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アトレイシアともう一度  作者: 長原玉乙
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       *        *


「……それで、どうやって忍び込むんだ?」

 日が暮れて、ニンゲンたちが夕食を終えた頃、わたしたちはハーベスの屋敷にたどり着いた。

「頃合いを見計らってあの辺りから塀を越えて、あそこから屋根に登る。あそこの窓の鍵は簡単に開くはずだから、そこから屋根裏の物置部屋に侵入する。あとは入ってからかな。――あ、これ頭につけて。しっぽは服の中に入れて」

「わかった。……音が聞こえにくくなるぞ?」

「髪の毛が落ちるとあとで入ったってバレちゃう」

 獣人の毛を落として帰るわけにはいかない。頭には布を巻いて、しっぽも服に隠して、ズボンの裾も閉める。姿はニンゲンになっても抜け毛がなくなるわけじゃないから、こういうときは大変だ。わたしたち抜け毛多いし、特にわたしの髪色は珍しいから余計に面倒くさい。

「ん。なんとなくイヤな知識だ」

 確かに。でも、こういうときには大切な知識。捕まったら殺される。

 ハーベスの屋敷は大きいけど、警備の数は大したことない。ちょっとくらいなら物音を立てたところで気付かれないはずだ。

 まず、屋敷を囲む塀の脇に立って音を聞く。戦える人は戦場に出払っている割に巡回している警備の数が去年より多い気がするけど、問題はなさそう。さっさと入っちゃおう。

 次に塀をどう越えるかだけど、ケイトには高すぎたから、わたしがケイトのナイフを持って上に登ったあと、ナイフに繋がった鎖を使ってケイトも塀を越えることに成功した。

「屋根の上にはあそこの宿舎から跳び移る」

「ん……」

 宿舎の壁を蹴って跳び上がり、屋根に掴まって、一息によじ登る。これまた絶妙にケイトの身長が足りていないけど、中の兵士に聞こえるといけないから鎖は使わず、わたしが飛び上がったケイトの腕をキャッチして引き上げることにした。ケイトは軽いから、このくらい楽々だ。

 次に足音を立てないように助走をつけて、本館の屋根に飛び移る。これはケイトもなんとか屋根のへりにとどいたから自力であがってきた。

「なんでわたしの身体はこうも小さいんだ……?」

「……可愛いよ?」

 ニンゲンの姿のままだけど、どんな見た目になろうと関係ない。

「アトレイシアばかり大きくなって、ずるいぞ」

「わたしはいろいろ食べてるから」

「わたしだって、目を瞑れば食べれるさ。生じゃなければな……」

 生で食べないと栄養が逃げちゃうんじゃないかな。ケイトはいつも煮すぎ、焼きすぎだし、いっそ生で食べればいいのに。美味しいし。

 さて、それじゃあお喋りはこれくらいにして、ハーベスの屋敷の本館へと入るとしよう。

「この窓の鍵はネジが壊れてるから、下からなんでもいいから細長いものを差し込んで、上に持ち上げると外れる」

 道中拾ってきた落ち葉で窓の境を下から上になぞると、これだけで左右の窓を固定する、ネジの付いた細い板が外れて窓が開いた。まだ交換してなかったのかと不用心さに呆れたけど、いざとなったらケイトが魔術で無理矢理こじ開けるつもりだったから、どのみち大差ない。

 中に入るとそこは屋根裏の倉庫。保管されているものは相変わらず使われていないらしく、前回入ったときとの変化が見られない。いっそうホコリが詰まった程度かな。日頃使われてない倉庫だからって、貴族の屋敷なんだからちょっとは掃除したらどうなんだろう。

