24
――アトレイシアとケイトが出発した後。
「アトレイシアちゃん、ちゃんと目が覚めてよかったね」
「あのふりふりした服どうだった? ケイトちゃん可愛かったよね」
(ああ、主よ、今日という日に感謝します)
この祈りも今日で何度目だろうか、ヤンコフスキはひとり獣人たちに囲まれ、ますますご満悦である。
信心深い彼にとってはいつものことではあるが、今朝、目を覚ましたその時、アトレイシアが無事に目を覚ましていると知ったその時から、彼は今日という日に心の底から感謝しているのである。そろそろ神も彼の祈りを聞き飽きることであろう。
「ヤンコフスキってさぁ」
「うん? 何かな?」
「ケイトのこと好きだよね〜」
サモフィナがズバリと切り出すと、聞いた途端にヤンコフスキは失笑した。もとい、もとから頬は緩み切っていたが、別の笑いである。
「あれ? おい、笑って誤魔化すなよ〜。ショーコは挙がってんだぞショーコはッ」
もっと面白い反応をすると踏んでいた獣人たちは首を傾げることになったが、期待外れな顔をする彼女たちを見てヤンコフスキの方がとうとうむせ返った。これにはますます首を傾げる獣人たちである。
「そうっ、そうだな、不思議な魅力がある。ケイトのことは好きだよ」
ひと通り笑い終わったところでそう伝えると、獣人たちは色めいた。
「や、やっぱり結婚したい?」「やっぱりな! 物好きなやつだ!」
「それはない。ははっ、やっぱりわたしをそういう風に見ていたんだな?」
「えぇ~? どうして? ケイトちゃん優しいし、しっかりしるし、ニンゲンみたいに家事もできるよ!」
「嘘付いてるなら白状しろ!」「このむっつりめ!」「はんざいしゃ〜!」「小児性愛者!」
てっきりヤンコフスキは女児愛好者で、可愛いケイトと結婚したい願望があると思い込んでいた獣人たちは嘘を付くなと食い下がったが、ヤンコフスキは「どうどう」と、愛馬でもなだめるようにそれを制するのだった。
「白状すると、わたし好みはスズリカのような、強い女性が好みだ。酒が飲めるのもいい」
「ケイトちゃんもあれで結構喧嘩強いよ? お酒は飲んだことないだろうけど」
「いやいや、ケイトが強いのはアトレイシアがいるからだよ。わたしはケイトのそういうところが好きなのであって、結婚なんてとんでもない! わたしは不要だ」
ヤンコフスキ自身、自分は誰からも誤解されているという気がしていたが、獣人たちがそれをネタにして自分をいじめようとしたことには微笑ましく思ったようである。
「……ところでシェルバロフ君、小児性愛者とは流石に言い過ぎではないかね?」
「えっ、だ、誰のことかわかりません……のにゃ? な、何言ってるのにゃ? 犯罪者の方が非道いと思うにゃ」
「ここにはネコ亜人は居ないし、これはクマの耳だぞ」
頭に生えた耳をヤンコフスキにつままれながら、アルアリスは目を泳がせた。獣人たちに化けて、便乗してヤンコフスキを問い詰めていたわけだが、女児愛好家ではなくとも獣人愛好家であることは確実なヤンコフスキの目を誤魔化すには、彼女の演技力不足も相まって無理な話だったようである。幻術でありながら本当に生えているかのようなリアルな触感に、ヤンコフスキが気を取られなかったならもう一言あったであろう。
「日のあるうちに戦車の点検をするので、戻りますね」
「うむ」
こうしてアルアリスは退散したが、残る獣人たちはまだ納得がいかないらしく、ヤンコフスキを囲んでぎゃいぎゃいと騒ぎ立てた。どちらかと言えば静けさを好み、集まったところで対して姦しくないキツネ亜人たちだが、楽しいことは大好きなので、こうして騒ぐことはままあるのだ。
しかし、幼くても年相応に延々駄々をこねることがないので、手間要らずで可愛いものである。何事も彼女たちなりの程々の領域で騒ぎを抑えようとする、ある種の規律の高さの現れであろう。
「さっきもそうだけど、森でケイトとなんだかいい感じに話してたじゃん。ケイトがあんな風に接するの、アトレイシア相手にしてるときくらいだよ」
「「そーだそーだ!」」
(え、聞いていたのか。ケイトなら気付くはずだが、よく続けてくれたな)
どうやらあの夜は、結局のところ好奇心がその場を制して途中から話の内容が筒抜けになっていたらしい。
「リュイナ、引き止めてくれていたんじゃないのか?」
「話長いんだもん」
数十人の獣人たちをひとりで見張ろうなど土台無理な話である。彼女たちはヤンコフスキのことに関してはそこまででもなかったが、ケイトのことには興味いっぱいで、あれこれ盗み聞きしたいのだ。
特にキツネ亜人は、総じて好奇心旺盛で盗み聞きが好きな種族である。神秘のベールに身を隠したケイトの本性を探り当てたくてたまらないのだ。直接話しかけるという手っ取り早そうな手立てもあるが、ケイトは彼女たちを嫌厭しているため、いまではアトレイシアや、人間たちの目のないところで話しかけても無視されるのである。話にならないとは正にこのことであった。
