどうであれ、そもそも捕まったあの子が悪いし、ここでわたしが姿を晒したら、今後の戦闘団の立場が悪くなるかも。一領地と決別して済む話じゃないよね。あの子ひとりの命に見合う損失なのかな。
そう思いつつも、自然と手がナイフの柄に伸びていた。勝てなくても、あの子が逃げるだけの時間は稼げるはず。上でもケイトが上手くやってくれるよね。