「あとはここの床を剥がす」

 レンガの上に木の板を並べた床は、部屋の隅の一部分だけ床板とレンガを取り除けるようになっている。

「どうしてこんなことになっているんだ……?」

「頑張って空けた」

「……勝手に侵入するだけじゃなくて、改造までしたのか」

「うん。領主の私室のクローゼットに繋がってる」

「…………? それはなんだ?」

 ケイトにはクローゼットがわからなかったらしい。

「え……その、服をかけて入れておける、家具かな」

 そうか、わたしたちの家にクローゼットはなかった。そもそも獣人の暮らしの中に普及していないものだったし、生まれてから、里に移ってしばらくの間は目が見えなかったケイトにとって、里の外にあるものは初めて見るものばかり。

 自分はニンゲンっぽいんじゃないかとケイトは言っていたし、わたしもその点は否定しないけど、ケイトはニンゲンの暮らしを見たことはない。一時期はニンゲンの貴族の子供として育った経験を活かして、わたしがいろいろ教えてあげないと……。

「わたしが部屋の中の音を聞いてるから、ケイトはそこのドアの向こうに聞き耳立ててて」

 クローゼットの天板をどかして頭から上半身を突っ込むと、扉の隙間から部屋の中が覗える。頭に巻いた布が落ちないように気を付けるのがポイント。

「――くそっ、あの化け物どもめ、毎日飽きずに暴れまわりおって……」

 折良く部屋の主は在室中で、グラスに入った酒をあおってぶつくさ言っているのがよく聞こえる。あまり酔いは回っていないようだけど、独り言は大きい。内容はあれこれと取り留めのない愚痴ばかり。帰っていいかな。

 しばらくじっとしていると廊下の方からも音が聞こえてきた。コツコツと硬いものが床に当たる音がするからハブラだ。それに続いて扉をノックする音、どうにも聞く意味のない文句ばかり垂れるアダーガドの声を聞き飽きてきたところには丁度いい。

「アダーガド様、ハブラ、参りましてございます」

「入れ」

 ハブラが相手では気取られるかも知れない。頭は引っ込めておこう。

「姿を見せぬと思っていたら、あれこれ嗅ぎ回っているそうだな、ハブラ」

「ええ。彼奴らはよく見極めねばなりませぬ故」

「何かわかったか?」

「かなりの手練と知恵者が揃っておりますな。しかし、我らと事を構える気がないのは事実でありましょう」

「ふむ、あくまでもタナトスどもを相手取ったレジスタンスか。しかし、不躾な無法者に変わりない」

「アダーガド様、彼奴らをどうなさるおつもりで?」

「……あのような得体の知れぬ連中に好き勝手されるのも癪にさわるが仕方がない。食料をくれてやれ。得体が知れぬと言っても所詮はレジスタンスだ。脅威ではない」

「しかし奴らは事あるごとにタナトスたちを追い払っております。特に奴らの鉄車は強力な兵器、くれぐれも、お侮りなされないことです」

 人目につく場所での戦闘はなかったはずだけど、稲荷坂戦闘団の戦いぶりは抜かりなく見物済みらしい。

 それと、ハブラは随分機嫌がよさそうだ。何処か、わざとらしいくらいに。

「ふんっ、そう言うお前はどうなのだ? 奴らを利用してどうしたい?」

「知れたことを。厄介者を追い払ってくれるのですから、それに便乗して失った土地を開放し、支配と名声をがっぽり稼ぐのです。勝利の暁には、教会はアダーガド様に大領を与えるよう陛下にお命じ下さるでしょう」

「お前こそ舐めたものだな。そのような虫のいい話が通用すると言うのか」

「現実的な話でございます。お気付きになられなかったかと思いますが、彼奴らは人間に化けた獣人、獣は餌を目の前に垂らせば食いつきましょう」

 あれ、わたしたちのことも何処かで見たのかな。獣人はみんなニンゲンへの警戒心が強くて、目に映る前には隠れると思うけど、ハブラなら気付かれずに近付けるかも知れない。それともホロビとオコリナの変化がバレたかな。あの二人、アダーガドでも気付くくらいには只者じゃない雰囲気出てたし、いま思えば隠す気あったのか疑わしい。