そんなことをしていても、何故かケイトは獣人たちから好評であるのは不可解なことであるが、無口な人物を扱い難く、思い毛嫌いする風潮は全くないのがキツネ亜人である。
「ケイトもヤンコフスキに気があるんじゃないかなー」
「どうなのどうなの? そういう感じなの?」
「いや、ないと思うよ」
彼女が自分に対し、異性としての好感を持っているという気はしなかった。全ての愛情はアトレイシアが独占しているのだ。他の目線からすればヤンコフスキとしては宗教的にタブーである、同性愛に陥っているのではないかと疑われもするかも知れないが、行き過ぎた行為に及ぶ気配はない。このため彼は二人が互いに持つ心情を、家族愛のような純然とした愛情であると考えているのだった。
「そうなのか~。じゃあケイトさ、たぶんヤンコフスキのこと、アトレイシアの友人くらいにしか考えてないんだね」
「上辺だけお前と仲良くしておいて、いざアトレイシアが危険な目に遭ったら身代わりにする気だね。ご愁傷さま」
「それほどか? ……いや、そうかも知れないな」
そう思ってみるとなんだか寂しい気もしたが、顔に出すと「やっぱりちょっとは気があるんだ」などと言われそうな気がしたので、今度は本当に、笑って誤魔化すこととなった。
「それをいま言って、ケイトとヤンコフスキの仲が気まずくなったらカトリナのせいだよね。種族間の結束を乱すなんたらでお仕置き粛清されちゃうかも!」
獣人のひとりがそんな冗談を発すると、言われたカトリナは言葉狩りで泣きを見たカクリナの前例を知っているのか、「しまった」と動揺したが、次の瞬間には不敵な顔でにやりとした。
「その時はお前も道連れな。止めなかったからあれ。えーっと……連帯責任!」
「酷い巻き添えかも!」
ちなみにカトリナ、カクリナ両名は血の繋がりなど全く無いものの、名前も外見も性格も似ているなどの理由でごっちゃにされているところがあり、もしかしたらこの場にいるカトリナはカクリナであるかも知れないし、そもそもこの二人は同一人物なのかも知れない。
「こら! あなたたち、仕事サボって何やっているんですか!?」
「「わっ!」」
冗談を言い合っているところに突如降って湧いた怒声にビクリとすると、二人は気を付けの姿勢を取って声の主に向き直った。
声の主はキツネ亜人族長スズリカの側近のひとり、ヴィリアである。現在、周辺探索による資源調達を主導している彼女の所在は不特定であり、獣人たちとの交流が多いヤンコフスキですら、こうして顔を出くわすのは初めてだったものだから、礼意義正しい彼もまた背筋を伸ばし、敬礼して彼女を迎えた。ここに来てにやけ顔ともおさらばである。
(おや、何処と無くケイトと似ているな)
彼女の頭髪は左の眉の上で左右に分かれた長い黒髪で、前髪に限れば似通った髪形であった。声質もケイトと近しく落ち着きがあり、他の獣人たちと同様に似通った顔立ちをしている。ただ、似ているのはその程度のことで、耳には銀毛が混じり、瞳はルビーのように紅く煌めいていた。身の丈は幾分高く、アトレイシアより僅かに小さいといったところである。二人の間に立てば姉妹に見えなくもないが、特別似ているというわけではない。
つまるところ、所詮は獣人にありがちな、所謂他人の空似であったが、このお陰でヤンコフスキからの第一印象は非常に良いものであった。しかし、彼女はどうにも不機嫌のようである。
「戦闘隊長殿、仲良くしていただけるのは有り難いですが、この子たちにも仕事があるので程々にしてくれませんか?」
「む、そうか。迷惑をかけてしまったな。それじゃ、頑張るんだぞ」
口調の方は、ケイトとまったく異なるので若干の違和感を覚えたが、彼女たちからしたら勝手に比べられても迷惑な話である。ヤンコフスキは獣人たちを激励しながら、この多忙な少女とも友好的であろうと思い至り、取り敢えずは助力を買って出ようと一歩を踏み出すのであった。
「あ、戦闘隊長殿、お暇でしたら少し手伝っていただけますか? 外の世界からの流入品、わたしたちではよくわからないものが紛れていて困っているんです」
「ああ。いいと――」
「ではお願いします。イェルナはわかりますか? 彼女のところに行ってあげてください。――あなたたちは早く仕事に戻ってください! ほら、駆け足駆け足!」
返事の暇もなく、周囲にいた獣人たちはヴィリアにお尻を引っ叩かれ、次々と駆け去っていく。
(しっかりした子だが、子供らしさがないな……)
「戦闘隊長殿、イェルナはあっちです! 馬から降りたら歩くこともできないんですか!?」
去り際には雷を落とされ、どちらが上官なのやら。試みは満足のいく結果を得られず、気付けばひとり、ぽつねんと残されてつまらない顔をするヤンコフスキであった。
読み直してみたら5章から登場する筈の娘混じってましたね。シャミア→イェルナに修正しました。