「ほう、本当か? 奴らの変化の術を見破るとは流石だな。確かに、獣人どもは頭が悪いからなんとかなりそうだ。使うだけ使ったらまとめて処分してしまえば、教会も文句を言うまい。――あ、食料の件は保留にして、備蓄が足りていないとしろ。食って寝ることしか頭にない獣人のことだ、腹を空かせてやった方が言うことを聞くだろう」

 ん。聞いててイライラしてきた。やっぱりこの領主は、適当な理由を取り付けて始末してしまってもいいんじゃないかな。味方になったらそれはそれで面倒起こしそう。

「ああ、そうか、昔この辺りを支配していた獣人どもの生き残りだな? 今頃になって事の重大性に気付いて動き出したか。相変わらず間抜けな奴らだ、せいぜい我々の邪魔にならないように、首輪を付けて飼育してやらないとな。何処で寝ていたかは知らんが4年もして奴らも腑抜けただろう」

 まだ続けるか。本当になんだこいつは。すっごくイライラするだけじゃない、こいつ領主とか言う割に思考回路は絶対大したことない。

 こっちの条件を飲んで共闘しないと、滅びるのはこの領地だ。戦闘団はすでにペスティスに対する戦闘行為に制限を設けて、領地が消耗するのを待っている。

 私兵隊に取られる前に、外から飛んできた物資をぶんどっているから、こっちはなんとか黒字運営。動かし方がわからなかったのか、放置されていた車両からもこっそり燃料を抜き取ったから、ひとまず彼らがわたしたちの真似をして戦車に乗り回す心配もなくなった。この世界のものでないならこの領地の所有物じゃない。つまりこっちで拝借してもいい。問題じゃない。

 こっちの問題は食料とお金と弾薬と燃料と医療品、その他もろもろが足りないことだけ。それに対してこの領地の問題はペスティスに勝たなければ何もかも失ってしまうということ。交渉するとなればどちらが不利かなんてわかりきっているのに、この領主はわかっていない。

「いっそタナトスにしっぽでも振って仲間に入れてもらえばいいものを……いや、何故奴らがタナトスと戦う気になったのか、わからないな。むしろ我々を敵視しているはずだ」

「彼奴らにとっては人間もタナトスも似たようなものでしょう。それならば、言葉の通じる我々と組むのは不思議ではありませんぞ」

「なるほど、そういうことか。――よし、奴らの件は一時の間お前に任せよう。好きにするがいい。報告は成果があってからでいいぞ。行け」

「……承知いたしました。このハブラ、必ずや成果を上げてみせましょう」

 そしてハブラは部屋をあとにした。最後、何か言いたげだったけど、なんだったんだろう。

 ……んー、「酒飲んでないでタナトス撃退するための話くらいしろよ無能」とかかな。自主的に来たのか呼び出されて来たのかは知らないけど、挙句一番切羽詰まった問題の相談もなしに帰らされるとか思ってなかったかも。ペスティスどうする気なんだろ、あの領主。具体的な対策なさそう。

「どうするんだ? 聞いていて思ったんだが、領主の頭は良くない気がする。調べるほどなのか?」

 ケイトの耳にもアダーガドの声が届いていたようだけど、聞いた感想もわたしと大差ないらしい。

「ん。領主のアダーガドはきっと頭が悪いから、見張っていれば何か弱みを握れるかも知れない。でも、ハブラが全て任されたなら、ハブラのやり口を調べる方がいいかな」

 きっと、交渉を有利にするために一計案じてくるだろう。ハブラが何をしてくるか、こればかりは油断できない。

「いっそわたしがひとりでこの男を調べようか? アトレイシアがハブラの方を調べてくれれば効率がいい」

「ん……大丈夫?」

「上手くやるさ」

 ハーベスは寝間着を着ていた。しばらくひとりで飲んだあと、そのまま眠るはずだ。ケイトが見付かる心配はないだろう。寝てる暇あるのか訊きたいところだけど、あれは確実に寝る。間違いない。

「じゃあ、そうしよう。何かあったら合流しよう」

「ん」

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